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003-ジョブ アンド スキル, アンド コイン -6-

 翌日、ジョージとロックは前日の打ち合わせどおり一度北ブロックの十五階の隅々まで調べて回ったが目当ての品は見つけられず、突き止めたアルビン商会の倉庫へと張り込みを開始した。


 ロックは相変わらずスパイ活動に浮き足立っていたが、昨日キョーリが実践して見せた神への奉納を見てジョージは嫌な予感を募らせる。


「酒樽か……ひょっとしてこの……なんじゃ……か?」


 監視をロックに任せ一人考え込みながらブツブツと独り言をつぶやくジョージ。ロックはというと初めて尊敬するアニキに仕事を任されたと更に舞い上がっており、ジョージの思惑など気にする余裕もないようだ。


「あ、馬車が出て来たッス」

「そうか」


 ジョージの方はさすがというかなんというか、深く考え込んでいても声をかけられればそちらに注意を向けられる程度の余裕は残っている。


「……違うな。アレは追っても無駄だ」

「え? なんでわかるッスか?」


 じっと睨み付けるように見て観察したあと、ジョージは出て来た馬車に対して尾行は不要と判断した。理由がわからずロックが尋ねると、また座り込みながらジョージは説明する。


「荷台のホロのゆれ具合と、あと車輪の音が重い。あれは出荷のために中身がたっぷり詰まった荷馬車だ。俺が知りたいのは酒を造ってる場所。空樽を積んで酒を注ぎに行く馬車を追いかけないといかんのだ」


 するとロックは、いよいよジョージが何を言っているのかわからない、という顔をした。その顔を見てジョージはいよいよ嫌な予感を募らせる。


「もしかして……ココじゃ酒はダンジョンの中からしか産出されないのか?」

「え? ええ、その通りッス。オイラは直接行った事なんて無いッスけど、酒の神であらせられるシュージャ様の塔は色んなところに酒の泉とよばれる噴水ならぬ噴酒があるらしいッス。あとは大陸のいろんな所にあるダンジョンでも、ある程度深くまで降りると必ず飲んだくれてるモンスターがいて、そいつを倒すとその土地独特の酒が手に入る事があるらしいッス」


 ロックは驚きを隠せないようだった。そんな驚き顔のロックの口から語られた事はほとんどが常識である。それでも、呆れて言葉を失わずにロック自身の知識も付け加えた辺り、ジョージがいかに常識不足であるかがいい加減わかってきたということなのだろう。


「そうか、道理で酒造所の場所を聞いても教えてくれないわけだな……」


 昨日商会の事務所に行っても何も教えてくれなかったのは、流通の独占を維持する意図ももちろんあったのかもしれないが、存在しない場所はたとえ教える気があったとしても教える事ができないからだったのだろう。


「作戦変更だ。もう一回事務所に行って、こんどは使えなくなった樽をどうしてるのかを聞いてこよう」


 こんどの作戦変更は効果てき面であった。


 酒の保存に使われる樽は数回で使えなくなってしまうため、大量に酒を保存するアルビン商会では年間で大量の廃樽が出る。それは商会内でも一つの課題になっていた。


 単純に薪として再利用されていたが樽の原料であるオーク材を集める支出と廃樽を解体してできた薪を売った収入では圧倒的に支出が多くなる。そこで商会の中でも材木加工の技術を持った者達がなんとか樽の耐久年数を延ばす研究がなされていたが、成果はあがっていなかった。


 それを聞いたジョージが薪にする以外の使い方があると提言した。幸いダンジョン帰りであったので、実践材料であるオーク肉は何でも入る不思議ポーチの中にあった。


 はじめ応対した者は怪訝そうな顔ではやくジョージ達を追い返そうとしていたが、たまたま通りかかった材木加工チームの上役がダメで元々とジョージを中へ招き入れる。


 すぐに熟練の大工がジョージの書いた荒っぽい図面を元に人間が一人が中に入って立っている事しかできない程度の、小屋にしても小さな、しかし燻製器としては大きなものを作り上げ、5ストーンズのオーク肉を縦に四分割したものが何本もぶら下げられた。また廃樽の材木の粉砕作業も燻製器の作成と同時に進められていて、できたオーク樽材のスモークチップは燻製器の下の部分に置かれ火がともされた。


「よしよし」


 白っぽい煙が立ち上りはじめた時点でジョージは成功を確信した。何度も何度も酒に浸かって複雑な香りをもったオークの樽材は、その芳醇な香りを煙として立ち上らせゆっくりと肉にしみこませていく。


