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002-巨大迷宮ディープギア -6-

 パチパチと火が爆ぜる炉からの明かりだけが店の中を照らしている。鍛冶に備えてほとんどが石造りになっている小屋は昼間冷たい印象を与えるが、夜になればむしろ炉からの赤い灯りを照り返して小屋の中全体が暖かい印象になっていた。


「まだ二日目だってぇのに、おンしはすっかり馴染んじまったのう」


 「は」を限りなく「あ」に近い音で発しながらキョーリが安い果実酒のボトルに口をつけた。店で酒などは滅多に飲まないのだというが、今日はなんだかそういう気分、だったのだろう。


「ここの人たちはみんないい人ですね。でも、まあ、たぶんいい人だからなのかな」


 さまざまな含みをもって、ジョージは言葉を紡ぐ。おそらくキョーリも彼らの抱える深い事情を知っているのだろう。あるいはキョーリも当事者なのかもしれない。いずれにしても、いつか本人たちが話してくれるだろうと信じ自ら尋ねる事はしない。


「はぁい。二人とも元気? っていうかジョージは元気?」

「やあ姐さん」

「珍しいのう、こんな時間から」


 そこにちょうどよくランナが現れた。おぼろげな鍛冶場の中で静かに酒を交わしている二人を見て安堵したような顔を浮かべた。


「元気そうね。ジョージ、あんた凄いうわさになってるわよ。巨人の力を持った男が現れたとかいって」


 百キロの背負子がそれほどだろうか、とジョージは首をかしげているが、その反響はそれはそれは凄まじいものだった。今レドルゴーグで一番持ちきりの話題になっている。


「そのうえ、そのかっこでしょ。しばらくは目立つからそのロングマントは止めた方がいいんじゃない?」


 全身を覆う真っ黒なロングマントを指さされ、ジョージはひらりとマントを翻してみせた。


「コレか? コレかぁ……。この辺は暑いんだよな、コレ外すと」

「は? 暑い? 真逆じゃないの?」


 嘘をつくなよ、といわんばかりのランナに向かい、ジョージは悪戯っぽい笑みをうかべるとランナに手招きした。


「入ってみてよ?」


 酒もあってかの大胆発言。ジョージはロングマントの中にランナを招き入れる。


「あら、面白い事いうねぇ」

「いいから」


 ランナは酔っ払いの挑発になど乗るものかと挑戦的な笑みを返したが、ジョージは構わず強引に手を引いてマントの中にスッポリと包み込んだ。


 ジョージとランナの身長差はちょうど頭一つ分ほど。ジョージの背が特別高いわけではないが、ランナは女性としてもやや低めだった。ジョージがランナを抱きしめるような形になったが、ランナがまず感じ取ったのはそんな感覚よりも肌に触れる空気の質が変わった事だった。


「涼しい?」

「そう。このマントとポーチはこの旅を始めた頃に出会った、師匠に当たる人が作ってくれた物なんだ。どこに行っても快適に過ごせるように、ってな」


 ランナがマントの裾と裾の合間から頭だけ出しても全身が快適な空気に包まれている。本当にそういう品なのだろう。


「でもまあ、確かに目立ち過ぎるのはよくないな。ちょっと甘く考えすぎてたか」


 酒の入った赤ら顔でなにやら思案すると、ランナを開放して自分もロングマントを脱いでしまう。肌についた湿気と熱気に顔をしかめたが、すぐに諦めた。ポーチにロングマントを丸ごとスルスルと納めると、座りなおしておいてあったボトルに口をつける。


「今の見たら、ロックが青くなるぞお」


 ここまで黙って二人のやり取りを見ていたキョーリが、カラカラと笑い出した。


「あ、やっぱりロックってそうなんだ?」

「本人は気づかれてるとはおもっとらんだろうが、アレじゃあのぅ」


 親と子よりも年の差がある二人が、まるで少年のように笑いあう。これも酒の力か、などと思いながら、少しばかり疎外感をおぼえたランナがジョージの持っていたボトルをひったくった。


「なんでここでロックがでてくるのよ」


 ランナも何も知らない少女ではないのだから、わかった上でそう言いひったくったボトルをあおった。


「お、おいおい」


 いくら安くて弱い酒とはいえ、まだ半分以上残っていたボトルを一息に飲み干す。飲み干したあとにボトルに張られていたラベルを見て眉間にシワをよせた。


「プハぁあ。んぅん? なにコレ、安物じゃない。サーシャんとこに飲みに行くわよ!」

「え、いや俺まだカネもってないし」

「いいよの! あの店はツケが利くんだから、ほら、キョー爺さんも!」


 酒を口にして急に凶暴になるランナ。ジョージは戸惑うばかりだが、キョーリは慣れたものでいつのまにか店の奥の方へとひっこんでしまっていた。


「チッ」


 露骨に舌打ちをすると、残りの獲物は逃すまいとまるで肉食の野獣のごとき動きでジョージの頭を左腕一本全てつかって抱え込むようにアームロックした。


「ちょっと! 姐さん! 姐さんって!」


 身長差からいって、頭がランナの小脇の位置までさがると、ジョージは姿勢的に非常に辛い。しかも、気候からレドルゴーグの住人は男女とも肌の露出が多くランナも例外ではない。


