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021-それぞれの屈託 -6-

 ギルドホールの正面玄関はもう閉まっている時刻。ギルドへの依頼の受付は今日のところはお終いだ。ついさっき買い物に出て行った二人のためにホールの玄関は少しだけ開かれている。


 夜になると、ただでさえ寂れたホールが更に寂しく見える。


 そんなギルドホールの定位置にドカッと腰を下ろし、カウンターに足を投げ出しながらランナはさも忌々しそうに、しかし顔には獰猛な笑顔を浮かべながら呟いた。


「やれやれ、予想以上に面倒なのを抱え込んじまったね」


 それは一気に六人も増えたワケありの若者たち全員にいえる事だった。


 ここにいたった経緯についてはあまり厄介でもないのだが、今抱えている内面に面倒を抱えている者。その逆に、内面は実に前向きでやる気もあるようだが素性に厄介事をはらんでいる者。はたまたその両方。全員が全員とも一筋縄ではいかない。


 ランナとてただの肩書きとしてギルドマスターをやっているつもりはなく、それぞれが抱えている事情のような者はさわりだけでも把握している。一度に抱え込んだワケアリ六人衆の中で、もっとも扱いやすそうなのはトゥトゥルノただ一人で、他は実に面倒だ。


 ところが、ここで投げ出すようなランナでもない。


 ランナは全盛期のディアル潜窟組合を憶えている者の一人だ。謀られてケチをつけられ始めた頃にはすでに十九歳でギルドカードはイエローランク。年齢を考えずとも文句なしの上位潜窟者であった。


 その頃のギルドマスター、つまりは実の父親のやり方を思い出すと、まさに今やっている事と全く変わらない。


 脛に傷を抱えていようとも、人格に多少の難があろうとも、ギルドの掟にはきっちりと従わせた上で戦力を十二分に運用する。


 将来性があるならば子供であっても叩いて伸ばす。


 代わりに、そいつらが抱えている面倒ごとまで丸ごと世話をしてやる。


 今後、ヒュールゲンたちがディアルにとって戦力となりえるならば、彼らが抱えている問題もすべてひっくるめて世話をしてやる腹積もりを決めていた。


 むしろ生来の荒事を好む性格から、どんな面倒がやってくるのかを楽しみにしている節すらある。


 面倒ごととは、ランナにとって避けるべき事柄ではないのである。


 むしろ、いまこのギルドに所属している中でももっとも異常な人間性であるのは自分であると、ランナは自覚していた。そうでもなければギルドマスターなどやっていられない、というのが彼女の持論である。


 が、ふとその考えに疑問がさす。


「そういや、アイツはどうなんだろうね」


 思い浮かぶのは再びギルドにメンバーが入りだす切欠となった人物。ジョージ・ワシントンといういまだに謎多き男の事だ。


 黒髪黒目の黒無精ひげ。おまけにあの不可思議な装備をつけてしまえば赤い隈取の白い仮面以外は全て真っ黒なロングマントに覆われてしまうという黒尽くしの怪しい男だが、初対面の頃から不思議と警戒心を刺激されず、普通に話していた。


 なかば話しにのせられて加入をゆるした直後には神託を連続でたまわり、就いたジョブは前代未聞。使いこなすスキルも全く以って予想外かつ規格外の代物ばかり。


 スキルに頼らず魔法を使い、その魔法もじつに風変わりな使い方ばかりで、持ち出してきたマジックアイテムも恐ろしく便利なもので、様々な高位スキルの代用アイテムとしてそのまま使えてしまうほど高性能だ。


