005-ブラスギアー -1-
後始末を執事に任せ、ジョージとロックは騒動をあとにした。去り際に執事が告げた、
「後日改めてお伺いする事になるかもしれません」
という言葉には若干の悪寒を禁じえなかったが、それも若干である。
無事に鍛冶屋オールドスミスまで帰りついた頃には、ジョージは「虹色の魔法学」を完読し、ロックも「実践魔法の手引き」をペラペラとめくってみながら最後のページまで読み終わったあとだった。
「ただいまー」
「おう。えらく時間がかかっとったじゃないか。途中でなんかあったんか?」
尋ねるキョーリの口調はなんとなく社交辞令的だったが、心配はしてくれているのだろう。
「ちょっと騒動に巻き込まれただけです。尾を引くかもしれませんけど、まあ大きな問題はないでしょう」
「オイラとしてはむしろスカッとしたッス」
具体的な説明は一切なくキョーリはどうも納得いかないという様子だったが、ジョージが買ってきたばかりであるハズの本をパタンと閉じて他の参考書たちが並んでいる棚に収めるのを見て、訝しげに眉を顰めた。
「もう読んだのか?」
「あい」
短い上に気の抜けた肯定。しかしジョージには一晩で合計して四桁ページの参考書をすべて頭に叩き込んだという証拠をつい朝方見せ付けられていたので疑う余地はないはずなのだが、そうそう納得できるものでもない。
「んじゃあ、ロックも魔法は使わんにしても、知識として持っておくべきではあるだろう。おンしが思う要点をゆーてみぃ」
キョーリが炉から離れてドカッと椅子に腰を下ろした。ジョージは立ったまま、ロックへお前も座れと目で促す。
「要点をまとめろ、ですか。さすがにちょっと難しいお題ですが……」
ふむ、と一呼吸置くと、ジョージはすらすらと語り始めた。
「そもそも虹色の魔法と呼ばれるようになった理由は、かつて神代と呼ばれた時代に封印された邪神が用いた邪の法と、未だこの世を見守り続けていらっしゃる天の神々の御業、奇跡、加護を掛け合わせた灰色の魔法から端を発する。
灰色の魔法の名は、邪神を黒、天の神々を白と模り、それらの法を混ぜ合わせてできた法であるから、という説と、当時は破壊的な魔法しかなかったから結果的にすべてを灰にしてしまう魔法という事で灰色の魔法としたという説の二つがある。
正しくは前者が名前の由来であり、後者の説が言われ始めたのは、灰色の魔法を基礎に、破壊的なものだけでなく建築、農耕、服飾など、生活に彩りを加えるような、即ち虹色の魔法と呼ばれるものが広まり始めてから唱えられるようになった説である」
ロックは「へえ」とただただ感心するばかり。キョーリは「ほう」と唸るがどこか不満げに顎鬚を撫でた。
「確かそりゃあ本の尻の方に書いてあった補足みたいな歴史の部分だよな? なんだ、それで本を全部読みましたよって証明にするつもりか?」
手厳しいキョーリにジョージは苦笑を返す。
「まさか、俺としてはこの虹色の魔法の仕組みがそんなに目新しい物じゃなかったから、成り立ちの方が重要だと思ったんだ」
そう言うと、ジョージは左手を胸の高さまで持ち上げて見下ろした。何をするつもりか、と見守られるなか、ポッと小さな炎がジョージの手のひらの真ん中から少し浮いた辺りに灯った。
「ほう! 炎の魔法……だが、そんなふうに留めて使う魔法は初めて見たのう」
「本によれば、炎系の魔法はもっぱら攻撃にしか使われないらしいな。俺の場合は旅をしているのが長いから、焚き火の火種に困らないようにって真っ先におぼえたのがコレだったんだ。少し加減を違えば攻撃にも使えないことはないけど、なっ!」
言葉の末尾に力を込めて、同時にジョージは手のひらの上の炎を握り消した。
「面白い。だが、今は本の要点を続けてみろ」
キョーリの課題が続く。ジョージは頷き返すとまたスラスラと語り始めた。
「虹色の魔法は四つの基本元素とそれらの配合から成る。四つの基本元素とは即ち、土、水、風、火。配合とは例えば、土と火で金、土と水で樹、樹と火と風で火炎、掛け合わせば掛け合わさっただけ元素が増えるのも虹色と呼ばれるゆえんであり、それらはひっくるめて派生元素と呼ばれている。
さて、ここあたりからはロックが持ってる実践魔法の手引きの知識も加わる。
魔法は行使するために魔力と呼ばれる力を用いる。これらは万物万象に宿るものだが、個体によってその内に秘められた魔力量は異なり、それらの絶対量を増やすためには日々の鍛錬と、それ以上にダンジョン内のモンスターを倒し放出された生命力を吸う事が効果的とされている」
「へえ」
ロックがまた感心した声をこぼした。しかしハッとなって手元のノートのような本のページをめくるが、今ジョージが言ったような内容が書かれているページを見つけられない。焦るロックにジョージは笑いかけた。
「それの知識はココからだ。
剣士なら、会得した技の名を口に出す事が神へ助けを請う一つの儀式なので必要ないが、魔法使いを志す者ならばまず体内の魔力の操作から憶えなければならない。自らの体内の魔力を感じ取り、それをゆっくりと動かすイメージで魔法を起こしたい場所へと導く」
呼吸を整え、まるで自らの中で移動する魔力まで見せているかのように手を広げ、再び手のひらに火を点した。
「その本によると才能ある者でも体内の魔力を認識するだけで一年、操作に一年かかると言われているから、その辺が魔法使いが世に少ない要因の一つなんじゃないかな?
