020-ジョブ アンド スキル おさらい! -3-
鍛練場の真ん中、試合を行うために丸く線で囲われたスペースの東西に分かれて対戦者が向かい合う。
東には黒髪黒目のアジア顔にもかかわらず某国初代大統領の名をそのまま借りたジョージ・ワシントン。
西には水の神からの託宣を得てここへ来たという僧侶の少女カーラ・マーリア。
身長差はおよそ頭二つ分。
自分より小さな少女を相手にジョージはやりづらそうな顔をしているが、模擬用の木剣とはいえ相手が武器を持っている以上は気を抜いてはいけない。
「では、どなたか合図をお願いします」
「じゃあオイラが。はじめ!」
二人の間に立って腕を振り下ろし合図をすると同時に円の外へ出る。
まず仕掛けたのはカーラ。
独特な足運びで間合いをつめ、まっすぐにジョージの喉元めがけて剣を突き出す。
するとジョージは真正面からぶつかりあいに行くように自分からも間合いをつめる。
てっきり弾くか避けると思っていたカーラは驚いてつい突き出した剣を引き戻してしまう。大きなロスだ。
「ふむ。サマにゃなっとるがやっぱりグラップルマスタリーに剣の扱いは適用外って事かね」
カーラが剣を引くところまで読んでいたジョージは、引かれていく木剣の先端にあわせるようにどんどん顔を寄せていく。
「ジョージさん! スキルの実演なのですから手加減してください!」
「えっ?」
「えっ?」
ジョージとしてはだいぶ手加減した上でのこの有様である。なにせジョージは木剣をまともに構えてすらいない。
「ああ。うん。わかった、でも今ので木剣でもグラップルマスタリーには適用されないってのはわかっただろう。次は適用される戦いだな」
若いとはいえ神託を受けるくらいの僧侶なのだからそれなりの実力はあるのだろうと、少し買いかぶっていたらしい。一合も当てていないが今の立会いでだいたいの実力がわかったジョージは改めて木剣を構え直す。右手一本でもって半身に。幅広の木剣であるが、構えとしてはフェンシングに近い。
「では、こちらも」
そういうとカーラも剣を捨てて袖からトンファーを抜いた。演習用の武器ではないだろうが、もともと刃のないため過って大怪我を負わせる危険性は低い。
「じゃ、また合図するッスね。はじめ!」
先ほどとまったく同じ手順を踏んでロックが合図を出すと、また先に動いたのはカーラの方からだった。
先ほどとまったく同じ独特な歩法でまっすぐに突っ込むと、くるりと回して間合いを補った右トンファーを突き出す。
向かって左から来たトンファーをジョージは右に躱し、カーラの右手を、左手で振り払うように掴みに行き――掴んだ。
掴んだ右手を思い切り引き込んでバランスを崩させる。体格差、体重差は徒手空拳において残酷なほどのハンデであり、アドバンテージだ。
これに負けじとカーラは左手のトンファーを前面に出して前腕部ごと叩き付けた。
反射的にした体当たりの力をすべてそこに注ぎ込んだのだ。
結果的に引き込んだジョージの力まで利用した形になる。
「っとぉ!」
ジョージが焦る。予想外に突っ込んできた相手に驚くとは、先ほどとはまさに真逆の図だ。
「ぐっ!」
しかしここでも、体格差が残酷な結果を出した。
いかにスキルによって格闘技術が高められようとも、体重は軽いままであるカーラの懇親の一撃をジョージはあばらで受け切ったのだ。
掴んだままの右腕を高く引っぱり上げ、剣の腹で足を払うと同時に持ち上げていたカーラの右腕を振り落として身体ごと地面に叩き付ける――寸前で止めた。
「むぐぐ。なるほど、スキルの効果範囲は、大体把握した」
再び腕を引っ張り上げて立たせる。
そして自分の服をめくりあげてトンファーの一撃を受けた部分を確かめると、ちょうど受けた棒の形になって真っ赤に腫れ上がっている。骨までは折れていないようだが、放っておけば確実に痣になるだろう。
「わっ! わっ! 《癒しの光》!」
見るからに痛そうなそれに慌てて手当てがされる。するとさすがは神の奇跡の一端か、光を当てられた腫れが見る見るうちに引いていく。
「ふむ。もう一つ聞きたい事ができたが、今はいいや。ちょっとだけ俺が講師役を代わろうか」
手当てを受け、あばらの腫れが完全に引くのを待ってからこんどはジョージがホワイトボードの前に立った。なんとなくそういう流れになったので、カーラがジョージの座っていたところにちょこんと正座する。
「結局両方とも俺が勝ったような図になったが、見てもらったとおり、パッシブスキルは有るのと無いのとではどこに違いが出るのかもわかっただろう。ソードマスタリーのパッシブスキルを持っていないカーラは、剣については素人目に見てもおぼつかない取り扱いだったと思う。しかし、グラップルマスタリーの力が全く働いていなかったわけではないようだ」