 異世界人、と聞いて半分は納得できたが、同じ世界をふるさととするらしい千紗と比べると、余りに差がある。


 持ちえている技術はもちろんの事、内面的にも、年齢の違いだけでは説明できない違いが二人には存在している。


 それにそう、千紗の事も問題だ。


 ジョージの予想では、このままレイデムセールが終わるまで千紗への新たな入札はないだろうという事だが、これもその日が来るまでは絶対ではない。


 もし誰かが気まぐれに千紗の存在に興味を持ち、品定めの為に今の状態の千紗を見に来ようものなら、すっかり健康体に戻ってしまった千紗を見て欲を出す可能性は大いにある。


「ま、それも望むところなんだけどね」


 そこからどんな荒事に発展するだろうかと勝手に想像を膨らませ、また獰猛な笑みを浮かべた。きっと誰かに見られればドン退かれる事は間違いない。


 仮に何もなくギルドに所属できる日が来たとしても、今まで戦いや切った張ったの世界とは全く縁のなかった千紗にいったいどんなジョブが勤まるだろうか。


 ジョブに就くまでは簡単だが、ディアルに所属する以上は神から課されるであろう一定のノルマをクリアし続ける必要がある。ディアルの場合、所属したての数ヶ月間はクリアできなくとも神様が目をつむってくれる事が多いのだが、逆に数ヶ月の間だけであるともいえる。


「……半年放置でどこか歯車が外れててくれりゃ、楽なんだけどね」


 ノルマをクリアできないまま、ギルドメンバーやマスターの手によってではなく、神の命令によってギルドから追放されていく者たちは、異世界人であるなどは関係なく、この世界で産まれた者にも多い。


 その最たる理由が臆病さや余計な倫理観から来る戦闘の忌避である。


 このレドルゴーグの経済を基礎から支えているのは間違いなく潜窟者たちの働きであるうえ、神の加護を漏れなく受けられ、運にも恵まれれば活躍もハデで有名人になれる事から中流階級の子供たちの将来なりたい職業ランキングで潜窟者は常にトップをひた走っている。


 そのせいで無茶をして死ぬ子供も多いための仮免制度の導入であったのだろうが、そんな事をしなくても才能がない人間は勝手に脱落していくだろうに、というのがランナの考えだ。


 為政者の側から言えば、その脱落のしかたが死亡ではその後その人物が行っていた可能性の高い生産性が一切なくなってしまうからよろしくないなのだが、ギルドマスターをやっているとはいえ、潜窟者としての立場以外からモノを見る気の無いランナからはその程度にしか見えないのである。


 どこかずれているようにも思われるかもしれないが、ランナの抱える屈託は、全て他者への心配や杞憂が占めていた。



 他者への悩み、と言えばランナの心配にもあがった千紗も同様である。


 そしてその悩みは、こちらもジョージ・ワシントンという男についてであった。


 ランナがそう感じたように、千紗もまた自分とジョージの差について納得しきれずにいた。


 今はまだ自分の事で精一杯であるから直接聞けずにいるが、必ず機会を作り、なぜ明らかに日本、ないしアジアで産まれた人間であるにもかかわらずジョージ・ワシントンなどと名乗っているのか。


 同じ世界から来たというのにそうして使いこなしている魔法や魔法を帯びた品々はいったい何なのか。


 自分がそうではないからという理由はまったくない。彼がそうできた理由を知れば、彼に近いレベルでこの世界になじむ事ができるのではないかという至極前向きな気持ちの上で、やはり納得いかないのだ。


 或いは、自分と彼との間に存在する二十年間のタイムラグの間に、日本人は魔法を使いこなすようになったのだろうか、という普通に考えればバカバカしいとわかるような説まで浮かんでいる。


 思いつめた顔をしている千紗を、今日入ったばかりの新顔が覗き込む。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ」

「千紗さんも、ジョージさまの事を考えてたでしょう?」

「えっ、なんでわかった。……も?」


 ジョージにご執心である者はもう一人いた。ただ、こちらはもっと女性らしい理由であるが。


「はい、わたくしはジョージさまのことを考えていましたよ!」


 そんなに自慢げに言う事だろうか、と千紗は首をかしげる。そして張られた胸が、少し羨ましい。骨と皮になる前は自分にもけっこうあったのだが、体が軽快に動くようになった今でもまだ全体的に肉が戻らない。いくら五つも年上だからといっても、身長差はあまりないというのに。


