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021-それぞれの屈託 -3-

 スドウドゥ・テティラガとトゥトゥルノ・テティラガは兄弟である。


 兄スドウドゥが十七歳。弟トゥトゥルノは十一歳。共に劣悪な環境で育ったにも関わらず肉体的には健康優良児であり、特にトゥトゥルノは同年代と比べても小柄な体格であるが膂力が強く、持久力も高い。


 それは彼らが八分の一ほど獣人の血を継いでいるからである。


 獣人とは獣の特徴を残したまま人間になった種族の総称である。


 ディープギア、そしてレドルゴーグがあるこの大陸にはあまりいないが、住人が獣人だけで九割以上を占める大陸が存在し、兄弟の先祖は百年ほど前にこちらの大陸に移住してきた変わり者の一人であった。


 異種族間では子供ができにくいが、一度混ざり始めると確立は世代ごとに倍、倍と増え、最終的には濃い方の種族の血に吸収されるようにほとんど形を消し、その母体となる種族の一般的な出産率と変わらなくなる。


 八分の一ともなれば普通は周りの人間とほとんど見た目の違いもなくなってしまうほど薄くなるものだが、彼らはいわゆる先祖がえりだった。それも兄弟が揃って先祖がえりする事はとても珍しいのだが、それゆえに彼らは父親から捨てられた。


 彼らの母は、彼らの倍の濃さで獣人の血を継いでいたため、やはり体力的にはタフであったが、いかんせん頭脳が少し、弱かった。これは種族的な特性ではなく、個人の資質である。


 力が強くタフで働き者だが要領が悪く複雑な手順を踏むような仕事であると飲み込みが悪く他の従業員であればしないような初歩的な失敗を長く繰り返した。


 この荷物をあちらからこちらへ運ぶだけ、などの単純作業であれば人の倍働いたが、彼女でなければできない仕事というものが生じなかったためいつまでも稼ぎが悪かった。


 それでも人一倍食べる子供を二人、そして自らも食べられるだけの稼ぎを確保しなければならない。


 餓死は存在しなくとも、成長期に食事を欠くと病弱になり易くなる。それ以前に、我が子を痩せさせるなど母として論外であった。


 結果、母は勤め先を増やし、兄弟は二人きりでいる時間が増えた。体の丈夫さゆえに母は体力的には保ったものの、働き詰め、心休まる暇を作れず、やがて精神を病んだ。


 食事を摂っているのに、痩せていく人の姿を、兄弟はゆっくり見ていた。


 そんな母から離れると決めたのはスドウドゥだった。トゥトゥルノも口数多くはなかったが賛成した。


 兄弟を一緒くたにし顔の区別すらつかなくなるほど心を衰弱させながらも、まだ働こうとする母への癒しを水の神殿の慈悲にすがり、自分達はスラム街で細々と物乞いをする事に決めたのだ。


 弟トゥトゥルノがまだ五歳、兄スドウドゥも若干十一歳、現在のトゥトゥルノと同じ歳に下した大きな決断だった。


 子供の考えであったから、全てが正しい選択とはいかなかった。兄弟も母と共に神殿に身を寄せていてもよかったのだ。共に獣人の先祖がえりとして素手での戦闘には適正があるのだから、今頃は良いモンクになっていたかもしれない。


 だが子供なりに考え抜いた結果、母が精神を病んだ原因は自分達であると思いつめたスドウドゥは、母がよくなるには自分達が離れた方がいいと思った。それゆえの別れであり、トゥトゥルノも母との別れを惜しみはしたが、兄と同じ結論に至り、兄と共に歩む事を選んだ。


 そうして母と別れ、西区スラムで物乞いをするようになり始めたが、兄弟の境遇が良くなる事などはなかった。子供二人だけで生活しなければならない厳しさだけでなく、ここでもまた、獣人の特徴があるというだけの理由で物乞いの集団の中から排除されたのだ。


 力が強かったために、殴られ、蹴られなどの暴力をじかに食らう事は少なかったが、物乞いの子供達の横のつながりというものは意外に強いもので、いつどこで炊き出しが行われるか、どんな容貌の人物が多く施しをくれるか、などの情報は全く回ってこない。


 鼻が利き、耳が良い二人が自力で炊き出しの場所にたどり着いた時には、既に炊き出しは終わって鍋の底をこするようにして器によそわれた泥のようなスープをすするしかない時がほとんどだった。


