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003-ジョブ アンド スキル, アンド コイン -4-

 一度北ブロックの十一階まで降りた二人だったが、その名もポイズンスネークという毒を持った蛇が現れるようになったためダンジョンより帰還し、肉は食べる分を残してあとは全て換金した。肉一切れあたり2シルバーと50カッパー。ロックが言った通りの値段になった。あとは、あまったヒヅメ五個を持ってリーナの薬品店に向かう。


 ロックが自分の身内としての口利きでバラでも買い取ってもらうと意気込んでいるが、ジョージはあまり当てにしていなかった。


 あはぁんという甘い声が呼び鈴代わりに鳴ると、奥から一度見た顔が現れ、甘ったるく鼻にかけた声でしゃべる。


「あらいらっしゃぁい」

「姉ちゃん……」

「あ、ロックじゃない。あと、ジョージさん、だっけ?」


 入ってきた客の顔を見たとたんにしゃべり方が普通になった。その変わり身はさすがだとジョージは口には出さないが素直に褒めた。そんな心の声が伝わってか否か、リーナはニッコリとジョージに笑いかける。


「都合によっちゃ買い物もできるんだが」


 そういいながらジョージがカウンターの上にオークのヒヅメを五つ並べた。ああ、とリーナは大体を察した。


「バラで買い取って欲しいのね。なるほど、それで都合によっては何を買ってくれるのかしら?」

「解毒薬。そのほか状態異常を治す薬があったら見せてほしい」

「オーケーィ、そういう事なら定価で買ってあげる。

 ヒヅメ五個で50カッパーね。

 解毒薬は軟膏だと30、丸薬だと50、酸中和剤だったら120。

 気絶とかめまいに効く、気付け薬は20。

 眠気覚ましの葉も20でこれは眠気予防にも効くわ。単位は全部カッパーね」


 説明のしかたがよく似ていると思い、ジョージはロックとリーナが姉弟であると実感していた。


「それで? どれを買うの?」


 購入を催促されて我に返り、ふと手元を見る。買い取ってもらえる事にはなっているようだがヒヅメはカウンターの上で手元に代金は無い。なるほど、とジョージは思う。


「そうだもう一つ。これを素材にするっていう薬は何の薬でいくらなんだ?」

「あー…そうね、一番わかりやすいのは強壮薬かしら。男の人のオトコを強くするの。潜窟者の人たちはあんまり使わないんだけど、好きモノのお金持ちさんが買っていくから、十本1セットで1ゴールドってとこかしらね。素材はコレだけじゃないって事も言っておくわね?」


 リーナは唇をとがらせて妖艶に笑む。残念ながらジョージはその笑みにアンバランスさしか感じないのだが、またなるほどと理解した。確かに商売の駆け引きは上々であるが、今にも消滅しそうなギルドに加盟していてなぜ店を構え続けていられるのか、初めて来た時から不思議に思っていた。


 店内の趣味も全うな薬品店としては決して良いものではないし、店の看板から察しても一人で切り盛りしているとみて間違いないだろうからネームバリューがあるとも考えづらい。しかし、独自の武器があり一定の客層が整っているのなら、その不思議にも納得がいった。


「じゃあ、解毒の丸薬を二つと軟膏を五つ。気付けと目覚ましも一つずつ」

「あらンけっこうな量を買ってくれるのね。しめて2シルバーと90カッパーからヒヅメの代金を引いて40カッパーだけど、初回だし身内だし、2シルバーだけでいいわン」


 カウンターの上のヒヅメとさらに銀貨を二枚手渡しする。取引成立。そのままお互いになにか曰くありげな笑みを交わすと、リーナがヒヅメをカウンターの下にひっこめて、代わりにジョージが求めた品を順に出してゆく。


「解毒丸が二袋。これ一袋で三回分だからね。解毒軟膏が五つ、これは一回が適量だから使い方しだいでは丸薬よりもつハズよ。気付けも一袋、これも三回分ね。目覚ましの葉も一束、これ一束で六枚だから。眠気を感じたり、眠気を誘う敵に向かう時に一枚嚙んで含むの」