「いいわよ、減るもんでもなし。いいから飲みいくわよ!」


 空瓶を掲げ、酔っ払いよりも酔っ払いらしく、ランナはここら一帯に轟く声で高々と宣言したのだった。


「若いのう……。や、ランナはたしか今年……」


 店の奥から去っていく二人の姿を確認するキョーリ。その小さな独り言が聞こえるハズもないのだが、キッとランナに睨まれたような気がして思わず最後の言葉を飲み込んだ。


「……寝るか」


 年齢から、夜通し飲むのは辛い。とくに早く片付けなければならない仕事があるわけではないが、翌日まで残る酒というものは老体には一週間残るものだと、最近になってキョーリは実感していた。何より、バカ騒ぎするほどの気分でもない。キョーリは種火だけ残して炉の始末をすると、さっさと寝床についた。


 一方、Bar. Junk Foodでは。


 重度の酔っ払いと軽度の酔っ払いを一度に店に迎えたアレクサンドルは軽度な方の酔っ払いに気の毒そうな目を向けながらも、重度の酔っ払いの注文通りに強い酒を次々と運んでいた。


「だいたいなんでアタシがギルドマスターなんてやってんだろ。アタシ自身も疑問だっつーのにサー。ちょっと聞いてる?」

「ハイ、聞いてますよ」


 確かに一息に摂りはしたが、まさか弱い酒のボトル半分でここまで酔うとは思っていなかった。ジョージはあの時に強引にでも止めておけばよかっただろうかと思いながらも、相変わらず頭をランナの小脇に抱えられ頭部にやわらかいものを感じながらチビチビと強い酒を飲んでいる。


「すまないね。ランナはすぐ酔うわりに潰れるのが遅いタイプで、しかも酒癖は……ね」


 苦笑しながらアレクサンドルが耳打ちする。そのようですねと愛想笑いを返しながら、ジョージはまた内心で嘆息する。


 頭に感じるやわらかいものの更に上からはまるで油田のようにドロドロとした愚痴が吹き出し続けていて、男としては喜ぶべきシチュエーションなのだが素直に喜べない。その一方で言われるままに酒も口にするものだから、次第に酔いも回ってきてジョージの意識もだんだんと不明瞭になっていく


「(マスターも気を利かせて水でも注いでくれればいいのに……)」


 他に客が居ない事がせめてもの救いだろうか。


「あ、マスターすみません。姐さんは大丈夫だっていってたけど、俺にもツケってききますかね?」

「心配しなくていいよ。小さな巨人の噂は私も耳にしているし、ロックがさっき来てゴブリンラッシュの事も自慢していた。君ならすぐに返してくれるだろう?」

「ちょっと本当にきいてるのおお?!」


 ありがとうもごめんなさいも言う前にランナが割って入った。ひとまずは安心しながらも、いつまでこの状況が続くのだろうという不安はつのるばかり。アルコールによる意識の混濁はますます進み、次第にジョージもネガティブになりはじめる。


「(そう、昼間にはなんかけっこうな戦績を立てたんだよなあ? そのあとも居候として真面目に荷物運びを手伝った。そりゃ簡単にはやってみせたけど、決して軽くはなかったんだぜぇ? なんで俺いまこんなメにあってんの?)」


 苦悩が始まり、さらに過去へと遡る。


「(あれ? もしかして入るギルドから間違えたのかな? そいやこの人がギルドマスターなんだよな? だったら他のギルドに入ってればこの人とも出会わなかった。つまり今こうしてる事もないって事か。そうか!)」


 何か凄まじい確信に至ったような、錯覚。酔っ払いならではのものである。


「(あ、ちがうわ。ダメだ。いや、違わないけど。なんか神様っぽいのの言葉ももらっちゃったし、神様経由の契約とか破れるわけねえし。誰かもしばらくはどうにもならないって言ってたし)」


 ジョージの目も完全に据わってしまい、しかも一人でブツブツと何か呟いている。グラスを磨きながらアレクサンドルがちらりとそれを確認すると、もうはや残るのは苦笑するマスターと、一人増えて二人になった重度の酔っ払いのみ。しかも店に来た時から重度だった酔っ払いはいつのまにか寝てしまっていたが頭はガッチリとホールドしたままだ。


「(やっべえ……こうなったら神様どうにかするか。それしかないか? それしかないよな? ……いや、できるわけないか……)」


 もはや思考に論理性はない。周囲への注意も何もない。


「やれやれ……躁に入ってから唐突に落ちるタイプと、ゆっくり鬱に入ってそのまま続くタイプか」


 ある意味バランスが取れているのかもしれないな、などと思いながら、アレクサンドルは店から一度出て、オープンの標識を裏返した。


 夜は何事もなくふけていく。

 なんとも煮え切らないところで2章はおわり


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