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002-巨大迷宮ディープギア -5-

 郊外へは、郊外というだけあってそれなりの距離があった。


 途中で話題が変わり、ディープギアの浅層が四つにわかれている理由と、各ブロックの違いなどの説明になった。知識の披露とあらばロックは得意げになる。とにくロックは東西南北全てのブロックの五階までは実際に潜って踏破したというほんの少しだけ自慢できる経歴があったため、実体験の元語られるそれらの知識はまたジョージの知識欲を潤した。


 先ほどまでいた南ブロックは説明が要らず、西ブロックの説明を終え北ブロックの途中までさしかかったところで、目的の炭焼き小屋に到着する。


「あ、ココだよ。キョー爺さんがひいきにしてる炭焼きさん」


 初めの頃とは違い、ロックも周囲に気を配りながら知識を語っているため、目的地につけば講釈を中断する。


「御免! 鍛冶屋オールドスミスの使いで来た者だが!」


 ジョージの口調が硬くなる。呼びかけに応じて小屋の奥から中年の女性が出てきた。


「はいはい。ごめんなさいよ、主人は今ちょっと留守にしててね。あらロック君久しぶりね、元気にしてた?」

「うん。オイラぁ元気だけが取り柄みたいなもんだから」


 人懐こく喋る中年女性に向けて、ロックも人懐こい笑みを向けた。どうやら誰も彼もに横柄な態度をとっていたわけではないらしい。


「オールドスミスのキョーリさんからお使いを頼まれたんだ。この金具を渡して、今月分の炭をもらってこい、と」

「はいはい。ちゃーんと用意してありますよ。ちょっと裏まで取りに来てくれるかしら」


 言われるまま小屋の裏、炭焼きの窯のそばまでいってみると、ロックはまたかと苦笑し、さすがのジョージも厳しい表情をしながら唸る。そこには一袋に十キログラムは入りそうな大きな麻袋が山のように積まれている。


「これ、全部ですか」

「はいはいそうですよ。あなたは初めて、ですよね? だったら驚かれるのも無理はないと思うけど、前までいらしてた方はどうしたのかしら?」


 まだ関係者になって日の浅いジョージは曖昧な笑みを返すしかできず、代わりにロックが答える。


「キョー爺さんのしごきがキツかったらしくて、一昨日だかに逃げちゃったんだってさ。このジョージさんは弟子じゃなくて居候、なんか色々あってオイラと同じギルドに入ってくれたんだよ」

「あらあら! そうなの! それはよかったわねえ。えーと、ジョージさん?」


 疑問符をつけて名を呼ばれ、ジョージはハッとなる。


「申し送れました。ジョージ・ワシントンといいます」


 丁寧にお辞儀をしながらギルドカードを渡す。再びのジャパニーズメイシスタイル。


「まだココに来てから日が浅いものですから、色々と粗相をしでかすかもしれませんが、その時はご容赦を」


 先ほど、キョーリに心から礼を述べた時の低頭と違い、こんどはなんだか情けないな、と傍から見ていたロックは思う。しかしもちろん口には出さない。


「これはこれはご丁寧に。炭焼き職人バモグの妻でウェンディカと申します。これからはよろしくね?」


 恰幅がよく声もよく通る。ころころとした笑い声などはとくにオペラ歌手のようだとジョージは思った。


「それじゃあ、ここからこれを運んでもらうのだけど、二人で大丈夫? 台車なんか、お貸しする?」


 自己紹介も終わり、炭の詰まった麻袋を前にウェンディカはもう一度確認した。一度真正面から麻袋の山に向かうと、指さししながらジョージはなにやら頭の中でシミュレーションを行っている。


「いえ、大丈夫です。ロープも自前のがありますし」


 そういうと、小さなポーチの中からスルスルとロープを取り出した。が、出るわ出るわ。そのポーチのどこに入っていたのかと疑いたくなるほど長いロープを取り出しながら、ジョージはその辺に落ちていた木の枝を寄せ集めてロープで要所要所を結いながら組み上げていく。


 はじめは、麻袋ではなくなぜ枝を? と首をかしげていた二人も、見る見る内に組みあがっていくそれを見て少しずつ納得しはじめる。出来上がったのは、背負子だった。背負子というものをしらないロックは未だ疑問符であったようだが、いつのまにか作業を見守る二人に加わった三人目が感心のあまり唸った。


