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021-それぞれの屈託 -4-

 カルサネッタの抱える心の闇は、恐らくワケアリ六人衆の中で最も深い。


 それはこの闇を共有できる相手が、仲間であった筈のワケアリ六人衆の中にさえ居ないからだ。



 カルサネッタは父親が嫌いだった。


 あれをやってはだめ、これをやってはだめ。代わりにあれをやれ、これをやれ。


 口を開けばストルトン家として相応しい娘になれと言われ、行動を制限され、お前のためなのだからといって友人すら自分では選べなかった。


 物心ついた頃には母親はすでになく、亡くなった理由は未だに知らない。


 分家であるため本家から言われたとおりの仕事をこなせばよく、財政を管理する家令にあたる役職は不要であり、身の回りの世話をしてくれる使用人たちは、家業である奴隷商の商品ばかりだった。


 身の回りの世話をさせるのも、仕事を覚えさせるためにであり、ある程度仕事をこなせるようになった奴隷はすぐに商品として売られていく。そのせいで、一年以上近くにいた奴隷は一人もなく、愛着が沸くような相手は一人もできなかった。


 親しくなれた同性はストルトンの本家に一人だけいたが、年齢が近く母親代わりになってくれるような人ではなかった。


 そんな環境に反発して家を出たのは何年前だったか、それ以前から西スラムにある伯父の家に頻繁に出入りしていたが、父のいる家にまったく帰らなくなってからももう数年が経っている。


 心配した父も伯父の家に足しげく訪れていたが、顔を合わせてもろくに会話をせずカルサネッタの方から逃げるように距離をとった。


 そんな事を繰り返しているうちに、ヒュールゲンたちと出会った。


 まだ強盗団として立ち上がる以前、西スラムの中に拠点を置くただの浮浪児の集団だった頃だ。


 分家とはいえ金持ちで、周囲に住む貧困層に一定の施しを行い、同時にある程度の武力も有しているストルトン家の令嬢ではあったが、スラムすべての住人がストルトン家を認知し従順であるというわけはなく、むしろ教養の低さからカルサネッタの素性を知ってなお後先考えない行動に出るような者は多かった。


 それゆえに伯父からもスラムの街中を一人ではうろつくなと厳しくいいつけられていたが、父親からのがんじがらめの生活に反発して家出のように出てきていた彼女は伯父の言うことも聞かずうっかり遠出をしてしまう。


 小奇麗な身なりと死んでいない瞳はスラムでは目立つ。案の定地元の浮浪者に目をつけられたカルサネッタは伯父への身代金目的で誘拐される直前でヒュールゲンたちに救われた。うっかりヒュールゲンに惚れたのもその時からだ。


 実際のところは、彼女を襲った浮浪者たちとは以前から縄張りを争っていたヒュールゲンがたまたまその場に遭遇し、嫌がらせのために誘拐を妨害しただけの話であった。


 後にカルサネッタは本人たちからその事実を聞かされたものの、父のように恩着せがましく「おまえのため」などという言葉を使わない彼らに、逆に好感を抱いた。その感情自体は誰も否定できないだろう。それに、そういったまっすぐな感情を抱けた事でヒュールゲンたちとの仲を急速に深められたのだ。


 そうしてヒュールゲンたちとつるむようになってから、カルサネッタは頻繁に伯父へ小遣いをねだっては、強盗団を始めるための資金源として仲間たちに貢ぐようになった。きっと仲間たちは彼女が財布のようなまねをせずとも彼女を仲間として受け入れただろうが、何もせずただそこに居る事は、仲間たちの中でただ一人金持ちとして生まれた彼女自身のプライドが許さなかった。


 同時に、自分の行動について父親のようなあれこれと口うるさくせず、ニコニコと笑いながら小遣いをくれる伯父へ懐いていく。


 強盗団を立ち上げようとしている、などという重要な話をした事はさすがになかったが、自分のように親から見捨てられた仲間たち(少なくとも当時はそのように認識していた)が自分と違いがんばっている、自分もがんばらねば、という話はしていた。


 今思い返せば考えのつたない彼女にもわかるだろう。伯父ヒルレントはその時には既に強盗団立ち上げの動きを察知していて、ともすれば利用してやろうという気持ちも持っていたのだ。


 そしてただの浮浪児の集まりでしかなかった彼らは強盗団になった。


 狙いは金持ちばかり、とくに評判の悪い商家やチンピラ時代に痛い目にあわされた商業ギルドを標的とした。ただの義賊の真似事である。


 普通に考えるならばすぐに立ち行かなくなるような強盗団としての活動だったが、作戦参謀、ならびに技術発案者であるヨードルモンドが居たことで活動は驚くほど上手く行き、都市警察だけでなく標的となった商家や商業ギルドさえ手玉にとった。


