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004-スミス マギカ -5-

 ジョージとロックが見守る体勢に入った時には、既にアラシは執事の手によって強制的に武装解除させられた状態だった。具体的には、アラシが振るっていたハズの炎と軽量化の加護があたえられた剣はなぜか執事の手に収まっていて、執事はそれをステッキのようにして石畳に突いている。


「さて坊っちゃん。今回ばかりは少し痛い目を見てもらわなければなりません」


 何がどうしてそうなっているのかはわからないが、とにかくどちらが優勢かはもう覆しようがない。アラシからしてみれば、取り巻き五人の内一人が突然裏切って、他の四人はろくに役に立たないまま無力化された。


 さらに裏切ったその一人が、主であったはずの自分に剣を向けているのである。正確には剣など向けていないが、それに相当する威圧が向けられている事は慢心に満ちて鈍感になったアラシにも理解できていた。


「オ…オレ様が何をしたっていうんだ」


 それでもなお尊大な態度をアラシが取れたのは、相手が幼い頃から見知った者だったからだろう。正確には父親専属の執事で、アラシに仕え始めたのはつい最近であるのだが。


「まだ、坊っちゃんは自分のしでかした事がわからないのですね」


 執事が悲しそうに言うと、アラシは食って掛かる。


「爺こそ自分が何をしでかしたかわかっているのか! オレ様はお前の主だぞ! 主人なんだぞ! 主人にはむかう事がどういう事かわかっているのか!」


 一気にまくし立てるが執事は揺るがない。むしろ口数の多さが相手の焦りの表れであると知っているのだろう、より立場の優位を見せ付けるように一歩近づいて、威圧を強めた。


「坊っちゃま、わたくしめが坊ちゃまのすぐおそばに置かれた日に、旦那様がなんとおっしゃっていたか憶えておいでですかな?」

「ぁ…ぅうん?」


 真面目に憶えていないようで、アラシが困ったような顔をすると、執事は眉間のシワをよりいっそう深くした。


「わたくしは坊っちゃまの教育係としておそばに置かれたのです。これは先ほどからもこの場で申し上げておりましたね?」

「だ、だからどうしたというんだ! やっぱりお前はオレ様に――」

「いいえ!」


 まだわめこうとするアラシを、執事は強く遮った。


「わたくしめは坊っちゃまを一人前の統治者の一角として育て上げるべく、旦那様から命を受けてこの場におります。まだおわかりになりませんか? つまり、わたくしめの主は、未だ旦那様お一人でございます。こうして、高貴なる者として見苦しい行動をとられる坊っちゃまを律するという正等な理由がある限り、坊っちゃまがどうわめこうがわたくしめが解雇されるような事はありえません」


 口調こそ、丁寧なままだった。それ故にこの明確な立場の逆転は異様に見えたが、アラシに同情する者は一人も居なかった。


「まあ、親父が偉いからって自分も偉いと勘違いしちゃいけないよ、って話だぁな」

「左様でございま――」


 何故かジョージが締めくくってしまったが、さすがに使用人として言いあぐねていた事を代わりに言った相手に対し執事が振り返った。そこで執事は呆気にとられる。


「ん? あ、ごめん、お説教の邪魔しちゃった?」


 ジョージは途中で言葉を詰まらせた執事に、読書の手を止めて目を向けた。そう、読書をしていたのだ。初めはジョージも見守る姿勢だったのだが、お説教が始まってからすぐに飽きてしまったようで、ロックに預けていたハズの「虹色の魔法学」を石畳から拾い上げるとまた読書を再開してしまった。ちなみにこれはロックが鞘に収まったままの剣で切りかかるときにロックの手からこぼれたものだ。


 現役の潜窟者二人を相手にした後、さらに言えばこれだけの観衆の中、これだけの騒動の渦中でなお読書を続けられるだけの神経を見て、執事はすっかり毒気を抜かれてしまった。


「フッフッフ。相手も悪かったんでしょうな。いや、わたくしめにとっては非常に良かったのでしょう」


 すっかり威圧が消え、むしろ笑みまで浮かべている執事。あまりの変わりようにアラシはむしろ不気味に思った。ゆっくりと剣を向けてくる不気味な執事に対し、自分を刺すのではないかと身構えたが、単純に腰にさがっている鞘に剣を収めただけだった。


「さあ、坊っちゃま。帰りますぞ。他の者達は、自力で……ふぅむ」


 改めて自分達が成した惨状を見て、執事は唸る。意外にも一番の重傷者は聖職者風の女魔法使いだった。左の鎖骨が折れて肩の筋肉がはれ上がっている。


「坊っちゃま、クハーナを運んで差し上げなさい。女子供にさせる仕事ではありませんし、ノブソンはまだ気を失っている。ウィルとパトリシアはノブソンが起きてから屋敷に来るように。旦那様には事情をお話しておきますので悪いようにはなさらないでしょう」


 テキパキと指示を出す。取り巻きの潜窟者達は一つ返事で頷き返したが、一人だけまだいう事を聞かない者がいる。


「なぜオレ様ガッ」


 再び執事から威圧が放たれる。こんどは手も出て、不評ばかりいうアラシの口を覆うように顔を掴み取っている。


「坊っちゃま? もう少し、御自分がなされた事に責任を取るという事をお覚えになってはいただけませんか?」


 冷たい目に見下され、ようやく、アラシの心がポッキリと折れる音がした。

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