019-世界とか異世界とか -6-
翌日、ジョージは例によって寝不足の状態でギルドホールに顔を出した。
「おはよう」
「「「おはようございます!」」」
弟子も新人も全員そろっていて、自分と同じタイミングで帰った筈のランナがいつもとまったく変わらない様子で受付の中にいるのを見て軽く理不尽をかんじる。
ところがよく見ると、そろった顔ぶれの中にひとつだけ見知らぬものを発見する。
「ええと?」
首をかしげていると、その見知らぬ女性にいきなり距離を詰められた。
「うおっ」
いくら寝不足とはいえ簡単に懐に飛び込まれ軽く慄く。しかしその女性に敵意や害意、それどころか邪気のようなものも一切なく、ジョージの懐に入り込んだ上でキラキラした目をしてジョージを見上げている。
「えっ……と、どなたかな?」
見たところの年の頃は十五、六だろうか。この世界の平均的な女性の背丈よりも頭ひとつ分ほど小さいためだいぶ幼く見える。
「あなたがジョージ・ワシントンさまですね?」
「お、おう」
「わたくしは水の神ルーカランラの塔より神託を賜りましてこちらに参りました。
カーラ・マーリアと申します」
差し出されたのは黄緑色のギルドカード。名乗られた通りの名に、年齢は十八歳。僧侶のジョブで、ギルド名の欄にはルーカランラ神殿と書かれてある。
「こ、これはどうもご丁寧に。ジョージ・ワシントンです」
ジョージも自分のギルドカードを見せ返礼しつつ、カーラの目が手元に行っている隙に、なんなのこれ? と周囲に説明を求める視線を送った。だが、どうやらこの場にいる全員がまだ詳しい事を聞かされていないらしく、皆一様に肩をすくめて顔を横に振っている。
「ありがとうございます。わたくしがルーカランラ様より賜りました神託は、ディアル潜窟組合に所属されているジョージ・ワシントンという方、つまりあなたの傍に侍り、よく観察し、助けとなりなさい、というものでした」
「え゛っ?」
「えっ?」
「ほう」
気分としては、まったく予想していなかった後方、七時の方向、入射角三十度ほどで鉄の塊が飛んできたような感覚だった。しかもそれに見事に直撃された。
「な、なぜ?」
「わかりません!」
自信満々に胸を張って答えるカーラ。けっこう、ある。
「わかりませんが、今まで彼の神々がご判断を間違われた事はございません。ここへ遣わされた事とて、わたくしの為にもなるだろうと思われての事でしょう。
そのご様子ですとジョージさまのおところへはルーカランラさまの神託はなかった様子ですので、はじめはご迷惑に思われるかもしれません。
しかし! わたくしは必ずジョージさまのお役に立ちます!」
「……あ、はい」
否と言わせぬ押しの強さ。勢いに押されたまま、寝不足の頭も相まってジョージはつい、曖昧にうなずいてしまった。この首肯は、話はわかったがもう少し考える暇をくれ、という意味での「はい」だったのだが、目の前の少女にはまったく通じなかったようだ。
「ありがとうございます! ではさっそく移籍いたしますね!」
「え!? ちょちょちょ!」
どうやら書類記入は終わっていたらしい。
流れるような手つきで胸の谷間から名刺サイズの紙を取り出すと、カウンターの中に居たランナに手渡す。
手渡されたランナもまるで熟練した職人のように涼しい顔をしながらそこに判をついた。
「一命様ごあんなーい」
なんの冗談か。そんな台詞が軽い調子で飛び出ると、カーラが出したままにしていた彼女のギルドカードにサッと光が降りる。
「おやおや、ずいぶんな速さだね」
「はい。神々の間でもこれは決定事項であられたようですから。では、これからわたくしもこちらのギルド。ええと、ディアル潜窟組合の一員でございます。皆様、よろしくおねがいします」
百八十度振り替えり、丁寧にお辞儀をするカーラ。釣られて他の全員もそれぞれのお辞儀をした。控えめな者から、腰から九十度曲げるしっかりしたものまで、本当にそれぞれだ。