「あの、カーラさんは教会の教えでジョージさんの事を探していたわけですよね?」


 まだ千紗の頭の中では宗教と教会がイコールになっているため、微妙な聞き方になってしまう。


「教会? いえ、神殿にて神託を受けたのです。ルーカランラ様の教えは、水のようにあれ、という事だけですよ」

「み、水のように?」


 どこかで聞いたような言葉だが、千紗はとっさに出てこなかった。一九九四年当時から黄色地にサイドの黒ラインのジャージを上下に着た格闘家は過去の人である。


「四大神のつかさどられるそれぞれの力はいずれも偉大なものですが、わたくしたち水の神殿に仕える神官たちは水の力が大きなものであると考えています。体内の水の衰えによって人は老い、体内の水の活性によって若返ります。

 体の中で様々なモノを運んでいるのも水ですし、人の体の外に目を向けても水は様々なモノを運びます。

 まあ、モノを運ぶ速さでいえば、水は風にはかなわないとされていますけれどね」

「そ…そっか」


 まだ運動部員に簡単に水を飲ませないようなスポ根ドラマがはやっていた時代から来た千紗にはすぐには理解できない話である。


「千紗さんには、まだ少し早いみたいですね。聞けば千紗さんもジョージさまと同じ世界からこられたとか。どのような世界だったのか、お聞きしても?」

「あ、うん」


 すっかり会話の主導権を握られてしまったが、とくに悪い気はせず素直に答える。話題もころころ変わっているが気にしない。女性同士の会話とはえてしてこのようなものであり、それは二十年前どころか、おそらく人類が扱う言葉というものが発達し始めた当初からこのようなものなのではないだろうか。


「えっと、ジョージさんと私とは、同じ世界から来たと言っても二十年も差があるみたいなの。そこだけは、先に言っておくね?」

「はい!」


 元気よく、目を輝かせながら返事したカーラは、千紗の目から見てすら幼く見えた。



 カーラは幼い頃から水の神殿に属していた。


 ワケアリ六人衆のように、壮絶な過去などは特にない。地域柄というやつで、産まれたところがたまたま水の神殿から強い影響を受ける場所だったというだけである。


 六歳までに一度は水の神殿に入り、水の神だけでなく四大元素を司る四柱の神に加え、彼らを産んだという光の神と闇の神の二柱について一年間学ぶ。


 他の神について学び、そちらに興味が向くのならばそれもよし、或いは信奉は続けるが神殿には属さないという選択肢もまた大いによしとされる。


 カーラははじめから水の神殿で学び、そのまま水の神ルーカランラを信奉し続ける事を選んだ見習い僧侶の一人だった。


 十一歳で一度神殿を出て、試練として頂上にはそれまでに学んできた神がいるといわれる塔に登る。試練に期限はなく、可能な限り上階へと挑めというものだ。


 ちなみに、この塔もまたダンジョンになっており、それぞれの神が司る属性に即したモンスターが現れ、それぞれの神にまつわるアイテムがドロップする。各塔へは神殿に所属せずとも挑む事ができ、僧侶でないにもかかわらず塔に登る者を、潜窟者と同じように、塔挑者とうちょうしゃと呼ぶ。


 塔では内部で死亡するような傷を負おうとも命を落とす事はなく、持ち物も装備も関係なく身包みを剥がれた状態で塔の入り口に放り出される、という形で復活する。さらに、神殿からの試練の時だけは装備品はつけたまま、戦利品は失われるが代わりに何層の何階まで到達した、という札を持たされる。自力で塔を出るという選択肢はなく、神よりもたらされた札のみが成績として認められる。