 リーナがけっこうな量と言ったのもわかった気がした。解毒丸と気付けの袋は三つ一緒にでも手のひらに載せられるサイズだが、小瓶入りの軟膏は一つ一つなら小さいものの五つ集まると小山になる。解毒丸と気付け薬、軟膏五つは両手を使っても同時に持つ事ができない。それに加えて眠気覚ましの葉は、手のひらサイズの葉っぱが六枚つづりにされているものだった。所詮は葉っぱなので重くはないが大きくてかさばる。


「なるほど……」


 注文の量を間違えたかもしれない。しかしもう買ってしまったものは仕方が無いのだ。


「ありがとう。大事に使うよ」


 解毒丸の袋を一つと気付け薬の袋、解毒軟膏の小瓶も三つは自分のポーチの中に入れた。解毒丸の一つと軟膏二つはロックに手渡し、眠気覚ましの葉はつづっている蔦を一度ほどいてポーチのボタンの部分に結わえた。


「きれいにおさまったわね」


 リーナは感心しているが、昨日背負子を組み上げるときに使ったロープと、今は着ていないロングマントが既にポーチの中に納まっているハズだと知るロックは不思議そうに首をかしげている。あきらかに容量が足りていないのだが、なぜ袋と小瓶は当たり前のように収まったのだろう。


「ほれ、ロックもちゃんと自分の荷物に入れとけ」


 謎にとらわれて呆然としていたロックがジョージに促されてようやく自分のポーチに薬を入れた。ロックのポーチはジョージのものよりも一回り大きいのだが、常備の包帯をよけて薬を入れるとそれだけでいっぱいになってしまい、もう何も入りそうにない。


「それにしても、一昨日来たのが始めてだったわよね? 昨日はゴブリンラッシュ、今日はもう十一階まで行ったんだ? すごいわねえ」

「お? わかるんだ?」


 ジョージは少し、意外そうな顔をしたが、南北ブロックの傾向の共通点を見てなぜリーナがそれを察せたのかだいたいわかった。


「そりゃそうよ。ディープギアの浅層部十一階から十五階は駆け出し潜窟者の最初の難関って言われてるの。ちゃんとしたベテラン潜窟者のサポートをえられなくて、毒で死んでしまう潜窟者も少なくないって聞くわ。それなのに、まあ潜窟者としてはちょっと先輩なのかもしれないけど、こんなヘッポコの面倒を見ながら十一階まで行って帰ってくるんですもの」


 ランナのまねだろうか、リーナは肘杖をつきながら流し目にロックを見た。

「っちょ! 姉さん! そりゃオイラぁ、アニキに比べればちょっと頼りないかもしれないけども……」

「ちょっとじゃないわよ」


 姉弟の会話で気が抜けたのだろう、言い返せないロックにリーナがケラケラと少女らしい声で笑った。ジョージがまるで自分の姉弟のやり取りをみるような生暖かい目で見守っていると、リーナは視線に気づいてすぐに体面をつくろった。


「ま、ジョージさんなら弟を任せられるわ。精々こきつかってあげてちょうだい」

「いやあ。今でもロックの知識は大分俺の役にたってる。腕っ節の方もじきに見違えるようになるだろうさ」


 確信をもった笑みを浮かべ、ジョージは断言した。ジョージと出会う前までの弟しか知らないリーナは、一瞬きょとんとした後にまた少女らしく笑い出す。


「アッハッハッハハ。そっか、楽しみにしてるね」


 目じりに涙までためるリーナをみて、またロックがまた機嫌を損なわないかと心配したが、ロックはまた別な理由で目じりに涙をためていた。


「アニキ……オイラそこまでアニキに期待されてるなんて……感動ッス!」


 どちらも涙目になると目が細くなるらしい。本当によくにた姉弟だなあと思いながら、ひとまずは落ち着け、と二人をなだめた。


「あ、そうだリーナ。最後に一つだけ」

「なにかしら?」

「北ブロックでたまに見つかるって言うオーク材、どこで取引されてるか知らないか?」


 するとロックもリーナも、なぜそんなものを? という顔できょとんとする。その顔がまた本当によく似ていて、ジョージの口角が思わず上がる。


「オーク材は酒樽の材料になるって聞いた事があるわ」

「そうか、ありがとう」


 ジョージは何か確信を得たようだった。力強く礼を言うと、リーナの薬品店を後にした。

 なるべく、二週間に一章分の更新でいくことにします。あと更新は月水金の予定で


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