 そんな中に不和を生んだのがクヴィエギウスである。そしてクヴィエギウスと強盗団との縁を繋いだのは、カルサネッタだった。


 間接的とはいえ彼女が生じさせた不和、ほころびである。それが強盗団の急速な瓦解を招いたとも言えるのだ。


 数年のうちに築かれた仲間意識はもはや本物になっていたから、これで仲間の誰か一人でも死んでいたり、仲間の誰か一人から拒絶でもされていれば彼女は罪悪感で潰れていたかもしれない。


 ところが、全員仲良く奴隷に落ちてみればどうだろう。


 父や伯父の屋敷と比べれば狭苦しい場所で過ごしているし、訓練は厳しく辛くいが、実入りは大きく、食生活などはむしろ屋敷に居た頃よりも豊かになっている。


 仲間たちも同じ気持ちであるため、カルサネッタへの悪感情は全く無い。強盗団瓦解の切欠を作った、などと少しでも思っているのはカルサネッタ本人だけである。おかげで、これについての罪悪感は時間を経るごとに薄くなる一方だ。



 ではカルサネッタの抱えている闇とは何か。


 それはまず今まで懐いていた伯父の本心と、行動を知った事による、自己不信である。


 自分たち強盗団の影を隠れ蓑にして、伯父がどんな事をやっていたのかは、自分たちを打ち砕いた相手からのお情けで追ってもらった伯父の口から聞いた。


 仮面の形をした魔法道具を二枚も通してみた光景であったから、一瞬は何かのたばかりかとも疑ったが、ジョージの魔法により煽られた伯父の独白はすべて真実であるとすぐにわかった。


 すべてうわっつらだけの好意。裏にある利己的な欲求を満たすためだけに張り巡らされた策略の数々は、それらを見抜けなかったカルサネッタ自身への不信へと返った。


 自分自身を信じられなくなってしまうと、今まで自分が信じてきた何もかもが信じられなくなってしまう。


 足元からすべてが崩れ落ちるような感覚のもと丸一日もただただ負の思考に呑まれてふさぎ込み、そして気づいてしまったのだ。


 結局のところカルサネッタが心の底から嫌っていたのは奴隷商という家業に対してだけであったと。


 自ら奴隷に堕ちただけでなく、父親も逮捕こそされなかったもののストルトン家から勘当されるという形で巻き込んでしまった。


 そう、巻き込んで、しまった、と素直に思った。


 過干渉は本当にわずらわしかったが、唯一の肉親である父親を憎んではいなかった。


 父親もまた、自分が憎いから過剰に干渉してきたのではなかったのだ。


 好いているヒュールゲンから女としては全く見られない事からなんとなくわかっていた。


 家に居る間はほとんど放置され、何か切欠があれば罵倒しかしにこなかったというクヴィエギウスの話も聞いていた。


 父親から捨てられただなんてとんでもない。捨てようとしたのはカルサネッタ自身だ。興味が無いのなら、肉親としての情が無いのならば、何もしてこない、何も言ってこない。だが不器用で、わずらわしい程に、父親はカルサネッタと触れ合おうとしていたのだ。


 父親を巻き込むほどの罪を犯した。にもかかわらず自分は奴隷になりながらも充実できている。全て自分勝手が招いた結果。カルサネッタは一人で考える時間ができると、常にそうやって自分を責める。


 自業自得。


 それが彼女の抱える心の闇。


 仲間たちの誰とも共有できない、心の闇だ。




 ヨードルモンド、改めモンド・ディアルは自身の体の弱さに常に悩んでいる。


 ヨードルモンドはアルマと同じ、産まれた直後から完全な遺児だった。


 彼の両親がなぜ彼を捨てたのかは、今となっては全くわからない。誰が彼の両親であるのかさえわからない。手がかりすらない。


 当時、まだ幼かったヒュールゲンがアルマとともに、へその緒と胎盤が繋がったままの状態のヨードルモンドを発見し、その時には既に母親すら影も形も無かった。


 そんな彼の生い立ちを聞かされた者はたいてい、気の毒に、と思うものだが、本人からしてみると意外に辛くない。まっとうに親から育てられなかった事から来る生活苦は確かに辛いものがあったが、親が居ないという事実自体にはとくに何の感情もわいてこない。逆にある程度の年齢まで両親に育てられた後に、捨てられた子供を見る方が辛いのだろうなと思う気持ちすらある。


