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004-スミス マギカ -3-

 今日もディープギアへ潜る気満々で来たロック。つもりが外れて機嫌を損ねているかと思いきや、鼻歌でも歌い始めそうな足取りでジョージの少し前を歩いていた。要はジョージと行動を供にできればいいらしい。


「マギルド、なるほど、マジシャンのマギとギルドをくっつけてマギルドか」


 看板のつづりを見て一人納得するジョージにロックが補足を加えた。

「キョー爺さん以外誰も使ってないッス。だいたいみんなメイジギルドとか、レドルゴーグのメイジだからゴーグ・メイズっていう人たちが一番多いッス」


 あくまでロックの主観からの話なのだろうが、あまり実績がないとは言え現役の潜窟者からの意見だ。多少の恥など気にしないジョージだが、恥をかかぬにこしたことはない。


「そうか。じゃ、おじゃましまーす」


 小声でギルドホールの扉に近づくと、引き戸式のガラス扉が自然に開いた。


「うへえ、自動ドア」


 ジョージはなぜか顔をしかめた。そのドアの名前は的確に言い表していたので決して初めて見て驚いたというわけではない。


「どうかしたッスか?」

「いや、ちょっとな……」


 急に浮かない顔になってギルドホールへ入っていくジョージ。ロックは不思議そうにジョージを観察しながらそれ以上聞かずに黙ってジョージについていく。


 マジシャンズギルドのギルドホールに入ってすぐ、入り口の左手間近の受付カウンターからいたって普通の姿をした女性がいらっしゃいませと頭を下げながら声をかけてきた。


「まるで高級デパートだな……」


 ジョージがまたうんざりしたような顔でつぶやく。また知らない単語が呟かれたがツカツカと足早に進むジョージについていくので精一杯なロックには尋ねる暇がない。行動を供にして四日目にして初めて見るジョージの異変の理由を、ロックは早々に覚る。


「こういうとこ、苦手なのかな?」


 その呟きが聞こえてか否か、あるいは的中してか否かなのか、ジョージは歩きながら半身振り返ると、ロックに尋ねる。


「本ってどこに売ってるんだ?」

「確か二階のすみっこッス」


 ロックは何度かマジシャンズギルドに来た事があった。用件は、ランナとリーナの買い物に付き合わされて。要するに荷物持ちである。


 マジシャンズギルドのギルドホール一階は潜窟者ギルドとあまり変わりなく、前衛の潜窟者と後衛の魔法使いとの交流の場になる。一定期間行動を供にするための契約、いわゆるパーティー契約をこの場で交わす者も少なからずいるため、フロアのあちこちで契約書が天へと捧げられる光が見られた。


 一階入り口の真正面と建物の四隅からつながる二階が、潜窟者にとって有用になる様々な品を取り扱うフロアになる。


 最も多い商品は一回限りの奥の手的な爆弾や煙球などだった。爆弾といっても破裂して広がるものは炎だけではなく、風が破裂し強烈な破裂音と共に真空の刃を飛ばしたり、破裂した瞬間に酸に変わる液体が入っていたりする物もある。種類も多く、さらに一度使うとそれっきりの消耗品であるため量が多く、フロアの六割ほどを占めていた。


 次に多いのが「授け売り」と呼ばれる、既に何らかの神の加護が与えられた武防具類だ。武器そのものは大量生産のための鋳型のようなものができているらしく、剣なら剣、槍なら槍といった具合に全ての武器が種類別に全く同じ形をしている。そこに与えられた加護ごとに区分がされ、一級品になればなるほど数が少なく値段は高くなる。


「うへえ、金貨1000枚て……」


 ついでとばかりに寄り道をし、とある剣の値段を確かめたジョージは隣に店員がいるにも関わらず詐欺でも見るような顔をした。ロックも一目見ただけでは同感ではあったようだが、値段表のすぐそばに小さな文字で添えられていた解説表を見てうなずいた。


「これ《切断》と《破砕》とが両方くっついてる上に《光属性》がついてるッス」

「おお……なんか凄そうだな」

「そッスね。切断と破砕は両方とも攻撃にしか使えない加護ッスけど、どっちも威力抜群ッス。しかもこの二つはすごく相性が悪いって考えられてるッス。だから両方がいっぺんについてる武器ってのはそりゃもう珍しいモノのハズっス。《光属性》は確か対になってる《闇属性》のモンスターに対して強い効果を得るってものッス」


