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022-オーダーギアーズ -1-

「ふむ……そろそろ完全に抑え続けるには無理がではじめたか」


 レドルゴーグ中枢区、オフィスビル街にして名だたる家々の本家が多く置かれている場所。その一角の上層階の一室にて、イエート家当主ドミニク・イエートは、イエート家の執事長バルハバルト・アトレイから受け取った報告書に目を通しながら忌々しげに呟いた。


「左様でございますな」


 その呟きを受け取った執事長もまた遺憾を顔に表しながら頷く。


「まったく、業の深い話だ」


 報告書を机の上に投げ出して、ドミニクは本当に忌々しげに吐き捨てた。



「ん? オヤジさんから呼び出し?」

「ああ。日帰り限界線を越えて、ディープギアの中で一泊以上を許可するための条件として母上が言い出したそうだ。話しに聞いていた悪名高いディアルの面々をじかに見てみたいのだと言っている」

「ふむ」


 ジョージとしてはもっと早く来るだろうと思っていた事である。むしろ今の今までイエート家から中間報告の要求すらなかった事の方が不自然に思われたほどだ。


「いつ来いって?」

「三日後から五日後の間のどこかを選んでくれれば調整するそうだ」

「じゃ、三日後だな」


 どうせこれから千紗がギルドに所属するまでの間はずっと新人たちの実地訓練に費やされる。一日くらい急に訓練の予定をあけても何の不都合もおきないだろう。


「ただ、その……」

「ん? どうした?」


 まだ何か伝えるべき事があるようだが、アラシは非常に言いづらそうにしている。


「オレの、母上なんだが、息子のオレから見ても、その、言い辛いが、あまり頭の良い方ではなくてな。急に直接会って確かめたいなんて言い出すような方ではないんだ」


 アラシなりに言葉を最大限選んでいるようだが、結果的に自分の母親をけなしてしまっている事に変わりはない。ジョージはそれだけで大体を察した。


「そう言い出すように指示した者が他に居るかもしれない、と思うわけだな?」

「っ! あ、ああ。その通りだ」


 アラシは言いたい事の先を読まれて驚いたようだったが、ジョージならばこのくらいはやるかと思い直してすぐに姿勢を正した。


「ふむ。いい機会だし聞いておこうか。アラシ、おまえ、母方の祖父さん、アルペリの事をどう思ってるんだ?」


 尋ねるジョージには特に気負った様子もなかったが、聞かれた方にしてみれば、不可避の斬撃を全力で見舞われたようなものだった。


「それは……その……」


 暗い顔をして、アラシはゆっくりと心中の正直なところを語った。



「ふむ、じゃあだいぶ猜疑心でゆれてるわけか」


 主観を語ろうとする時のロックほどの支離滅裂さはないが、身内の汚点をさらすようなまねは気が進まないのだろう。言い訳がましく遅々として進まないアラシの供述をざっくりと纏めると、つまりそういう事だった。


「ああ……。父上からは相変わらず何も言われないが、爺やからは言葉の裏を読み解けるようになれと十になった頃からよく言われてきた。最近までずっとないがしろにしてきたが、ここに来て、師匠から稽古をつけてもらうようになって、ディアルとしても物を見られるようになって、色々と考え方が変わって来てしまった」


 こんどはなぜそういう印象を抱くようになったのかの言い訳を始めるつもりのようだ。


「うむ。見識が広がったのはいい事じゃないか。おまえの言うとおり、物事には様々な見方ってのがあるもんだ。

 それに、身内を疑うようなまねをしたくないってのはわかるが、はっきり言ってディアルからするとお前の祖父さんは今に至るまでの衰退を謀った最有力容疑者候補だ。

 と、言っても俺もその頃は知らなかったからそこまで強く言う立場でもねえんだけどな」


 ジョージはもちろん、ランナもロックも、たまにしか顔を出さないリーナでさえ、いまさらアラシを自分たちの家であるディアル潜窟組合の衰退と結びつけて責めようというつもりは毛頭ない。アラシの祖父アルペリ・ロッセが本当にディアルが衰退するよう仕向けたのかという物的証拠も見つかってはいないのだ。


「それでもやっぱりオレは、アルペリ祖父さまを悪くは思いたくないんだ……」

「……わかった。今回の誘いはその辺をハッキリさせるつもりで受けよう。だがお前の望まない結果になった時の事も、覚悟しておけよ」


 ジョージにとってもアラシはもう仲間だった。だからこそ上辺だけの優しい言葉は投げかけない。


 アラシもその意図を汲んで、神妙な面持ちのまま、二方向へ一度ずつかるく頭を下げると自分の家へ帰っていった。


「姐さんもなんか一言いえばよかったのに」

「あん? ガキどもの教育は全部あんたに一任するよ。こういう事は結局、なるようにしかならないからね」

「そうやって、三日後のお呼ばれも俺に全部押し付けていかないつもりじゃないだろうな」


 苦笑しながら突いてみると、さすがのランナも心外だという顔をした。


「さすがに顔くらいは出すさ。ホールを空ける事になるが、いくのはあんたとあたしとリーナとロック、四人でいいだろう。けど、わかってると思うけど」

「ああわかってる。細かい交渉ごとは任せろ。あとはどんだけイラつく事を言われても黙って不敵に微笑んでくれてればいい」


 これまで、今回のような事態を想定して打ち合わせをした事は一度もない。それどころか普通に行動を共にした事すら数えるくらいしかないのだが、今までのお互いの言動を見てお互いの性質を二人ともよく理解していた。


 ジョージから見ればランナは、庇護対象が保護を必要としている時は際限なく慈悲を注ぐが、基本的には大雑把で乱暴で粗雑で、細かい事を考えずに直感で行動する粗忽者。実力は折り紙つきで鞭の扱いが非常に達者。非常に面倒くさがりだがなんだかんだいって勤めは果たす責任感も持ち合わせている大人の女性。


 ランナから見ればジョージは、正攻法で戦っても底知れず強いクセに小手先の技術ばかりを優先する小賢しい奴。細かな所に目をつけ指摘するわりに本質は自分と同じ面倒くさがりで、実際のところ陰謀策略は大得意というほどでもないのだろうが自分がやるよりはマシだからと任せている、あまり男らしくない男。


 と、なる。


 どちらもまったく間違っていない。


「しかし、悪いんだが、当時起きた事をちゃんと把握して起きたいんで、改めて詳しく、話を聞かせてもらってもいいか?」

「ん? こういうのはあたしも得意じゃなんでね。詳しい話はリーナに聞きな、今ならもう店も閉めてるだろうから、客を気にしないでゆっくり話せるだろうよ」

「そうか。じゃあ、行って来る」


 今日はもう訓練やらなにやらは全て終えたあとだ。


「ああ、また明日だね」

「おう、またあした」


 短く挨拶を交わして、ジョージは日が暮れた南区貧民街をゆく。


 ワケアリ六人衆がディアルに入ったあとからもリーナとはたまにギルドホールで顔を合わせる事があった。店で出す薬の原料を調達する依頼をディアルに出しに来ていたのだ。


 ギルドホールへくる時はいつも本当にそれだけで、千紗やマールの様子を少しうかがうだけですぐに帰ってしまうためちゃんと話す機会は無かった。久々の長い会話が、過去のつらい話をほじくりかえす、というのは実に野暮ったくジョージとしてもあまり気乗りはしない。


 それにしても、あの店に行くのも久々だな、と思いながら、ジョージは至って普段どおりの足取りでリーナの店へ向かったのだった。

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