「まてまてまて! え!? この流れ、俺がおかしいの!?」
急展開すぎるだろう、と文句をつけるのは無理もないだろう。
どうしてこう、突拍子もない展開が多いのか。ジョージは軽い頭痛を覚え額を押さえる。
「あら、頭痛ですか? 神のご加護を」
すると、カーラがとっとこと寄ってきて一生懸命手を伸ばしながら自分の手を頭を押さえているジョージの手に重ね、祈った。
「む」
カーラの手が青白い光を帯びる。
ジョージの頭痛は精神的なものが原因であったためもとから無いようなものだったが、寝不足による倦怠感と、日ごろ感じていた肩こりがいくぶんか和らいだのを感じ取った。
「今のはもしかして」
施術された本人の実感だけでなく、青白い光という目にもわかりやすい効果が出ていたため、反応したのは新人のうち女子二人だ。
片方は異世界の奇跡というものを目の当たりにして目を輝かせ、もう片方は自らの見習いヒーラーというジョブを意識してか癒しの奇跡を目の当たりにできたことが嬉しかった。
「あ、ありがとう。だが――」
「ジョージ」
ひとまず礼は言う。だがやはり、急な展開が過ぎて特に拒絶する要因もないというのにまだこのカーラという少女を受け入れられない。
目の前で簡単にギルドの移籍が完了したのだ。戻ることとて簡単にできるのではないかという考えがジョージの頭によぎり、それを勧めようとしたのだが、先手を、ランナに打たれた。
「塔に勤める者、神殿に属する者にとって神のお言葉は絶対さ。それにあんた、女の子の覚悟を無駄にするつもりかい?」
そうだ、このギルドマスターは男には厳しいくせに、同性にはだいぶ甘い。普段ならば筋の通らない事を嫌うが、男と女が喧嘩していて女の方が明らかに理不尽な言い分をまくし立てていてもきっと女の方の味方をするだろう。
「それにね、この子はもううちに入っちまったのさ。新人教育こそあんたに任せてはいるけどね、ギルドメンバーの進退を決める権限まで、あんたに与えたおぼえはないよ」
ニヤリ と、してやったりの笑顔を浮かべるランナ。ジョージとしても普段あまり仕事をしている姿を見せないランナであってもギルドマスターとして立てて行きたいところがある。
「だはぁ。わかった。いや、事情はまったく飲み込めていないが、カーラさんが――」
「ぜひカーラと呼び捨てでお呼びください!」
強引に割り込まれて言葉を失う。
「か、カーラが」
「はい!」
名前を呼び捨てにされて実に嬉しそうにされ、再び言葉を失う。
「はぁ。カーラがうちに入ったのはわかった。俺を見ているように神託をもらったのもわかった。そうしなきゃいけない理由がわからないのも、わかった」
一つ一つ、今起きている事を纏めて繰り返すジョージ。
理解した事を相手に伝えている、というよりも、今まさにそういう事があったのだと、自分に言い聞かせているように見える。ついでに、寝不足である事もこの飲み込みの悪さに繋がっているのだ、と内心で自分に言い聞かせている。
「俺にそれを拒否する権限もない、ということも再確認したし、さしあたって害を被るような事も、おそらく無いんだよな?」
「はいぃ!」
カーラは、実に元気が良い。
「うん。じゃあ」
対照的にジョージはこの数分で疲れきったような顔をして、無の表情になっている。
ここからどのような結論に至るのか。もう選択肢などないとわかっていても、今まで予想外の行動ばかり見せられてきた弟子や新人たちは思わず固唾を飲む。
「どうしようもないな」
だがやはり、選択肢などない。
「よろしく、カーラ」
「よろしくお願いします!」
こうして、なんの前触れも無く、さらに一人ディアル潜窟組合のメンバーが一人増えたのだった。
本作品、1話がだいたい5部から6部で構成されています。
というわけで来週から次話で。