 本当に知識には長けているなと思い、ジョージはロックの頭を撫でようと手を伸ばした。が、ロックはさりげなくその手の範囲から逃げる。


「?」


 前に頭を撫でた時は拒否されなかったが? とジョージは目で不思議を訴えると、返ってきたのは別な場所への視線。そちらを見ると、このコーナーの係りであろう店員らしき人影があった。


「(なんだ照れてるのか。可愛い奴だ)」


 とは思ったが、ロックも男の子である。ここはカッコつけに付き合ってやる事にして、ジョージはおとなしく手を引っ込めた。


「でもまあ、加護の種類と効果まで書かれてるなら、もうちょっと見ていくか」


 未だに物価の相場というものがわからないジョージにはちょうどいい教材が並んでいるようなものだった。武器や防具を買う気はなくとも、目的の品があって買い物に来ているわけだからこのくらいの冷やかしは許されるだろう。そう思ってみていると、ロックがこっそりと耳打ちしてくる。


「ここでしか買えないくらい良いモノもあるッスけど、他でも買えるくらいの品ってのは他より割高ッス」

「なるほど」


 潜窟者ギルドはこのレドルゴーグにいくつもあったが、マジシャンズギルドは一つしかない。さすがにどういう仕組みで唯一の座を保っているのかまではわからないが、それだけ大きな力を持っていて、その分だけマジシャンズギルドという名の持つ価値も高いという事なのだろう。


 ジョージはロックからの耳打ちも計算にいれて装備の相場を調べ始めた。


「ん? 《風属性・強》?」


 先ほどの金貨千枚と見た目の変わらない、しかし1ランク下がったカテゴリの剣の解説表に目がとまる。


「どうかしたッスか?」


 何かおかしいだろうかとロックも覗き込むが、ロックはその違和感に気づけないらしい。


「さっきの《光属性》には強弱なんてついてなかっただろ。なんでこっちにはついてるんだろ?」

「ああ、そういえばそうッスね。さすがにオイラもわからないッス」


 ロックはさっぱりだ、という顔をしたが、表記のニュアンスから見てジョージは大体の予測をつけていた。《強》があれば《弱》もある。もしかすると《中》もあるのだろう。不思議なのはなぜ《光属性》にはそういった表記が追記されていなかったのかという事だ。


 ランクが下がるごとに数を増やす教材を見て、ジョージはさらに推測を深めていく。


「やっぱり《中》もあったか。しかも《火属性》だな。隣は《氷属性・中》か。さっきの《光属性》の方が特別なんだろうな」


 新たに見つけた二つの表記。ジョージはほぼ確信を得たが、ロックは戦慄をおぼえている。まだ「ジャンルによっては」という但し書きを付けられるが、知識面においてもジョージの方が上になりつつある。


「オイラ…オイラもっと勉強するッス」

「お…おう…?」


 急に勤勉を宣言されて困ってしまったが、悪いことではないだろうとためらいがちに容認した。


「じゃあ、だいたいわかったから、参考書のコーナーに行ってみるかぁ」

「はい!」


 まだ低ランクの部防具類はまわっていなかったが加護と値段の関連性はだいたいわかったし、何よりジョージはロックの勤勉さを尊重しようとした。それはジョージが持つ、「勉強=座学」という固定概念から来たものだったが、心に決めただけであまり深く考えていなかったロックは意気込んでその判断に従った。


 ロックの言った通り本が取り扱われている場所は二階の南西の隅にあった。一階ならば入り口のすぐそばだ。実に小ぢんまりとした設営で、どうにも扱われている本は少なく思えた。


「なんだっけ、虹色の魔法学?」

「そッスね」


 本の品揃えに関しては口に出さず、キョーリから教えられた題名を思い出すと二人で手分けして探し出す。種類こそ少ないもののジョージにはどれも目新しい。ふと「実践魔法の手引き」というタイトルが目に入り、手にとってみる。


「あ、あれ?」


 ページが開かない。それどころか、サイズが大きめで厚みのない学習ノートのような本であるはずなのに、まるで鉄板のように硬い。ひっくり返してみたり、細い背表紙を指でなぞりながらじっくりと眺めてみたり、色々と試すがジョージには原因がわからなかった。四苦八苦していると、目的の品を見つけてきたロックがポンポンとジョージの肩を叩き、黙って一方向を指さす。