「え? そうなんスか?」
「そうは、見えなかったが」
異論を唱えたのは剣士組みの二人だ。本職である分、彼らの目に木剣を扱うカーラはお粗末にしか写らなかった。
「よく思い出せ。俺はカーラが突き出した木剣に合わせて自分の首を差し出すように動いた。模擬であってあくまで俺を傷つけるつもりなどなかったカーラは、驚いて慌てて剣を引いた。そうだな?」
「はい」
その時の行動を理由まで細かく解説していくジョージ。本人に確認をとれば当然うなずく。
「完全な素人が慌てて剣を引く事などできん。これはおそらくだが、グラップルマスタリーが剣の扱いに適用されなかった事は確かだが、体を動かす技術には有る程度寄与している事の表れだと考えられる。
つまり、剣技にも格闘技とある程度通じるものがある、という事であると同時に、その共通部分にはスキルが適用されるという証明だ」
実際に体を使って動けばよくわかる。近接戦闘においての足運びは扱う武器の間合いが変われば当然変わるものだが、少し距離が遠のいたり近づいたりする事でそれまでの技術が全く通用しなくなるわけではない。
たとえば熟達した剣士が剣を失ったからといって、急に足運びも下手になって敵からの攻撃をまったく避けられなくなってしまうのかといえば、そんな事は無いだろう。
「お、おう」
「そう……考えられない事もないッス」
二人はまだピンときていない様子だが、時間をかけて理解すれば納得するだろう。
「次にグラップルマスタリーが適用される格闘戦。これも戦いは短かったが剣を使って戦った時よりもカーラの動きが格段によくなっていたのはわかっただろう。
ここで、はい、雁澤さん」
「えっ、はい」
「格闘技については素人だと思う雁澤さん。カーラの動きのどんな所が変わったと思う? なるべく具体的に答えてみたまえ」
名指しして質問するあたり、ジョージは実に教師だ。
「え、具体的……えっと」
当然、戸惑う千紗だったが、聡い子供である彼女はここからでも観察眼を身につけておいた方が後々有利になるだろうというのがジョージの意図だと深読みした。実際にはそこまで深い意図はない。
「単純に、突き? をするときの腕の動きが速かったと思います。あと、トンファーをまわした時の動きも見えませんでした。腕にそっていたのが、急に反対側に伸びたみたいで」
「ふむふむ。他には?」
「他……えっと、わかりません」
「うむ。まあ初回としてはかろうじて及第点…かな? 大事なのは俺に体当たりで一撃を食らわせた事と、そのほかの動きに関してはほとんど変化がなかった、という二点だ」
そう、変わらなかったのだ。つまりカーラは木剣を得意の格闘技の延長として使おうとした。それでもスキルは適用されなかった。これはおそらく、カーラが木剣を剣として認識してしまっているからだろう。どう自分をだましても、剣を模した形の木の杖、或いはトンファーだとは思えなかったのだ。
「拳、あるいは剣を突き出した際の腕以外の体の動き、たとえば腰の落とし方、つまり重心の位置なんかはほぼ同一だった。だから、剣を使っている際にも、手の先にあった武器にはグラップルマスタリーが届かなかったがそれ以外の全体にはスキルの効果が及んでいた、と考えられるわけだ」
ここでようやく、剣士である弟子二人も納得できたようだった。なるほど、言われてみれば確かにそうだった、というよう様子である。
「そしてさらに、武器にスキルが適用された上での効果範囲についてだが、パッシブスキルに関しては単純に技術面にしか効果が現れない。その根拠が、さっき俺がカーラのトンファーを通した懇親の体当たりをココだけで受けきれたという事だ」
ジョージは先ほど真っ赤に腫れていた部分を服の上からトントンと叩く。
「マスタリー系のパッシブスキルは、体捌きや武器捌きから来る、当て易さ、避け易さ、には大きく寄与するが、破壊力にまではさほど影響を及ぼさない。
カーラはグラップルマスタリースキルをかなり使いこなしているとは思うが、体重とか腕力の限界を超えた威力は出せなかった。だってあの時、カーラはあの一撃に手加減をできていなかった。そうだろ?」
「っ! はい」
事実だった。カーラにはもともと怪我をさせるつもりなどなかった。
先ほど見たジョージのカラーランクはビリジアンがやや明るくなった程度。対するカーラは黄色がかったグリーン。カラーランクでは大差はないが格上ではあったため、ジョージの戦闘技術に関しては大したことはないだろうと自然に高を括っていた。
