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021-それぞれの屈託 -2-

 かつてのロックの悩みは何もできない事だった。


 記憶にない、血のつながった父から受け継いだというやたらよく切れる剣は完全に宝の持ち腐れ。


 毎日一人でディープギア浅層部の五階から十階までをうろついてモンスターを倒し小遣いを稼ぐだけ。《ソードマスタリー》のスキルばかり成長していくが、その成長も微々たるもので、いつまでたっても怖気づかずにモンスターを倒す事はできなかった。


 昔、ギルドカードのカラーランクがレッドに至っていたかつてのギルドメンバーが、酔った勢いで愛用の斧だけ手にもってダンジョンに突入し、運悪くゴブリンラッシュに遭遇し大怪我を負い、引退を余儀なくされた事があった。その光景を間近で見ていた経験が、ロックに恐怖を植えつけていたのだ。


 モンスターが人を殺すのではない、油断が人を殺すのだ、という育ての父の言葉は今でも印象に強く残っている。


 そしてその後、ディアル潜窟組合が大きく衰退する事件が起きた。


 ディアルはレドルゴーグにて三番目に古い歴史を持ち、ディープギアが入り口が四つも必要になるほどの巨大な一つのダンジョンであると判明する前から結成されていた。掲げる方針の単純明快さから、ロックの主観だけでなく第三者の目から見ても一時は最も栄えたギルドであったといえる。


 そんなディアル潜窟組合がたった半年の間に半数まで減り、複数のギルドホールを維持できなくなった。そして、当時のギルドマスターであり、リーナとロックの育ての親、ランナとは血の繋がった親子であったゼッツァー・ディアルの死が、ディアルの現状つながるトドメを刺した。


 当時のロックはまだ幼く、親の、仲間たちの危機に何もできなかった。自らの無力さを悔い、なんとかして力をつけようとあがく一方で、別の過去の経験から過剰な恐怖心に打ち克てずにダンジョンの入り口でまごついていた。


 そこになんの前触れもなく現れたのがジョージ・ワシントンという男である。


 ジョージに強引に引き連れられ、はっと気づけば半ばトラウマになっていたゴブリンラッシュを知らぬ間に乗り切った。


 あの時の出来事を映像として鮮明に思い出せばこそ恐怖を感じるが、最中はただ目の前の敵を捌く事が精一杯で恐怖を感じる暇もなかった。はじめから、これでよかったのだ、と気付いたのは最近の事である。


 気付けた事で恐怖が体にまとわりついて動けなくなる事はなくなった。


 体が動くようになって戦いの場を広く見渡せるようになった。


 見渡せると自分が入り込むタイミングもよくわかる。


 ジョージと、そしてアラシと協力する事でほんの数ヶ月前の自分では考えられないほど強力なモンスターを相手にできるようになり、そうして自分の成長を実感した。


 今でもモンスターとの戦いは怖い。どれだけモンスターを斃し、生気を吸ってカードのカラーランクを上げ身体を強化しても、ケガをするときはケガをするし、死ぬ時はきっとあっさりと死んでしまうのだろう。


 だが手に負えないわけではない。何もできないわけではない。



 現在のロックの悩みは、できるようになった事が色々とありすぎる事だ。


 かつてとは真逆に思えるが、じつはそうでもない。


 ロックが目指すところはジョージのようなオールラウンダーだ。


 現在のロックは《アナライズ》された時にも言われた事だが、ただの器用貧乏になりつつある。


 大器晩成といえば聞こえはいいが、つまるところ今のその器は未熟なのである。


 広い範囲で役に立ててはいるが、きっと手に負えない強敵と出会ってしまった時には一瞬でただの足手まといになる。


 その辺りは全員の訓練内容をマネージメントしているジョージもしっかりと認識していたようで、ロックには新たに一つ宿題が出された。


 今までは手に集めて固めていた魔力に、火や風の性質を持たせる事。一般には魔法の属性化とか、属性魔法化と呼ばれる技術だが、ジョージはあくまで性質を持たせる、という言葉を使った。


 この微妙な違いが最近のロックには理解できるようになってきていた。


 はじめ剣士のアクティブスキルである《オーラスラッシュ》の説明をした時も、ジョージは斬撃を強化するスキルなのか、強力な斬撃を繰り出すスキルなのかを確かめた。この二つはほとんど同じ事であるので、ロックはその時どちらとして説明したのかを憶えていない。


 だが今ならはっきりと断言できる。《オーラスラッシュ》は斬撃を強化するスキルだ。さらに正確にいうなれば、剣の“切る性質”を強化するものである。


 今まで当たり前に使って来たスキルというものの性質について、些細なところに疑問を感じ、それを突き詰めて考えようとする心持ち。


 肉体的にも、技術的にも、思考的にも自分の成長を感じ、そしてさらに成長する余地がいくらでも残っている。


 まだ強くなれる自分がいる。


 ロックはそれがとても、嬉しかった。




 アラシはジョージと出会うまで悩みを抱いた事など一度も無かった。


 自分は本当に父親から必要とされているのか、という漠然とした不安はあったものの、それはつい最近まで自覚できるものではなかった。


 正式な嫡子とは認められていないが、現状で男子は自分一人だけ。ほかの名家と呼ばれる家々の中には女子が家長を勤めるところもあるが、イエート家は代々男子のみが当主を継げるという伝統である。