あと、俺はこれまでの旅で偶然基礎を心得ていたけど、総魔力量とやらはそんなに多い方じゃないんで、でっかい攻撃魔法を連発するような事はできないハズだ。
おっと、どうでもいい話が入ってきちゃったな、話を戻す」
咳払いを一つして、ジョージは調子を戻しつつまた手のひらの火を握り消した。
「それぞれの元素には相性が存在する。これは基本、派生に関わらず発生し、複雑極まりない相生相克関係を形成している。
例えば、水と火は本来相性が悪く、相克の関係。火から生まれた灰は土に力を与え、土から生まれる樹も金も火の力を強める、相生の関係。
相克である水と火の力がぶつかりあった時、どちらも1の力しか加えられていなかったのなら対消滅して――」
細かな説明が続く中、キョーリがぶんぶんと腕を振ってジョージの講義をさえぎった。
「わかったわかった。要点をまとめろといったのにこれ以上やられると入門書の講義になっちまう、わしはそんなモンしっとるからロックと二人の時にやってくれ。それよりワシがきになっとるのは、おまえさんがそれを武器鑑定に活かせるかどうかだ」
ようやく、本題に入ったようだった。キョーリはつい今しがた修繕が終わったばかりの武器を乱暴に放ってよこした。
「おっと」
軽くのけぞりながら、ジョージは放られた木の棍棒を受け取る。その名も木のバット。堅い材質で表面には細かな傷が無数に走っていて、金属を扱う鍛冶師がこれのどこを修繕したのかが気になる所だったが、傷を塞いで隠すように全体を覆っている艶やかな薄い膜に気づいた。何かしらの油で丹念に磨かれたあとのようだが、握る手に油がまとわりつくような違和感はない。面白い、とジョージは思った。
「キョーリさん、鑑定の前に、このバットの手入れに使われた油はなんてんです?」
「うん? ただのジェリウムゲルだ」
ジョージの頭の上に感嘆符が浮かんだ。
「ああ、なるほどー」
油ではなく半個体でコーティング。しかもどうやらそれは木製の武器の手入れの基本であるらしい。
「それより、おンしの鑑定眼、どうだ?」
なぜか感動しているジョージをキョーリがせっついた。おっと、と思い出したジョージは改めて木のバットの細部をチェックしていく。ブレススロットらしきくぼみは無い。硬い材質ではあるようだが所詮は木材。重量も相応のもので木材の中に鉄が仕込まれているというような小細工もなさそうだ。
「?」
しきりに首をかしげながらジョージは何度も何度も念入りに木のバットを確かめた。キョーリがこの武器を渡してきた意図が読めない。試験のわりには平凡なモノである気がする。いや、試験でなくてもこのバットは平凡ではないだろうか。
「普通の木のバットじゃないですか?」
たまらず尋ねると、キョーリはニヤァっといやらしい笑みを浮かべた。
「その通り。ただの木のバットだ。そのくらいのモンさっさと鑑定せんか! ワシがよこしたものだとか余計な事考えるからそんなに手間取るんだ」
なんと、意地のわるい引っ掛け問題だったようだ。ジョージもしてやられたという感じに強張った苦笑を浮かべる。ロックまで他人事のように笑うので、癪に障ったジョージはバットで頭を小突いた。
「ほれ、じゃれあっとらんで次が本題だ」
小突き小突かれまるで本当の兄弟のように仲睦まじく遊びはじめるところだった二人を軽く一喝すると、こんどは放らず、しっかりと手渡しでワンドを一本よこした。それをうけとってジョージが首をかしげる。
「これって?」
ジョージがマジシャンズギルドへ「虹色の魔法学」を買いに行くきっかけになった武器だ。羽飾りのついた単純に魔力を高めるためだけの手持ちの魔具、ワンドだ。呪棒と呼ぶ者も居る。
「もう一回、ちゃんと鑑定してみい」
そういわれても、ジョージは既に一度見た内容を覚えていた。
「一度見たモノは忘れない、なんて事は言いませんけど、さすがにさっき見た奴は忘れようが……あれ?」
片手で弄べるほどの大きさの棒である。クルリと一回転させるとすぐその違和に気づいた。キョーリが先ほどと同じようにニヤァといやらしい笑みを浮かべる。
「これ、見た目が全く同じモノで全く新しい物。いあ、一度分解して新しく作り直したんですか? だったら羽根飾りの風の魔法を高める効果だけで、20シルバー、高めに値をつけても25シルバーと5カッパーってとこですかね」
パンパン とキョーリが二度拍手をした。
「満点じゃ」
なんの文句もなく、ただ一言の最高評価。ただし、文句と同様に答え合わせもやはり無い。
「同じ職人が同じ素材を用いたとしても、全く同じ性能の武器が出来上がるとは限らない。タイトルは確か、「日曜親父の家庭でできる武具作り」でしたか」
知識を得た書籍まで述べるジョージに、キョーリはもう何もいう事はないという様子でもう一度拍手した。
魔法と武器についてのちょっとした説明回
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