005-ブラスギアー -2-
ひとまず鑑定眼については皆伝を頂いたジョージは、預かっていた財布を返すとその足でディアル潜窟組合のギルドホールに向かった。
ギルドホールに行こうと言い出したのはロックで、用事が済んだのだからすぐにでもダンジョンに向かおうと言い出すだろうと考えていたジョージは少し意外に思いながらもその要求に応えた。
その道すがら、アラシとロック、ひいてはアラシの家系とディアル潜窟組合との確執について聞き、ああして直接手を出す前から自分もひそかに関係者になっていたのだなと思い知る。
「つまり、アラシの父親が現頭首を勤めるイエート家は代々このレドルゴーグを治めている八大名家のうちの一家で、アラシの母方の祖父さんがディアル潜窟組合のライバルギルドのギルドマスターを勤めていた、と」
「そうッス」
足りないながらもなんとか現状を説明しようとしたロックの熱弁を、ジョージが簡潔にまとめていく。
「そんで娘の旦那の権力を利用してのし上がったギルドに嫌がらせを受けたせいでディアル潜窟組合は今ひん死の状態である、と」
「そうッス。全部アイツのせいッス」
熱く訴えるロックを前にしてもジョージは冷静だった。たった一つの要因で、レドルゴーグ全体の潜窟者ギルドの中で三位にまで上り詰めたというギルドが今の状態まで衰退するだろうか、と。
「いや、三位まで栄えたんじゃなくて、三番目に歴史のある、だったか?」
「違うッス! 歴史の長さは確かに三番目ッスけど、昔は間違いなく一番強いギルドだったッス!」
独り言が不意に口から漏れて、まだ気が昂ぶっているロックが過敏に反応した。それをドウドウと馬のようななだめ方をしてジョージは思案を続けるも、結論はすぐに出た。
「まあ、今ここで考え続けても仕方ないか」
ディアル潜窟組合が今すたれているのは事実。他に大きな要因があったとしても、アラシが要因の一つになっている事もまた事実なのだろう。他にまた何か出てくるならその時々で対応していくしかない。
「今のところは出たとこ勝負しかないな」
そうこうしているうちにギルドホールに到着した。ホールの中に入ると、受付嬢を兼ねるギルドマスターのランナが暇を持て余していた様子から一転して二人に向けて微笑みかける。
「あら二人とも、久しぶりね。ずいぶん長い武者修行だったじゃない?」
微笑みとは裏腹に口から出てきたのは軽い皮肉だった。
「ああ、久しぶりに姐さんの顔が見たくなってな」
皮肉に軽口で返されて、ランナはピクリと眉をひきつらせた。下らない大人の下らないやり取りを理解できなかったロックは、なぜこの二人が険悪なやり取りをしているのか不思議に思ったが、今は先ほどアラシとやりあったという報告をしなければならない。
「そんな事より姐さん実はちょっとあって――」
長くなりそうだ、と判断したジョージは、二人を残してカウンター前から離れ、前回来た時にはじっくりと見て回る事のできなかったギルドホール内をめぐる事にした。
内壁の一面に掲げられた大きなボードの一つには見覚えがある。同盟店リストと書かれたそのボードには店の名前が刻まれた金属のプレートが四つ。鍛冶屋オールドスミス、リーナの薬品店、Bar. Junk Food、鯨の泉亭。四つ目の名前の店だけ行った事がないが、名前からして宿屋だろう、本職の宿屋となれば宿泊には代金が発生するから、あの時ジョージが言った無償で泊めてもらえる場所という条件には当てはまらない。だから省かれたのだろうとジョージは納得し、次のボードに目を移す。
クエストボードと掲げられたそのボードには簡単な依頼内容が記された紙のような皮のような不思議な材質のシートがまばらに貼り付けられている。もっとも近い質感を持つものといえばそう、ギルドカードだろうか。そう気づいたジョージの頭の中では次々と歯車がかみ合った。こうして貼り付けられている依頼書も神の立会いのもと交わされた契約によって生み出された品なのだろう。
このレドルゴーグという街に来てじきに広場で見た三つの掲示板の一つ、求人の掲示板と似ていると思ったが、張り出された内容はもっと厳重で厳密で神聖なものであるようだ。
それにしても、この依頼の少なさと来たら……、ジョージは改めてディアル潜窟組合の現状を認識した。
「もっと落ち着いて話しなっていつも言ってるだろう!?」
不意に背後からランナの怒鳴り声とペチンといういい音がなった。ジョージが振り返るとロックが頭頂部を抑えてプルプルと震えているしている。
「……代わるか?」
「たのむッス……」
「初めからそうしてちょうだいよ……」
代わりに説明するかというジョージの提案に、ロックは申し訳なさそうに返す。ランナは半ば呆気味だ。
