004-スミス マギカ -1-
トン カン トンと、鉄同士が叩かれる音でジョージは目を覚ました。本を読んだまま眠っていたらしく、ハンモックから降りるとまず床に落ちていた本を拾った。本のタイトルは「正しい武器の選び方」である。
「おはようございます」
作業場に出て挨拶をすると、金鎚でかすかに赤くなった鉄を叩いていたキョーリの動きが一瞬止まる。
「おう、顔洗ったら少し手ぇかせ。あと、寝る時にそのマスクをつけるのは止めてくれんかな。おンしの仮面を見るたんびにビックリしてしまう」
「え? あ」
ジョージはランナに注意され脱いでいたロングマントをはおり、フードと仮面もつけたまま眠っていた。仮面はともかく、ジョージにとってはマントをはおった状態が普通であるので、そのまま違和感なく起きてきてしまっていた。
「すみません」
すぐに脱いでポーチに収めると、顔を洗いに店の裏に出た。
レドルゴーグには都市全体に上下水道が完備されているが、上層階級でなければトイレや洗濯場などは母屋と別にあり、地区によってはトイレも洗濯場も地域共用であったりする。鍛冶屋オールドスミスのあるこの地区はトイレこそ別個であるものの、洗濯場と井戸は共用になっていた。ただ、水道料は発生しない。
「格差だなあ」
複雑な面持ちで洗濯場に出ると、既に何名かの女性達が表に出て洗濯物を洗っていた。若い女性達ばかりで、洗っているのは男物の肌着ばかりだ。彼女らは潜窟者達から洗濯物を収集して本人達の代わりに洗濯をするという仕事をしている。大きなギルドに雇われていたり個人の潜窟者と専属の契約をしたりする者もいる。
「おはようございます」
ジョージが挨拶をなげると、人数分の挨拶が返ってきた。
「ちょっと水を使わせてもらいますよ、と」
「はーい」
ポンプの取っ手を上下させ、蛇口から出て来た水に直接顔をつける。手早く顔を洗うとタオルを忘れたことに気づき、服で顔についた水をぬぐう。洗濯女達からクスクスと笑いが起きたが、ジョージは気にしない。
「じゃ、がんばってー」
一言二言のこすと早々に作業場に戻った。
「顔洗ってきました」
「よおし、んじゃ店の前にある武器をワシの近くに運んどいてくれ」
店の前には、言われたとおり武器が十数本束になって置かれていた。
「なんです? コレ」
大小も種別も様々な束は見た目どおり重かったが、背負子を使うほどでもなく、距離という距離もなかったため二回に分けて運びきる。改めてみても武器という以外に統一性がない。
「おそらくディープギアから産出された武器類だの。ディープギアでなくともどこかしらのダンジョンから産出されたものには間違いあるまい。それらの鑑定と、必要ならば修理するのも鍛冶屋の仕事だ」
そう説明しながらキョーリは手元で全く違う作業を行っていた。よくよく見てジョージは気づく、キョーリは自ら金属製の箸を作っていたのだ。
「キョーリさん、それ何で作りました?」
「うん? 普通に鉄じゃが?」
「ああ、それなら大丈夫です」
銅ならまだいい方だが、鉛なら取り返しの付かない事になる。鉄ならば何も問題はなさそうであるが、鉄の純度はどの程度のものだったのだろう。鉄に少しでも鉛が含まれていたら、やはり不味いような気がする。ジョージは今キョーリが作っている鉄の箸はこっそり捨てるか隠すかしてしまい、すぐに木製の箸を作ってプレゼントしようと心に決めた。
「ま、こんなもんでよかろう。さてと……」
かすかに赤く灯る程度には熱を残していた鉄の箸を無造作に水槽の中に放り込んでしまうと、キョーリはようやく仕事に入った。