 カーラは、同期の子供たちと同時に神殿からの試練に挑戦し、およそ二ヶ月間も単独で塔の中を生き延び、群を抜いた成績を残し帰還した。


 いわゆる、天才という奴である。


 の、だが、カーラにもやはり少し、難があった。



「わたくしは一目見た時からあの方が神託に下ったジョージ様だと理解しました! 鋭い目つき! 野生的なあの髪型とおひげ! 野蛮だといわれがちな潜窟者の方々の中では決して逞しい体つきではありませんが、引き締まった体つきから繰り出される電工石化の一撃は野生のガウルか伝説に聞くクロヒョウのようでした!」

「そっか、ジョージさんってやっぱり強いんだね」


 初めは千紗が故郷の話をしていたのだが、いつの間にかカーラがどれほどジョージにほれ込んだかを聞く大会になっていた。


「千紗さんはジョージさまのお姿にはあまり興味がないようですが、戦いのさなかのジョージさまを一目みれば必ずや見とれるに違いありません! あるいは、少し武術を学ばれた後にでも、わたくしのように一度手合わせをしていただくとよいでしょう! 手も足もでません! 何も通じません! 何もできません!」

「う、うん……」


 それは惚れるというより屈辱なのではないだろうか、と思うのは千紗だけなのだろうか。


 返事、相槌を聞いているのかいないのか。カーラはもう止まらない。


 これこそがカーラ・マーリアのちょっとした難、猪突猛進である。


 実は、水の第一柱神であるルーカランラから下された神託の内容も、カーラが理解しているような「ディアル潜窟組合に所属するジョージ・ワシントンという男の傍に侍り、よく観察し、役に立つこと」という、ありていに言えば「嫁げ」という内容ではなく、神様らしく荘厳な言葉が選ばれ使われていたが、内容的には「ちょっと行ってしばらく観察して来いよ」という程度のものだった。


 おそらくルーカランラは、このカーラという少女の信仰心と性質を、少し見誤ったのだろう。つまり神すら見誤るほどの行動力を、カーラは持っていたという事になる。


「あ、じゃあえっと!」

「それに普段はけだるげにされていますが、ジョージさまの助言はいつも的確です。それにあの洞察力! 《アナライズ》のスキルをあのように改良できる事ももちろんですが、少し改良しただけでわたくしの本当に得意としているところを一瞬で見抜かれた力量はやはり神託に相応しい!」

「そのスキルを改良した技術をどこで習ったのか! とかは、聞かなかったんですか?」


 千紗が何とか話の間に割り込んだ。カーラが一瞬、きょとん、とした様子で止まる。


「そう、言われてみれば。まあでもまだ今日が初対面ですし。千紗さんもそういった事が気になるようでしたら、一緒にお聞きしましょう?」

「ああ、そうですよね。そうでした……」


 あまりの勢い、あまりのほれ込み具合にカーラが今日このギルドに来たばかりだという事をすっかり失念していた。


 疲れた様子の千紗に気づいたカーラは、また自分の悪い癖が出たのだとようやく気づく。


「あ、すみませんわたくしったら。もうすっかり夜ですし、眠くなる時間ですよね。ギルドマスター様がまだお戻りになっていませんが、先に寝ていましょうか」

「あ、いやいつももう少しべんきょ……」


 勉強している、といい終わるのも待たず、カーラは絨毯の上に敷かれたマットの上ですやすやと寝息を立てていた。


「う、うぅん」


 僧侶と聞くと仏門のお坊さんしかイメージになかった千紗は、神職に就く者がこんなにエキセントリックな性格でいいのだろうかと思ってしまう。


 こういうとき、いつも頭に浮かぶ万能の答えはひとつだ。


「異世界だから仕方ない」


 今回はあえて口に出してそう自分に言い聞かせた。


 結局のところ、ジョージ・ワシントンという男についてはまったく何もわからないまま、新しい仲間を加えて、ディアル潜窟組合は今後ゆっくりと動き始める。

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