002-巨大迷宮ディープギア -4-
帰り際にも何体かのゴブリンを返り討ちにし、剣が一本だけ増えた戦利品をもち二人は小さな凱旋を行った。だがすぐに祝杯をあげるわけにもゆかず、まずは戦利品の換金を行わなくてはいけない。ゴブリンの武器は小さすぎて人間だと子供くらいしかまともに使える者がいないのだ。仮に使えたとしても、既により良い武器を持っている二人にとってはまったく無用の品だ。
「ゴブリンダガーは鋳潰して一度インゴットに戻したあと他の武器の素材に使う。あまりいい鉄じゃあないんだが、どっか大手の鍛冶ギルドとか、錬金ギルドじゃあ更なる精錬の素材に使うとかですこしばかり良い値段で買い取ってもらえるそうだ」
戦利品を持ち込んだのは鍛冶屋オールドスミスだった。ディアル潜窟組合に所属二人としては、キョーリの言う大手鍛冶ギルドに持ち込むよりもまずこちらに持ってくるのが筋だった。
「ゴブ・バックラーも似たようなもんだな。木を囲っとるたがは外して樽かなんかを作るときに流用する。材木の部分はよっぽど良けりゃぁ剣の柄に使うが、ほとんどは薪だ」
戦利品の剣、ゴブリンダガーの方はひとまず放っておかれ、おなじく戦利品の盾、ゴブ・バックラーは二人の目の前で手際よく分解されていく。
「つーても、樽を作るのはワシの専門じゃあないから、ウチじゃたがの方も程度在庫がたまったら予備分だけ残してダガーと同じように鋳潰してしまう」
キョーリのいうたがとは、樽や桶などで木枠を外側から締め付け留めておく金具の部分の名称である。ゴブ・バックラーと桶の違いは、材木部分を締める方向が垂直か水平かの違いしかなかったようだ。分解された材木は一枚板ではなく、何かの端材を適当に並べてたがではめただけの構造だった。
「これじゃ装備代には届きそうにないなぁ。しばらくはロックの取り分も考えないといけないし」
残念そうにぼやくジョージにロックが驚く。
「とんでもない! 今日はオイラの取り分なんか要らないよ。その、なんか今日は色々と教えてもらったし」
「お? そうか? じゃあキョーリさん、全部装備代の足しにしてくれるか?」
なんの遠慮もなく、ジョージはあっさりとロックの好意を受け取り、そのままキョーリに渡してしまう。
「わかった。しかしおンしら、たった半日で何があったんだ?」
今朝方ジョージを迎えに来たロックにはまだ横柄な態度が残っていたが、ディープギアから帰ってきたとたんにすっかり立場が逆転してしまっている。ジョージの方は元々横柄さがないので完全な逆転ではないが。いずれにしても道中で起きた事を知らないキョーリには不思議で仕方が無い。
「それがさ、今日たまたまゴブリンラッシュがあって、ジョージがゴブリンリーダーを倒したんだ。キョー爺さんの剣で、ズバッとさ! すげかったんだから!」
「俺一人じゃない。そこに居た潜窟者の剣士とも協力した」
おおげさに褒めるロックにジョージは照れ笑いを浮かべながら謙遜した。キョーリは真面目に感心する。
「ほう! ただものじゃあないとはおもとったが潜窟初日でもうそんな事をやらかしたか。そうだ、ギルドカードの方はどうなっとる?」
そういえば、とジョージはポーチからギルドカードを取り出した。紫を通り越して青紫色になっていた。
「おお……なるほどな。リーダーは通常のモンスターの五倍の強さを持っているという。そこに更に強力な装備が加わると、五倍どころでは収まらないと聞いた事があるぞ」
リーダーを倒したのは二人がかりだったが、そこに至るまでに倒したゴブリンの数も加えて考えれば、カードが一段飛ばしにグレードアップしても何も不思議はないのだろう。
「ちなみに、ゴブリンダガーは二本でやっとインゴット一個分だ。たがは十個で一個分。インゴット一つだと並の片手剣が一本、大型の両手剣や片手武器でも素材を多めに使う鈍器類は作れん。その機工剣、おンしは機工刀と呼んどるが、そいつの素材としてはあともう半分欲しいところだが、どうせ遊びで作ったもんだし、それの代金は今回のでチャラでいい」
「おおっ、それはなんか申し訳ないが、ありがたい」
座ったままだが、ジョージが腰を折って頭を下げた。たっぷり数秒頭をさげたあと、真っ黒なロングマントを払って装備をさらした。
「じゃああとはこの胸当てと脛当ての分か」
昨日までになかった装備だ。胸当てはほぼ皮製で、左胸を覆う部分だけ金属のプレートで補強されている。脛当ては完全に皮製だったが、硬化処理がほどこされた皮で紺色に染色してあった。皮製というよりも革製、いわゆるハードレザーの品である。
「そうだな。脛当ての方は昨日ボトムをじっくり見せてもらったからそれでいい。胸当ての分だけそのうちもってこい。まあその分だとすぐだろうがなあ」