「……なるほど」


 ジョージが見て納得した張り紙には、


「立ち読み防止のため鉄化封印をほどこしてあります。ご所望の際は精算カウンターまでおねがいします」


 と書かれ、さらにその下に小さいながらも目立つ赤文字で、

「強引に封印を解除なさろうとした場合は、レドルゴーグ魔法ギルド保護条約に則って処罰される可能性があります」


 と強く書かれていた。止めてくれたロックに礼を言いながら、「虹色の魔法学」と「実践魔法の手引き」を持って精算カウンターまで向かう。


 清算カウンターは各コーナーごとに設けられていた。消耗品のマジックアイテムコーナーと「授け売り」のコーナーにもそれぞれあり、どちらも忙しそうに働いているのだが、参考書のコーナーの清算カウンターだけ暇そうに居眠りしていた。


「レジお願いしていいですかい?」


 商品をもったジョージが声をかけたが、清算カウンターで居眠りしている厚ブチメガネの女性は一向に目を覚ます様子がない。


「あの?」


 声をかけつつ、こんどは体を軽くゆすったが、まだだめだ。


「おいアンタ――」


 ロックが声を荒げかけたが、まあまあ、と抑え、ポーチの止め具に巻きつけてあった眠気覚ましの葉を一枚もぎ取る。ジョージは葉のどういった特徴が眠気に囚われた人間に作用するかを、受け取った時点でだいたい予想していたため、まずは葉の香りをかがせるために女性の鼻の辺りに近づけた。


「ン……うぅん」


 女性は鼻をスンスンと動かすと、カウンターにもたれかかっていた上半身をよじって葉から逃れるように離れる。


「なるほど……」


 反応を示したという事は、やはり一定の効果はあったのだろう。予想の的中と手ごたえを感じたジョージはもう一度葉っぱを女性の鼻に近づけた。と、こんどは手で払いのけられた。


「おお……」


 目を覚ます、という意味にとどまった程度の覚醒作用は間違いなくあるようだ。それでも女性が目を覚まさず、それどころか葉を跳ね除けたということは、この女性自身に起きる意思がないという事だ。幸い急ぎの用事ではないし、参考書コーナーにジョージとロックの他に客は居ない。


「お仕事しないと減給ですよ」


 耳元でささやいたが効果がない。さすがのジョージも、“起きない”という事象よりも“効いていない”という結果の方にわずかながらも苛立ちを覚え始めたようで、ピクリと片眉が動いた。


 そっと女性の額に手を添えると、手のひら全体で女性の頭を押し上げる。眠った状態ではアゴの筋肉はゆるみっぱなしなので頭が持ち上がると自然と口が開く。


「ほいっ」


 その開いた口にジョージは目覚ましの葉を差し込んだ。しっかりと奥歯の間まで押し込んで噛み合わさる位置にいったな、と思ったところで素早く頭を持ち上げていた手のひらを離すと、カッという音をたてて奥歯と奥歯が噛み合わさり、間に入っていた葉の液が口の中に広がった筈、である。


「ひゅう!」


 間違いなく効果はあった。女性はその強烈な味覚の刺激に飛び起きる。


「レジ、お願いできますか?」


 夢の中からアイテムで強引に覚醒状態までもっていかれた女性は、自分の身に何がおこったのかわからず混乱していたようだが、ジョージはなんの邪気も見せない笑顔と「レジを」という要求によって一応の行動を導いた。


「あっ、はい。うけたまわります」


 女性は差し出された参考書二冊を驚きながらも受け取って清算カウンターの内側、裏で何かをした。ジョージ達の位置からは何をしたのかまではわからなかったが、フォンとワイングラスを濡れ手でなぞったような音がすると、次にジョージに手渡された参考書は、鉄板のような硬いものではなくちゃんと紙と皮でできた本だった。


「いくら?」

「ああっ、えっと、20シルバーです」


 キョーリから預かった巾着から硬貨を必要分取り出して並べると、ロックに小さな声で促される。


「あの穴っす」


 見るとカウンターの左の方に小さなアリジゴクのようなすり鉢状のくぼみと、その中心に穴があった。ジョージはとった硬貨をジャラジャラとその穴に放り込む。きっちりと全ての硬貨が穴の中に入ってから、チーンとベルが鳴った。


「お買い上げありがとうございました」

思わせぶりな店員


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