002-巨大迷宮ディープギア -3-
「いやあ、今回はなかなか無い速さで決着がついた。今回はゴブリーが出るのがいつもより早かったってのもあるが、いつもはゴブリーが出てからも取り巻きのせいで倒すのに時間がかかってもっとグダグダになるんだ」
ゴブリンリーダーをゴブリーと略す剣士は非常に上機嫌だった。それもそのはず、ジョージが戦利品の取得権を遠慮したのだ。ゴブリンリーダーが遺した青鈍色の盾も、橙色の装飾が刀身に施された曲刀も、赤黒い革の鎧も、ついでに切り裂かれた皮のキャップも、全て初めからゴブリンリーダーと対峙していた四人パーティーのものとなった。
「改めてみると、やっぱり地下なのに広いなあ」
剣士のホクホク顔は特に気にせず、ジョージは乱戦が繰り広げられていた広場を見回した。この広場に限った事ではないが、ディープギアの中は地下であるにも関わらず500メートルほどならしっかりと見通せるだけの明るさがある。
「ああ、年に一回はダンジョンシャッフルが起きるけど、南ブロックの五階から十階の間のどこかには、必ずこういうゴブリンラッシュホールってのができるんだ。ゴブリンラッシュの前兆として、ゴブリンの出現数が異様に少なくなるっていうのがあるらしいけど、オイラはそんなに何度もココまで降りてこられないから、わからなかった」
いつのまにかロックがジョージの隣に戻ってきてまた解説を始めた。調子もいつもの通りに戻って口数がまた増えたが、見下すような態度がなくなっている。
「へえ。で、ゴブリンくらいならもう一人で相手にできそうか?」
「ちょっ……、ジョージにはかなわねえな」
ジョージの名を呼ぶ調子がすっかり従順になっている。
「そのうち稽古でもつけてやるさ。どうせ深く潜ればもっと強いのと当たるんだろ? しばらくは二人で潜ってお互いに腕を上げよう」
ジョージがポンポンとロックの頭を撫でると、パアッと表情が明るくなった。もう頭をなでられても嫌がらない。
「ホントか!?」
「んむ。まあ使ってる得物が違うから教えられるのは立ち回りくらいだけどな」
予想以上の反応で思わずジョージの方からひいてしまった。
「じゃ、成果もあったしオレらは先にあがらせてもらうぜー」
すっかり無視されていた事にも気づかずに、剣士がジョージに向けて別れ際の挨拶をよこした。ジョージは手だけ上げて応える。
「あっ、オイラたちも戦利品を拾わないと」
ロックが思い出したようにまだいくらか散らばっている剣やら盾やらに向かおうとする。ジョージは動かない。
「まあまて、まだ余力があるからもう少し深い所まで行ってみよう」
「えっ?」
訊き返され、ジョージはわかった上で同じ台詞を繰り返す。
「まだ余力があるからもう少し深い所まで行ってみよう」
「えっ?」
同じやり取りが繰り返される。さすがに三度目はなくジョージはロックの後頭部をひっぱたいた。ペチンといい音がなる。
「そんなもん大量にぶら下げてたら荷物になるだろう。あんまり重いとさすがの俺でも動きが鈍る。荷物が多いのは帰る時だけでいい」
「いやいや、ええぇ?」
それでもロックは疑ったようだった。ロックとしては乱戦を目の当たりにしただけでも衝撃的であったというのに、強制的に参加させられ、もうはや精神的にはいっぱいいっぱいだった。
「このくらいで根を上げてたら並みにしかなれんぞ。ランナ姐さんを支えたいなら一番を狙えるくらい強くならんと」
ランナの名を出され、ロックはグッと詰まった。またわかり易い奴めと内心でほくそ笑みながらジョージは返事も待たずに歩き始めた。
「ほら置いていくぞ」
「あっ、ちょっと待ってくれよ!」
ここで一人だけ帰るわけにもいかず、結局はなしくずしに着いて来る。
「ところで、あの荷物持ちしてるかわいそうな格好の連中はなんだ? 乱戦の時はあんまり参加してないみたいだったが」
ホールの中にまだちらほらと残っていた、みすぼらしい格好をした者達を指さし尋ねた。それらは乱戦が繰り広げられている時から居はしたものの、武器ももたず戦闘も消極的だった。今では、積極的に戦利品を拾い集めているのだが、どうも自らの意思でやっているように見えない。
「ああ、彼らは奴隷だよ」
「奴隷…!」
ジョージが静かに衝撃を受ける。なんとか表情には出さず堪えた。
「いろんな事情でああなっちゃうらしいけど、一番多いのは借金のカタにとられた連中だ。親がギャンブルで、とか、逆に子供とか身内が大怪我をしてその治療代を払うため自分の身を売って無理やりお金を作ったり。とにかく色々さ」
「なるほどなあ」
なにやら感慨深げに唸ると、奴隷達に同情的な視線を向けながら、結局二人はホールを後にした。ロックも奴隷についてはそれほど詳しいわけではないらしい。
ラッシュの後であったせいかゴブリンとは一匹とも遭遇することなく、そのままあっさりと七階へ続く階段を見つけ、やはり特に気負いもなく降りていく。
階が変わると、ラッシュを制覇した影響は薄くなるらしく、ようやく通常のシチュエーションでゴブリンと遭遇する。床の歯車からにじみ出るように現れるジェリウムと違い、ゴブリンは天井から投下されるように現れた。それでも、ロックはその光景を「湧いた」と言った。
「一体だけか。危なそうだったら助けるから一人でやってみろよ」
ジョージは対応をロックに丸投げした。一瞬顔色を青くしかけたロックだったが、先ほどの乱戦の経験を経てどうにか一回り成長できたようで、グッと不平不満を飲み込んで剣を抜く。
「(やはりいい剣だ)」
ジョージはまず、ロックよりも剣を評価した。きちんと手入れされているのも見て取れるが、それ以上に元がいい。錆びも曇りも全く見当たらない刀身は光を反射するだけでなくそのものが薄く光っているようにすら見える。何らかの仕掛け、あるいは魔法があると考えて間違いはなさそうだ。
「う、うおお!」
若干腰がひけているが、ロックは先手を取った。思い切り振り下ろした剣はゴブリンの剣で防がれたが、勢いはそがれ切らずにグッと押し込んでゴブリンに膝をつかせた。
「こっ、この!」
ロックが縦斬りから横薙ぎへと剣筋を変える。するとゴブリンの剣を持つ手をあっさりと切り裂き、喉を掻っ捌いた。血が吹き出る前に、ゴブリンは煙と消える。残念ながら何も残らない。
「おう、いけたじゃないか」
戦利品を遺さなかった事はいささか残念であるが、ジョージはロックを賞賛した。
「オイラだって、このくらいなら」
なんとか平静を装おうとしているようだが、ロックの膝が笑っていた。それを見てジョージも苦笑する。
「どれ、あと何体か切り倒して戦利品が出たら帰るとするか」
ジョージとしては次なるモンスターの顔を見るまでは降りるつもりだったのだが、ロックがこの様子では、あまり無理をさせない方がいいだろう。今回は大事の後に小事を片付けるくらいの気持ちを教えられただけでも良しとするのだ。
「わかった!」
帰る予定が明確になればあとは早いもので、続けて現れた二体のゴブリンを二人で一体ずつ倒し、剣と盾が一つずつ出たところで今回の探索はお開きとなった。
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