ところがいざ戦ってみてどうだ。
ソードマスタリースキルが無いとはいえ、寸止めするつもりで突き出した剣は間合いを見切られ、間合いを外され、動きを合わされ。思わず実演なのだから手加減をと要求してしまったが、あれだけの隙を見せてしまったというのに攻撃してこなかった事が手加減でないのなら一体何なのか。
気持ちを切り替え得意の格闘戦に移ってみても、やはり寸止めするつもりで放った全速の突きをあっさり躱されあまつさえ腕を掴まれ引っ張られ体幹を崩された。
ここからはパッシブスキルが半ば暴走するように少し本気を出してしまった。
身体が反射的に動き、両足を思い切り踏み出して体当りをかましつつ、トンファーの硬い部分に自分の体重と脚力、腕力を集中させてしまった。
体幹がぶれている状態からの一撃であったため肋骨を折るほどの威力を出せなかったが、普通ならば痛みで多少は拘束が緩む。その隙に十分に間合いを取り直して《水の飛礫》でけん制を行いながらどこか急所に一撃を、というところまでビジョンを組み立てたというのに、全く何もできないまま気づけば視点が地面の間近にあった。
そうして思考が真っ白になったまま、引っ張りあげられ、立たされて、我に返ったのはジョージの肋骨の上あたりにある真っ赤な腫れを見てからだ。
しかもそのあと、完全に動きを見切られていた事を証明するかのようにスキルについての解説が行われた。しかも、カーラが今まで認識していたパッシブスキルの解釈よりも、更に詳しく。
何の文句もつけられず、カーラの完敗である。
「っふは。カーラ、いうて君も実戦経験はそれほど多くないだろ? 格下か同格程度のモンスターばかり相手にそのカラーランクまで上がったんじゃないか?」
軽く落ち込みかけているカーラに気づいたジョージが優しく声をかける。
まるで見てきたかのように事実ばかり指摘されカーラの表情が驚きに染まる。
やさしいのは口調ばかりで、言っている内容はトドメを刺しに来ていた。
「プライドを持つのは良い事だが、過ぎればただの思い上がりだ。あと、この世界の人たちは全般的にカラーランクだけで彼我の強さを測って決め付けるクセがある。確かに目安にはなるが絶対のものではない。これも直した方がいいだろうな」
ジョージとしては、悪いのはお前だけじゃないから安心しろよ、というフォローのつもりだったのだが、カーラにしてみれば「思い上がるなよ若輩者」と言われたに等しかった。そのままスーンと沈んでいくのかと思いきや、ここは信仰の力が彼女を支える。
「さすがは、神託によるお導き! ジョージ様はすごい人です!」
もともと彼女の中に自らが優秀な人間であるなどという選民思想は存在しない。信仰も高慢、傲慢の危険性を指摘している。では何がショックだったのかと言えば、彼女の中に知らず知らずのうちに思い上がりが存在していた、というそれそのものがショックだったのだ。
また、ジョージが言うようにカラーランクで強さが決まるというような認識は大陸共通のものであり、その認識は大きく外れているわけではない。カーラ一人がその思い込みを責められるというのは理不尽な話である。むしろジョージのような存在の方が少数派なのだ。
「じゃあまとめだな。
ウェポン系のマスタリースキルが大きく関与するのは、あくまで武器の扱い方、技術面のみに限る。刃つきの武器などは武器は熟練する事で結果的に攻撃力アップにつながるが、破壊力そのものを増加させるような神秘の力は存在しない。
また、マスタリースキルの適用範囲は使用者の認識によって左右され、剣と認識できない物をソードマスタリースキルの持ち主が扱おうとしても上手く作用しないのは武器の扱い方までで、身体の使い方に関しては剣を使っている時と同じように動かす事ができる。
と、こんなものか」
ざっと纏められた結論に異を唱える者はいなかった。
ロックとアラシは実際に見たものに解説が加えられしっかり納得できたし、カーラははじめからこの程度の理解はしていた。千紗とモンドはそもそも異論を唱えられるほどの知識を持たず、教えられるまま学習していくだけの段階である。
「んじゃ、次は新しいスキルの習得方法について、引き続き講義をお願いできるか」
「え? あ、はい」
それについてもジョージが講義したほうがいいのでは、と思ったカーラだったが、ハッと気づく。
ジョージはその方法を知らないのだ。
今の解説と纏めの結論は、たった今行われたカーラとの手合わせ二回のうちに彼が自力で洞察し解釈した理論なのだ。
なんという看破。なんという学習能力か。
軽く戦慄しながら、カーラは再び教鞭を受け取った。