「朝方、マジシャンズギルドでキョーリさんからのお使いを済ませた帰りに、そのマジシャンズギルドの前の広場でアラシ・イエートというボンボンに絡まれて撃退し、その帰り際に執事らしき初老の男性から後日改めてと告げられた。簡単に言えばこれだけなんだが、付け加えるなら、おそらくあの執事の男性がこちらに有利なように話を進めてくれると思う」
ジョージがマジシャンズギルド前での騒動の発端と結果を簡潔に説明すると、ランナは改めて呆れた顔になってロックを見た。
「これが報告ってもんだよ。しっかり憶えておきな」
「はぁい……」
しょぼくれるロックにランナは頭頂部にもう一発平手を見舞う。音からしてさほど痛くはないはずなのだが、ロックは大げさに反応して頭を抱えた。
「で、ジョージがそう思った理由はなんだい?」
「どうもあの執事さんだけはアラシの坊っちゃんじゃなく、坊っちゃんの父親の思惑で動いてるみたいだった。坊ちゃんを撃退する時に執事さんが俺らの方についてくれただけでも十分証明に足る事実だと思うが、実際、執事さん本人もそのような事を口にしてたし、後日改めて、と言われた時もわりと好意的だったように感じた」
自分の主観がほとんどだ、と自覚しつつもジョージは思ったとおりに意見を述べた。ランナの方もジョージから見た事実なのだろうと加味した上でその報告の内容に逡巡する。
「なるほどねぇ。アンタが来てから色んな事が動き始めたねぇ。七面倒くさいけど、いいふうに転がるなら面倒なこともやるべきかね……。まあいいさ、今んトコは出たとこ勝負しかやりようがないよ」
来る途中でジョージが発した結論と同じ。ジョージは何も言わず微笑みだけ返す。ロックは二人が同じ事を言っている事実が衝撃的で、頭頂部から受けた物理的な衝撃とあわせて頭を抑えている。
結論が出ればこの話はこれまで。ランナはギルドホールの壁一面を占有している掲示板の一枚を指差す。
「それより、二人ともいいタイミングで来たね。さっきレドルゴーグの都市議会から大量発注のクエストが出てるわよ」
「大量発注?」
ランナと会話するときはいつもこうだな、などと思いながらジョージはもう何度目かのオウム返しをした。すると、汚名返上とばかりにロックが割って入ってくる。
「大量発注っていうのは、文字どおり一人とかワンパーティー分じゃまかないきれないくらいいっぱいの品を持って来いっていう依頼の事ッス。だいたい今回みたいに大手生産商社が――」
「まてまて」
ロックの興が載り始めたところでジョージは苦笑しながら制する。
「さすがにその辺は語感でわかる」
説明不要と切り捨てられロックはあからさまに落胆したようだった。ジョージは気にせずランナに向き直る。
「んで、発注の品は?」
「これよ」
細かい説明を求めると、口ではなく依頼書の現物が差し出される。例の不思議な質感のシートで、読みやすい綺麗な字で詳細が記されている。
「ブラスギアー? 黄銅の、いや真鍮の歯車か?」
「うん? オードーとかシンチューとかが何なのかはわからないけど、たしかに歯車よ」
ジョージとランナの間に若干の齟齬が発生した。こういう時こそお前の出番だろう、と二人の視線がロックに向く。
「え? あ、ウス! ブラスギアーはディープギアの壁とか床とか一面にビッシリ並んでるあの歯車たちの事ッス。ほとんど全部とも取ったり剥がしたりしようとしてもビクともしないッスけど、何かの拍子にポロッと落ちてる事があるッス」
役目を得て一瞬で調子を取り戻したロックは意気揚々と語りだした。じつに、じつに嬉しそうだ。
「歯車自体は人間も作ってるッスけど、ディープギア産のは特別丈夫だとかで、他の歯車とは区別されてギアーって呼ばれてるッス」
「なるほどねえ」
やはり物知りではあるのだなと感心しつつ、ジョージの手は自然とロックの頭に伸びた。ロックも素直に頭を撫でられてどこかうれしそうにしているが、自分がやっている事に気づいてからジョージはふと疑問に思う。
「(マジシャンズギルドでは拒まれたのに、ここではいいのか。ランナは身内だからか? 基準がいまひとつわからんな)」
ロックがランナに対しただならぬ想いを抱えている事をジョージはわかっている。男の子ならばそういう相手の前でこそ自分を誇張したがるものではないかと考えるのだが、どうもロックは違うらしい。
「っと、思考が逸れた。その何かの拍子ってのが何なのかはわかってないのか?」
「はっきりとはわかってないッスけどいくつか説があって――」
またロックの興が乗ってきたところでこのどはランナからストップがかかった。
「講釈は歩きながらにしてさっさと行って来な!」
こんどはジョージも怒鳴られる。こうして二人はギルドホールから蹴り出された。
皆さんもうお気づきかと思われますが・・・・・・
この物語は進行が非常に遅いです
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