 そんな折に、ヒュールゲンと出会ったのだ。


 ヒュールゲンだけが、いや、ヒュールゲンの元に集った彼らだけが兄弟を獣人の血が流れているからと理不尽に当たる事をしなかった。


 兄弟はヒュールゲンに救われたのだ。


 たった二人が、一気に八人に増え、十二人に増え、十三人に増え。ヒュールゲンが強盗団をやりはじめる、などと言い出した時も兄弟は異を唱える事などしなかったし、スドウドゥは自分だけの力で守れなかった弟を共に守ってくれたヒュールゲンたちに多大な恩義を感じていた。だから、何があってもヒュールゲンの味方をしようと心に決めていたのだ。


 結果としてスドウドゥもトゥトゥルノも、団長であるヒュールゲンと共に奴隷へと身を堕とした。心に決めた事は守られたわけである。



 現在のスドウドゥは自分が最も伸び悩んでいると感じていた。


 常に弟より上でなければならず、ヒュールゲンとは肩を並べていなければならないという気負いがある。


 であるのにもかかわらず、スドウドゥは就いたジョブから得られる標準のスキルしか得られておらず、肉体の成長も仲間と比べると普通、得たスキルの成長もヒュールゲンと比べるとどうしても見劣りしてしまう。


 実際のところ、彼自身の成長速度はギルド加入から一ヶ月未満の平均的な潜窟者と比べると早い方になる。ヒュールゲンしかり、トゥトゥルノしかり、比較対象が異常であるだけなのだ。


 スドウドゥが今感じている焦燥感は、精神の成長に伴ってだいたいの若者が感じる理由なき嫉妬や羨望、苛立ちである。


 簡単に言えば、反抗期、というやつだ。


 今まで反抗期が出なかったのは厳しい境遇からそんな鬱屈した内面を表に出せるほどの余裕がなかったためであり、それが出始めたと言うことは、それを出せるだけの環境に来られたのだと感じ始めている証拠であるのだが、当然、本人にそのような認識はない。


 奴隷としてディアルに連れて来られ、一般的にはスラム時代よりもさらに不遇の環境におかれてもおかしくない状況で、逆に安心して反抗期を迎えられるというのも皮肉な話ではあるが、これがまぎれもない、今のスドウドゥの真実だった。



 反抗期を迎え焦る兄に対し、弟トゥトゥルノは実にマイペースだった。


 トゥトゥルノは五歳ごろまではほとんど兄と母としか会話した事がなく、その後も迫害ばかり受けてきて、後の強盗団の中核となった特定のメンバーとしか親しい交流がなかったため、じつは言葉がつたない。


 知恵遅れというわけでもないのだが、母の要領の悪い部分を濃く受け継いだのはトゥトゥルノの方だった。


 代わりに、トゥトゥルノはただ一つの動作を延々を行う事を苦と思わずに打ち込める性格になった。


 投てきの訓練などには顕著にそれが現れていて、延々と同じ動作を繰り返させられるだけの訓練だが、トゥトゥルノはただ歯車仕掛けの機械のように同じ行動を繰り返すのではなく、細かな動作の一つ一つに改善点を探し、効率化を図るという鍛錬を着実に繰り返していた。


 そこは要領の悪さから、短時間で劇的に上手く、とはいかなかったものの、積み重ねられた一つ一つの動作は、脆い石英を粉末状の細かな磨ぎ粉をまぶした絹で少しずつ少しずつ地道に磨き上げ、珠とするような、そんな繊細な作業に匹敵した。


 結果として得られたのが《スローイングマスタリー》スキルの習得である。


 これはカーラが述べたスキル習得方法の四つ目の方法にあたる。本来ならば奴隷の荷物もちというジョブに付属するスキルではないし、一ヶ月やそこらで会得できるものでもないのだ。


 要領が悪く、何をやっても飲み込みが遅い。代わりに努力を努力と捉えられないほど自然に行える、トゥトゥルノは間違いなく努力の天才だった。


 そんなトゥトゥルノにも当然だが悩みがある。それは、自分がディアル潜窟組合の中で最も役に立っていない存在なのではないか、という考えだ。


 年齢が低く小柄で力が弱い。体力も女子たちよりは高いが男の中では最も貧弱で長期戦ができない。いくら荷物もちとはいえ接近戦に参加させてもらえないのもそのせいで、ならばと代わりに投てきの訓練に力を入れているが、自分は力不足であるという考えは拭いきれない。



 奇しくも、兄弟は似たり寄ったりの屈託を抱えている。だがそれぞれ違った捉え方をし、そして成長していくのだろう。

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