 ドミニク・イエートは全ての妻を等しく側室扱いし、それはアラシの母親も同じ事であるのだが、他の妻たちももう二度と子供は産まないと決めているらしく、ドミニクが新たな妻を迎え、その妻が男子を産まない限りは実質的な跡取り息子の座は揺るがない。


 さらにアラシの母方の祖父はかつての栄華を誇ったディアル潜窟組合を貶めるだけの策略を実行できるほど大きな力を持ったギルド、オーダーギアーズのギルドマスターを勤めている。父の権力、祖父の権力、二つ合わせれば七光りどころではなく、手に入らない物など存在しなかった。


 あの、瞬間までは。


 レドルゴーグメイジギルドにちょっとした用事があり、入ろうとしてロックの姿を見つけたのは本当に偶然だった。


 祖父ストラゴス・ロッセの影響でディアルに関わる全てに対して漠然と悪い印象を抱かされていたアラシは以前から少しみかけるたびにロックへちょっかいを出していた。


 ロック自身には何の落ち度もないため罪を着せて貶めるようなまねはしてこなかったが、チャンスさえあればそれも可能だろうと軽い気持ちで考えるほどだった。


 その時も手元の本に夢中だったロックへわざとぶつかっていった。まんまと口実を作り、相手を罵倒していたが、いつのまにか激昂させられていたのはアラシの方だった。


 全てロックと一緒にいたジョージという男のせい。あの時は自分以上に挑発の上手い奴がいるのかと思ったほどだったが、後から考えれば全て事実であり、それを再認識した時のアラシはベッドの上でうずくまり枕に顔をうずめてじたばたともがくという、乙女のような行動をとっていた。


 イエート家の執事長バルハバルトから真実をつげられ半ば裏切られたようなタイミングで動揺させられ、ストラゴスから借り受けていたオーダーギアーズの手馴れ(てだれ)四名ごと返り討ちにあったアラシは家に帰ってからすぐに父親に対し自らの無実を主張した。


 ところが父ドミニクはアラシよりもバルハバルトの証言の信用し、アラシに謹慎を命じた。


 この時、ようやくアラシは漠然と内に抱えていた「本当に父に~」という不安を自覚する。


 そこからのアラシの心境は暗澹たるものだった。


 何もする気が起きず、誰とも会話したくなくなり、ただ自分の中の不安についてだけ考える。心が苦しくなって、体まで痛んでくるような錯覚さえあった、あったのだが、深夜になって小腹がすいて、部屋の前においてあった夜食を全て平らげるのだから深さが知れている。


 真に気を病んだ者というのは、その食事すらのどを通らなくなるものだから、アラシが感じていた痛みはやはり全て錯覚、思い込みである。


 そしてその錯覚も長続きはしなかった。



 部屋に閉じこもり始めてから一日経った時、ドアのすぐ外で騒々しく、聞き馴染みのない声がしきりに自分を遊びに誘っている。


 はじめは悩み詰めすぎて頭がおかしくなったのか、とまで思ったが、その声は確かに聞こえるし、ドアの外の気配を探ればどうもその声の一人分だけではない。


 気配の数を読み違えたアラシはドアを開けて二、三発殴ってやればおとなしく帰るだろうと思った。いくら悩んでも一日やそこらでは人の考え方というものは変わらないらしい。


 うっかりドアを開いてみて、あとは先に語られたとおりである。


 アラシはジョブに適した武器を用いていなかったとはいえそれは相手も同じ事。カラーランクで遥かに優っていたはずのロックに大敗を喫した。


 結局のところ、アラシはお金持ちの坊ちゃんでしかなく、父と祖父の力を我が物と勘違いしたボンボンでしかなかったのだ。舌先三寸で騙され、乗せられてあれほど嫌っていたディアルに入れられ、経験したのは自分が今までどれだけ甘やかされていたのかという事だった。


 何度も挑み、何度も片手間にあしらわれ、何度も何度も地面を舐めた。ロックを相手にした時と違い、自分の得意な武器を使っているというのに、自分より遥かにカラーランクで劣るジョージに手も足も出せなかった。


 悔しかったし、反感も覚えたが、今までアラシ自身ですら漠然と心の片隅に抱えていただけで、頭では理解していなかった悩みをあっさりと看破されれば畏敬の念も抱くというもの。


 やる気が出るようになってディアルに通い詰めてみれば、オーダーギアーズに仮所属していた頃に吸っていた生気のおかげで肉体的には別段、辛いトレーニングを強要されたわけではないのだが、精神的にはかなりのストレスを強いられ、しかしそれに見合うだけの手ごたえを感じる事ができた。


 そして、うっかり少しディープギアにもぐっている時間が長くなった事で、バルハバルトが編隊を組んで自分を探しにダンジョンへ入ろうとしていたという事件がおきた。


 はたから見れば事件というほどの事では決して無い。だがアラシはこの時にディアルに所属して正解であったのだと確信した。


 欲を言えば父ドミニクが自ら来ていてくれた方がよかったかもしれない。だが、あくまで父親に仕えているのだと言い切ったバルハバルトが、父の名代として自分を探そうとしてくれていた事は、父が直接動こうとした事に等しい。


 アラシにとっては、自分は父親に認められているのだ。そう気づかされた事件だったのだ。

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