キョーリが茶を飲みながらカッカと笑う。
「重ね重ね、ありがたい」
ジョージがまた頭を下げ、キョーリがますます笑った。ロックはなぜジョージがここまで下手にでるのか理解できなかったが、少しだけ、頭を下げる姿もかっこいいな、などと思っていた。
「しかしうれしい誤算だのう」
ようやく頭を上げたジョージにキョーリが言う。
「何が?」
「昨日ランナがおンしをつれてきた時は精々荷物運びに使えればいいと思っていたが、その様子だとディープギア内での素材調達を頼んだほうがよさそうだ」
「あっ、なんだそんな事か。どこに何を運べばいい? それともどっかから何かを持ってくる?」
ジョージががたがたとあわただしく立ち上がる。
「いやいや、初陣で疲れとるだろ。そんなもんは明日でいい」
「大丈夫だ、問題ない」
なぜか得意げな顔をするジョージが押し切った。
「そこまで言うなら……」
結局キョーリはお使いを頼んだ。レドルゴーグ郊外にある炭焼きの所へ何かの金具を渡し、帰りに炭を受け取ってくるという、本当にお使い程度の仕事だ。
「あっ、ジョージ、オイラも手伝うよ!」
てきぱきと準備を整え出て行ったジョージをロックが慌てて追いかけた。
「んーむ、よくわからん奴だなあ……」
熟練の職人、キョーリでさえも、ジョージの人間性を量りかねていた。
「ジョージってさ」
「うん?」
追いついたロックがジョージに尋ねる。立ち止まりも振り返りもしなかったが、耳だけはロックの方に傾けた。
「ひょっとしてキョー爺さんの剣が無くても強いんじゃないか?」
これは今までのジョージの立ち振る舞いを見ての、ロックの単なる勘だった。少し体術をかじった人間ならそんな事はすぐにわかるものなのだが、ロックはあいにくと完全な素人から我流で剣士の見習いをとっており、そのような観察眼も知識もない。それでも勘だけでそう思えたという事は、やはりロックには見所があるのかもしれない、などと思いながらジョージはなんの臆面も無く簡単にうなずいた。
「まあ、そこそこは。ラッシュの時に相手をしたリーダーはさすがにどうかわからんが、普通のゴブリンなら素手で十分だっただろうな。でもまあ、武器があった方が確実であるには違いない」
そういうジョージの顔にはやはりなんの気負いも気張りもなく、嘘や虚勢を張っている様子もない。何か底知れないモノを感じてしまいロックが首の後ろ辺りに薄ら寒いものを感じ生唾を飲み込む。ジョージはそこまで細かな動きまで察知したわけではないが、急に静かになったロックを不思議に思い「ん?」と顔を向けた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない。稽古の事わすれないでくれよな」
ロックが底知れないモノに感じた恐怖は、振り向いたジョージのむさ苦しいヒゲヅラの中の人畜無害な表情で霧散した。むしろジョージが味方であるという実感が急にふつふつと湧いてきて、その底知れない何かを少しでも自分の物にできる可能性があるなら、と考えると、恐怖はあっというまに興奮に変わった。
「おう。つっても、さっきも言ったとおり得物が違うから教えられるのは立ち回りくらいだ。せっかくいい剣を使ってるんだから武器を変えるなんて言い出すなよ?」
「えっ?」
言葉を詰まらせたロックに、まさか軽口が的を射たか? と思ったが、どうやら違う。
「この剣、やっぱりいい剣なのか?」
「なんだそっちか。キョーリさんには見てもらったんだろ?」
苦笑しながら尋ねるとロックは首を横に振る。
「いや、姉ちゃん、リーナがこの剣は人に見せちゃいけないって。見せていいのはランナ姉さんくらいだ、って言ってたから」
どうやら相当に大事な物であるらしい。
「そうか。じゃあ言うとおりにしとけ。人間同士を繋げる不可視の力を縁というが、これは人間と器物との間にも生じるものだ。おまえとその剣が出会って今共にあるという事は縁があったという事。今後も共にあるならば、共にあるだけの意味も生じるだろう。その意味と対面した時に、その剣の重さを確かめればいい」
ジョージが歩みを止めもせず急に哲学的な事を言い始めた。ロックはジョージが言っている意味の半分もわからずきょとんとしたまま、ただついていくしかない。
「ジョージはお坊さんみたいな事を言うんだな」
「坊さん? なんだ、ロックにはまだ難しいか。それとも、考え方そのものがこっちにはないのかな」
フフフと気取った笑い方をするジョージの横顔が、ロックにはなんとなく、寂しそうに見えた。
それにしても説教くさい主人公だ
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