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003-ジョブ アンド スキル, アンド コイン -3-

 遅い朝食を終えたジョージとロックは再びディープギア浅層部の北ブロックに来ていた。


 階は先ほどより一つ下がり十階。上り階段からも下り階段からも遠い位置で、人目につかないように様々な実験を繰り広げている。


「ふうむ。これでしばらく動物性たんぱく質には困らないな」


 十体ほど倒し、部位のわからないオーク肉は既に二十キログラムほど集まっている。


「余った分は売っちまうか。オーク肉の単価ってどのくらい?」

「オーク肉は実はあんまり人気無いッス。1ストーン当たり5カッパーくらいですかね」


 それを聞いたジョージは、唐突に今にも膝から崩れ落ちんばかりの勢いでわなわなと震え初めた。


「な、なんてこった……」

「え!? どうしたッスか!?」


 唐突に体調でも悪くしたのかと狼狽えるロック。しかしジョージのわななきはそんな事ではない。


「俺、重さの単位も、通貨の単位も、知らないんだった……」

「ええええ!?」


 実に基本的な所である。これだけの腕前の男が一文無しという事が既に不自然であるというのに、そもそも通貨単位をよく知らないという事実。ましてジョージのこの戦慄き様といったら。ジョージの言動が様々な理由で衝撃を生んでロックを打った。


「ま、まあ、一昨日来たばっかりッスから。仕方ない…ッス?」


 フォローしようとしたのだが、いくら鈍いロックでもおかしい事に気づいた。レドルゴーグは大陸の内陸部にある。ここにたどり着くまでに全く金銭を使わずに来たのだろうかと疑問が浮かび、言葉が途中で疑問に変わった。


「いや、アニキならなんでもできる気がするしな。とにかく、その肉一切れで5ストーンズくらいっす。通貨の方は一番上からゴールド、シルバー、一番多いのがカッパー」


 疑問を飲み込んでそう説明しながら、ロックが自分のポケットから銅貨を一枚取り出した。なんてことはない鋳型に流し込んだだけの銅貨で、片面にしか模様を作る凹凸がない。


「1ゴールドで1,000シルバー、1シルバーで100カッパー。大金持ちになるとゴールドコインでさえ場所をとるから宝石を通貨代わりに使ってる、とかいう噂もあるッス」

「んん。なるほどな。となるとこいつら一切れで25カッパーか」

「うッス。一般庶民は1ゴールドあれば一年は不自由しないで生活できるって言われてて、腕のいい潜窟者なら一年で100ゴールドは稼ぐけど、装備なんかを整えるのに同じだけのゴールドを使うって言われてるッス」


 ジョージの疑問に補足つきでしっかり答えたあと、ようやくといった様子でロックが自分の疑問を口にした。


「ところで、これはなんの実験だったッスか?」

「コレか? ドロップ率の算出だ。ゴブリンやらジェリウムやらを倒した時は戦利品を得られるかがわからない。俺の体感ではだが、ゴブリンからの場合、ダガーは四体に一本、盾は十体に一枚くらいの確立で出た。ところがオーク肉はスキルさえ正常に発動すれば十体中十枚の肉切れが出た」


 ロックの頭の上に感嘆符が浮かんだ。だんだんとジョージの意図を読めてきているらしく、次の質問を先読みして問われる前に答える。


「ダガーは一本1シルバー、インゴットの状態だと2シルバーと50カッパーで取引されてるのを見たことがあるッス。バックラーは単品で1シルバーと80カッパー。分解されたら、ちょっとわからないッス」


 得た情報を集積して、ジョージはパパッと暗算した。


「となると、同じ十体を倒したにしてもオークは2.5シルバー。ゴブリンは3.8シルバーの利益が出る試算になる。ゴブリンの方は二連続で手に入ったり十体倒しても一本も落とさなかったりするから、もっとばらつきが出るだろうけどな」

「あ、アニキすごいッス。オイラそんな風に考えたこと無かったッス……あっ、でもオークのヒヅメの事を忘れてるッス」


 そういえば、とジョージは辺りを見回して、肉片と同時に出ていたオークのヒヅメを拾い上げた。

「コレってそういえば何に使えるんだ?」

「姉さんの話では、なんかいろんな薬の材料になるって話ッス」


 ロックがいうネエサンとはどちらのお姉さんだろうとジョージは思案したが、薬品の話ならばリーナの方だろう。


「いくらくらい?」

「姉さんのトコでは単品では取引してないッス。10個で1シルバーって言ってたッス」

「んー、となると……」


 辺りを見回しつつ、今まで倒したオークの数と手に入れたオークのヒヅメの数とを照らし合わせ、ジョージは試算に修正を加えた。


「ヒヅメは五体に一つの割合ってところか。おなじ十体換算だと0.2シルバー追加だな。いずれにしてもよほど運が悪くなければゴブリンの方が実入りが良い。オーク肉は自分達で食う分と、あとは物々交換するくらいで十分そうだな」

「物々交換、ッスか?」

「肉をあげるのでパンを下さい。ってな。鳥をあげるので小麦を下さいってのはやったことがある」


 さらりと付け加えられる実体験。ロックはジョージがこのレドルゴーグまで全く金銭を使わずにやってきたとしても、納得できるような気がした。


「ところで、南と北の十階まではこれで踏破したわけだが、東西のブロックに出るモンスターもやっぱり顔ぶれが違うんだろ?」

「いや。昨日炭焼き屋にいってる途中に説明したじゃないッスか。変わりませんよ」

「あれ? そうだっけ」


 どうやら聞き流していたらしい。なるほど、確かにロックは口数が多いからそのせいだろう、と記憶していなかった事を内心でロックのせいにして、ジョージはもう一度ロックに詳しい説明を要求する。


「すまんがもう一回たのむ」

「一階から五階まではどのブロックもジェリウムが出るッス。六階から十階までは北と東がオーク、南と西がゴブリンっス。


 で、南ブロックの十一階から十五階まではブルフロッグ、十六階から二十階まではファイアリザード、二十一階からはリザードに加えてフレイムフィアーっていうただの火の玉みたいなのが増えるッス。二十六階からはファイアリザードがリザードマンにとってかわるッス。


 ただ、二十七階まで行けたのは姉さんたちと一緒に行った南ブロックだけなんで、他のブロックの十一階より下にどんなのが出るかはわからないッスけど、だいたい五階刻みで出てくる顔ぶれが変わったり増えたりするのはどのブロックも変わらないみたいッス」


 フムフムと何度もうなずきながらジョージは情報を頭に叩き込んでいた。ついでに、襲ってきたオークの頭にも鉄の棒を叩き込んでいた。オーク肉とヒヅメがまた一つずつ増える。


「そういえば、ゴブリンラッシュホールみたいなのはオークの方にはないのか?」

「うーん。オークラッシュっスか? それは聞いた事ないッスねえ。けどたまーに、なぜか材木がいっぱい積んである部屋が見つかる事があるらしいッス」


 んっ? と首をかしげて、おそるおそるジョージは尋ねる。


「オーク材?」

「? そッス。知ってるッスか?」

「いや、そういうわけじゃないが……」


 なぜか苦笑を浮かべるジョージ。ロックは不思議そうな顔を浮かべるばかりだ。


「とにかく、ロックも北ブロックの十一階も知らないわけか」

「そうッス。……行ってみるッスか?」


 本当にロックがだんだん自分の思考を読み取ってくれるようになったと思い、ジョージは嬉しそうにニヤリと笑んだ。

 説明回がまだまだ続きます


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