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003-ジョブ アンド スキル, アンド コイン -1-

 巨大迷宮ディープギア浅層部北ブロックの九階。後ろ足だけで立つ豚のようなモンスターを相手に、ジョージとロックは奮闘、いや、余裕の戦闘を繰り広げていた。


「ほれ、そっち行くぞ」


 ジョージは機工刀の柄を捻るまでもなく、ただの鉄の棒の状態で簡単にそれらを撲殺していたし、共に行動するようになってたった一日しか経っていないにもかかわらず、ロックは剣士としての才覚を表し始めている、とジョージは評価していた。


「せいっ!」


 ロックが振るう白銀の刃が音もなく豚男の身体を切り裂く。血などはでず、煙となって消えて時折豚のヒヅメのようなものを落とす。


「オークとかいったか」

「うッス。バトルコックのジョブを持っている潜窟者はこいつをはじめとする食材モンスターと呼ばれる種類のモンスターを、倒しても煙にせず捌いて何らかの食材を得る、っていうスキルをもってるらしいッス」

「へえ」


 ゴブリンのような人型ながらも小型のモンスターを相手にするには、もうロックは一切遜色のない動きをするようになった。そこで十一階まで潜り進んだのだが、そこに現れたブルフロッグという巨大な蛙には毒があるという事で、まだ解毒薬などの潜窟者に最低限必要なアイテムがそろっていない二人はおとなしく引き下がって訓練の場を変える事にした。そこでロックが第一の候補にあげたのが、ここ北ブロックだった。


「それより敬語やめない?」

「いえ、アニキって呼ばせてもらうッス」


 昨日の一連の出来事で、ロックはすっかり従順になってしまい、人懐こい子犬のようにジョージの後ろについて回るようになっていた。


 そんなロックが尊敬して止まないジョージは、明け方ごろに酒が抜けて冷静になると、ほぼ一睡もしていない状態で居候するオールドスミスに一時帰宅し、一息つこうとした所でロックからダンジョンへのお誘いが来た。無碍にできず、またランナに淡い気持ちを抱いているロックに昨晩のランナとの晩酌を知られるのはなんとなく気まずいと思ったジョージは、厳しい身体に鞭打って何も言わずにこうしてダンジョンに潜っているのである。


「ようやく調子が出てきたか」


 既に南ブロックの十一階まで降りた後、一度ディープギアから出て北ブロックの入り口から入りなおすという面倒な道順を踏んでいるにも関わらず、ぐるんぐるんと肩をまわしながらジョージがつぶやいた。同時に、目前の位置に天井から投下されるように現れた新手のオークへ容赦なく鉄の棒を振り上げて顎を砕く。オークはボウンと煙になって消えて、豚のヒヅメのような物を遺した。


 いざ動き始めると身体は温まってくるもので、よほど強敵が現れなければ大丈夫だろうと判断する。しかしながら、


「あ、食材とかいうから腹減ってきたな……」


 遺されたヒヅメを見ていて、豚足を連想したのだろう。ジョージの腹がなる。


「え? アニキもしかして朝飯まだだったんですか?」

「まだもなにも。朝っぱらから押しかけてきたのはお前だろう、がっ!」


 腹が減った、腹が減ったと念じながら、ジョージは再び降ってきたオークが着地した瞬間に機工刀の刃を剝いて喉を貫いた。一切の行動を許さない無慈悲な一突きにオークは息つく間もなく煙と消える、かに思われたが、前足を宙ぶらりんにさせながらもこんどは消えない。


「あれっ?」


 明らかに命は失われている。ロックから料理人の話を聞いたばかりであるから、そんな美味い話があるのかと疑いながらジョージは機工刀を引き抜く。支えを失ったオークの体は無残にダンジョンの床に倒れたが、やはり消えない。


「え? アニキ、料理人でしたっけ?」

「いや? 見習いダンジョンマスターのハズなんだが……」


 次なる敵が現れないか周囲を確認してから、ジョージはポーチからギルドカードを取り出した。色は青、とうとうロックに追いついたそれの職業欄には、やはり「見習いダンジョンマスター」と記されている。


「え? オイラ、ダンジョンマスターなんてジョブ聞いた事ないッスよ?」

「そうなの? ていうかロックは俺のギルカ見るの初めてだったか」


 ギルドカード自体は初対面の時に見せたのだが、ロックの方がそれをはっきりと確認していなかったのだ。


「ぎ…ギルカ…。と、とにかくレアなジョブじゃないですか!」


 さりげなく略した方に引っかかりかけたようだが、ロックは主題を見失わずそちらに突っ込んだ。ジョージの方は、それがいかほどの重要性をもつのかなどわからないものだから、困ったようにポリポリと頭を掻く。


「とにかく今はコレをどうにかしないといかんのだが、俺豚の捌き方なんて知らんぞ」

「なにいってんスか。捌くのだってスキルですよ」

「いや、スキルって言われても……あ」


 戸惑いの中でふと思いついたジョージは悪戯っぽくいやらしい笑みを浮かべた。


「肉になーれ、肉になーれ」


 呟きながら念じながら、機工刀の切っ先でオークの死体を小突いた。とたん、ボンといつものように煙がたって、あとには二キログラムほどにちょうどよくカットされた豚肉が残る。さすがに部位まではわからない。


「おおおお! すげえ!」

「え? いやいや、え?」


 それはまさしくスキルの発動と呼ばれる現象だった。ロックは子供のようにはしゃぎ(実際に半分は子供のようなものだが)、ジョージは反対に初めは目の前で起きた現象に戸惑っていたが、一呼吸置いて多くの事を理解する。


「そうか、そういう世界か」


 一言で表せば、それに限るのだ。


「はい?」

「なあロック。もしかしてココじゃ、飯を食わなくても死なないんじゃないか? ずっと寝なくても死なないんじゃないか?」

「え? あ、まあ。腹が減ったら動けなくはなりますけど、それが原因で死んだ奴の話は聞いた事がないですね。眠らなくても、眠くなって動きは鈍くなるけど、やっぱりそれが原因で死んだって話は聞いた事がないです」

「そうか。そうなのか」


 いままでずっとロックの一方的な説明をただ聞いているだけだったジョージが自ら質問を口にした。反射的にしっかりと返答しながらもロックはそれに驚いていた。


「ただ、ダンジョンの中でまともに動けなくなれば、モンスターにやられて結局は死んじゃいますし、眠くても同じですよ?」

「いいや、違うことだ。餓死という現象、言葉がないなら、俺にとっては大いに違う意味がある」


 昨日の説法といい、ジョージはロックにはよくわからない事を言う。


「とにかく、これを持ち帰って誰かに料理してもらおうか。豚肉は生じゃまずい」

「まあ、そっスね」


 ロックはまだ疑問を残しているという顔だったが、ジョージは構わずに来た道を引き返し始めたのだった。

 餓死が存在しない世界。

 ならば必然的に、この世界の料理は?


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