 ジョージの予想は見事に的中していた。レドルゴーグに限らずこの大陸は平均して食文化があまり進んでいない。そもそも保存食という概念が存在していなかった。


 食事とは命を保つために摂るものではなく、最低限の動きを保つために摂ればそれでいいという感覚をもった者がほとんどで、食に美味を追求する者は異端とまではいかないものの変わり者扱いをされる。


 一方でバトルコックというジョブが存在しはするものの、上に述べた理由から重用されることはなく、一度バトルコックになっても最低限の食料をダンジョン内で確保できるようになれば、さっさと戦闘を得意とするジョブに転職してしまう者がほぼ全て、そもそもスキルを誰かから教わってそれで済ませるという者も多い。もしもあるとすれば、それはほんの一つまみの例外のみで物の数には入らない。


「なるほど……飢餓という目に見えた恐怖があったからこそ、食文化ってのは発展してきたんだなあ」


 様々な話を聞いてジョージが感慨深げにつぶやいた。


 肉が燻されるのを待つ間、ジョージはアルビン商会の職員達ともすっかり打ち解けてしまい、それにあやかったロックと供に酒にまつわる話を中心にレドルゴーグだけでなく大陸中の話を聞いていた。二時間ほどそうして話しを聞き、一段落ついたところでの呟きであったのだが、職員の全員が「ショクブンカ?」「キガ?」と首を傾げる。


 言った張本人であるジョージの他は、ロックだけがジョージの言葉の意味がわからないのは自分だけではないのだなと胸を撫で下ろしながら他と違う表情を浮かべていた。


「おし、じゃあそろそろお試し品を取り出せる頃かな」


 他の面々の不思議そうな顔などそしらぬ様子でジョージは燻製器に向かい慎重に扉をあける。ちょうど初めに入れたスモークチップはほとんど燃え尽きた状態になっていて、煙はほとんど出なくなっていたが熱気は中に残っている。


「うァチ、アチチ」


 危なっかしい手つきで肉を一切れ取り出すと、スモークチップを継ぎ足して再び煙を立たせ扉を閉める。


「本当は丸一日燻すんだが、これだけでも味見には十分だと思う。食べてみてくれ」


 取り出されたオーク肉は、表面が煤けたように茶色くなっていたが、ジョージがさらに切り分けたとたんに内側から瑞々しい肉がほくほくと湯気をたてながら顔を出す。その湯気には燻されて染み付いたオーク樽の香りがあって、その香りを嫌う者などこの中にはいなかった。


「ほう…!」


 ジョージを中へ招きいれた上役が思わず唸った。そこでジョージがココは顔を立ててと言いつつ小さく切り分けたベーコンを小皿にとりわけ上役へ差し出した。ゴクリ と生唾が飲み下される。オーク肉である、という事への抵抗も忘れ、上役がおもむろにオーク肉の燻製を口の中に放り込むと、上役はその味をかみ締めながら目頭を押さえた。


「酒を……持って来い」


 それは上役が今考えつく限りの最高の褒め言葉だった。ジョージは自らもそれの味を確かめながら、最高のしたり顔を浮かべる。人数分切り分ける小皿に乗せるが切った端から売れていき、十数分後そこはほとんどバーになっていた。


 この数週間後、アルビン商会は酒の流通だけでなく「酒と一緒に食べるべき」といううたい文句で酒の肴の製造と流通へも手を伸ばすようになり新たな利益を上げるのだが、そこからはジョージのあずかり知らぬ話である。

 食い物オチでした


 燻製は由来に諸説ありますがいずれにしても保存食です。

 餓死がそんざいしないとはいえ、飯を食わねば動けなくはなる、そんな世界ではありますが、スキルによって食料を現地調達できる可能性のある潜窟者がいろんなものの中心にいるこで、保存食をはじめとした様々な食文化の発達する土壌がありません

 味覚も食事の重要性にひっぱられるようにあまり発達していない人が多いでしょうし、美味い不味いの感覚にあんまり頓着しない人が大多数でしょう

 しかし、酒などと同様に食事を嗜好品として娯楽の一部にする人達は、新しい味を常に求めています

 この辺はリアルでも同じですね 特に日本人は無自覚に食事を娯楽にしている人が多いと思います。 それが悪い事だとはいいませんし、それが現在の日本のゆたかな食文化をはぐくんだんでしょうからねえ


 要約:ごはんおいしいです(^q^)


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