「ほおう。珍しいことをしているな」

「あ、お邪魔しています。あなたがええと――」

「炭焼きのバモグだ。バモグ・ルーデ」

「よろしくお願いします、バモグさん」


 がっちりと握手を交わすジョージとバモグ。名乗るより前に握手をしてしまったが、キョーリと初対面した時と同じ手ごたえを感じながら、ジョージは手を離して再びギルドカードを差し出した。


「ふむ。ジョージ・ワシントン。ディアルんとこの新人とはまた珍しいな。まあキョー爺さんとこに居つくだけでも十分珍しいんだが」


 クツクツと気障な笑い方をしながらバモグは自分の小屋の壁に寄りかかった。見物に徹する事にしたらしく、ジョージに手を貸す素振りは見せない。ジョージもそのつもりで、助けを求める事はない。


「そうなんですか? あ、この脚立ちょっと借ります」

「ああいいぞ。キョー爺さんは腕は一流だが、いかんせんしきたりとか伝統とかに縛られるのを嫌う人でな、弟子をとっても教育方針を一つに定めないから弟子がついていけずに長続きしない。あんたもそうならなければいい、と思ったが弟子というわけでもなさそうだな?」


 片や己の作業を続け、片や全く動かず二人だけの会話が続く。ロックもウェンディカもすっかり出来上がってしまった二人だけの空気になぜだか入り込めず黙って会話の成り行きを聞いている。


「俺はたんなる居候です。弟子、というよりはむしろ、キョーリさんに新しい工法のヒントを提示できるかもしれませんよ」

「ほう? そいつは面白い話だが。まあオレはしがない炭焼きだ、成り行きは遠くから見守らせてもらうとする」


 ジョージが脚立の上の背負子に炭の詰まった麻袋を積み終わった。真上には積みきれず、ロープで左右にも二袋ずつくくりつけて高さをかせいでいるが、およそ十キログラムがちょうど十袋。単純に百キログラムを越えている。普通に考えるとジョージほどの体型の人間が一度に持てる量を超えている、ハズだった。


「よいしょ……っとお!」


 背負子の肩紐に腕を通すと、気合一声とともに一気に背負い上げた。


「う…うおお…」


 持ち上げただけでも十分驚嘆に値した。ロックなどは目の前で起きた事が信じられずにまぶたをゴシゴシとこすりながら何度もジョージの姿を確認している。


「よし、これなら何度も往復しなくて済みそうだ」


 前かがみの角度を変えながらバランスをはかりつつ、ジョージはその姿のまま歩いた。バモグはその姿を見てもニヒルに笑うだけ、対照的にウェンディカは凄い物をみたと喜んでパチパチと手を叩く。ロックは、もう驚きすぎて口をあけたまま呆然と立ち尽くす。


「あ、アニキって呼んでも、いいですか?」


 行くぞ、と声をかけられわれに帰ったとき、ロックはとうとうジョージに対して敬語を使い始めた。


 実際のところ、健康な成人男性が重い荷物背負うというのはさして難しい事ではない。とはいえ普通は六十キログラムほどが精々だが、それでも腕では抱え上げきれない重さでも背負えば意外と楽にいけたというのはよくある話である。しかし背負子という道具があまり知られていなかった事が、ジョージのこの行動に対し過剰な驚きを呼んでいた。


 それに加えて、ジョージの元々の格好も目を引いた。首の下からつま先まで全て真っ黒なロングマントを羽織った男が凄まじい量の麻袋を背負っている。これが好奇の対象となりえないのなら、何が人々の目を引くというのだろう。


 鍛冶屋オールドスミスへ帰りついた時には、子供が列を作ってジョージのあとに続き、まるでハーメルンの笛吹き男のようになっていた。


「目立つのはあんまり好きじゃないんだけどな」


 ようやく、文字通り肩の荷を降ろしたジョージがぽそっとつぶやくと、キョーリは黙ってジョージに向かい、安いながらも酒のボトルを一瓶まるごとジョージに手渡した。

 これは極端ですが、しょいこの使い方のコツをおぼえると、成人男性ならば150キロくらいまでの荷物は運べるようになります。

 もちろんそのまま素早く動くなんてことはできないでしょうけどね


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