「まあ、鑑定に限ってはマギルドの奴のが早いし確かなんだろうが、必要に応じて補修となると奴らの仕事はカネばっかかかって遅いと聞く。戦利品の鑑定にまでカネをかけたくない個人ギルドだったりフリーの潜窟者や塔頂者は、ワシみたいなギルドに所属してるんだかしてないんだかハッキリしない鍛冶屋を重宝がる」
まず一本目。所々に錆びの浮いたシミターを切っ先から柄の尻までサラッと眺めたあと、乱暴に柄の革紐をほどいて無造作に炉の中に突っ込んだ。一瞬で鉄が溶けるほどの熱はさすがに無く、キョーリだけがわかるタイミングを見て引き抜いた。先端近くだけが赤く焼けたシミターを見てニヤリと笑むと、さらに炉の中から真っ赤に燃えるカップを金属製の大きなペンチのような道具で掴み取り、シミターの先端でカップをひっくり返しシミターそのものよりも赤熱し水あめのようにドロリと溶けた鉄を注いだ。
「鍛造鋳造は修理が楽でいい。お前さんにくれてやった機工刀じゃあこうはいかん」
なんとも無いという様子でやわらかい鉄を金鎚で叩き、シミターの地金と注いだ鉄とを馴染ませていく。何度か再び炉へ戻しながら両面で同じ事を繰り返すと、真っ赤に焼けたシミターに灰色の粉をまぶして箸と同じ水槽へ突っ込んだ。
「んむ」
ゆっくりと引き抜かれると、表面に黒い膜を浮かべたシミターが現れる。
「さらっと凄い事をしますね……」
じっと眺めていたジョージは一連の行動をずっと見守っていて、そう思った。
「ほう? わかるのか?」
「全部ではないと思いますが、おそらく半分程度は」
ジョージの分析はこうだ。
シミターにあった問題は表面に浮いた赤錆などではなく、その赤錆に隠れた小さな亀裂であった。キョーリはその亀裂の入った部分が中心になるように赤くなるほど熱し、その亀裂の上に的確に接合剤とするべく溶けた鉄を流し込んだ。接合剤と地金が水に入れた際に剥がれないよう丁寧に馴染ませ、そのあと水に沈めて焼きを入れる。シミターの表面を覆った黒い膜も気になるがそこまではわからない。
修復を終えたシミターを眺めながら
「ふむ。半分といわず七割と言ったところだの。鍛冶師を目指しとらんのが惜しい所だ」
キョーリがしたのは採点だけ。答え合わせは無いらしい。
「もしかして、逃げたっていうお弟子さんにもそんな感じで?」
「当たり前だろう。一から百まで全部事細かに教えんとわからんような奴に才能は無い」
ばっさりと切って捨てたキョーリに、ジョージは面食らう。熟練した職人の口から出た台詞だけに破壊力も凄まじい。
「っと、ワシの鍛冶の腕を見るのはどうでもいい。昨日おンしが読んどった本に鑑定学の入門編が書かれとっただろう。そのシミターをどの程度の品と見る?」
「え? っと」
キョーリは既に別の武器の鑑定に入っていた。二本目三本目と修理は不要であったらしく、次々と仕事を片付けていく。
「まだこっちの金銭感覚がつかめないんで値段を言えと言われるとわからんですが、どれだけ修復しても亀裂の入った地金は一度鋳潰して同じ形のものを作らない限り直りませんから、剣としてだけ見れば新品と同じ値段にはなりえません。でも魔術的拡張の余地が三箇所。ブレススロット、でしたっけ?」
「惜しいの、また七割だ。柄の尻を見てみろ」
「柄の尻? あっ!」
キョーリに促され柄の部分を見ると、ジョージはビー玉サイズほどの小さな窪みが一つ空いているのを見つけた。
「昨日の夜に読み始めた割にはだいぶ読み進んだもんではないか。どこまで読んだか思い出せるだけ暗唱してみぃ」
ロックに対しては完全に教師役をやっているジョージだったが、キョーリが相手だとすっかり逆転して生徒になっていた。
「はい。よろしくおねがいします」
ジョージが一礼すると、キョーリ名誉教授の鑑定学個人講義が始まった。
スミス 鍛冶屋を意味するブラックスミスの事ですね
誤字・脱字などのご指摘、ご意見・ご感想をお待ちしております