 から揚げの美味さにハマってしまった誰かが、何らかの事情によって今後一生から揚げを食べられない体になってしまう。これはもちろん辛い事だろう。ところが、はじめからから揚げの美味さを知らない者は、から揚げを食べられないまま一生を閉じても全く辛いと思わない。


 親が居ない、という事はヨードルモンドにとってそんな事と同じレベルの話であるのだ。


 むしろそういう話をしたときの他人からの哀れみの目の方がわずらわしかった。


 そういった点からも、ディアル潜窟組合はモンドだけでなく、ワケアリ六人衆全員にとって居心地のよい場所だった。


 ランナもロックも、親を亡くしているからなのかはわからないが、はじめから両親の顔など見たこともなければ今更知りたくもないと言ったモンドとマールを哀れむ事はしなかった。


 ランナはそれよりも、親から余計な迷惑をかけられた事がないのだなと羨むほどだったし、ロックは、小さい頃から親が居ないと苦労するッスよね、と共感を投げかけてきた。


 そうした、一切の悪感情なく見守られる状況というのは初めてだったから、未だに戸惑う部分はあるものの、完全に家族であるヒュールゲンたちとは違ったベクトルで、モンドはディアルの役に立ちたいと思い始めている。


 ところが、何をするにもこの病弱な体が邪魔をする。


 幼少期、体の成長に合わせて十分な栄養を取れなかった子供は、成人してから非常に病弱になり易い。スドウドゥとトゥトゥルノの兄弟が獣人の血によってするりと避けて通ったその道を、モンドは逃れられなかったのだ。


 モンドが強盗団の作戦参謀を務める事になったのも、はじめから頭がよかったからというわけではなく、それしかできなかったから、という面も強い。少し運動すればすぐに息切れしてゼェゼェと喘息のような症状が出る。無理をして続ければ過呼吸で意識がうすらいでいって、最後には気を失う。


 同じ働かせるでも頭脳の時はそんな症状が出ないから、まだヨードルモンドだった頃の彼は家族のために必死になって知恵を磨いた。


 その結果生み出された物は多く、また大きくもあった。一度はジョージの虚を突いた煙球、閃光球をはじめさまざまな便利グッズを開発、改良したのはヨードルモンドである。


 しかし、本当はスドウドゥやトゥトゥルノたちと同じように、みんなとともに前に出て戦いたい。それは強盗団を結成する以前からずっと胸のうちに抱いていた願望だった。


 今も剣や武器を手にもって切った張ったをこなす事はできないが、それに近い事が可能になった。


 栄養状態が安定しはじめたおかげで、以前よりも体調が良く、顔色も良いといわれるようになった。


 ウォーキングくらいまでなら虚弱の症状も出なくなった。


 魔法を使えるようになり、実戦時に搾り出す集中力は、強盗団時代にどこかの屋敷へ押し入る作戦を練っていた時よりもずっと楽だ。


 しかし一歩進んでランニング程度の運動をするとなると、とたんに過呼吸になってしまう。


 ディープギア内を移動する時も疲れが出るのが他のメンバーよりもだいぶ早く、最初の頃はすぐに動けなくなって自分より年下のトゥトゥルノの背負子に座って移動するという惨めな事さえあった。


 モンスターを倒した時に現れるという生気を吸えば体を強化できると聞いて以前も何度か挑戦したが、その時はモンスターを倒そうとダンジョンにもぐっても、体力の無さから競争相手に勝てずジェリウムすら倒せなかった。


 ギルドに加入でき、見習い魔法使いというジョブを得られてようやくそれがかなうかと思えば、ジョージの手によって使い勝手が劇的に改善された《アナライズ》のスキルを受けてみれば、吸った生気はほとんど全て脳みその方の強化に使われているとわかってしまった。


 期待はずれもいいところだ。


 思うように行かないものだ。モンドはそう思うたび、がっくりと肩を落として嘆息する。


 それでもすぐに顔をあげ、どこかからかジョージが借りてきたという様々な書籍や、ジョージがみずから作ったという資料を読んで今の自分にも使えそう魔法を新たに探す。


 体力に差をつけられる一方で、自分の体力が成長する望みがほとんど無いとわかってしまっても、それに腐って立ち止まってしまうと本当に家族たちから置いていかれてしまうから。


 自分にできる事が、今はこれしかないとわかっているから。


 少年は座ったまま、本に目を落としたまま、前を向くのだ。

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