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019-世界とか異世界とか -3-

 その日の午後、ジョージはいつもより早めに新人たちの訓練を切り上げると、一人でレイデムセールが行われているストルトン家所有の市民ホールまで来ていた。千紗から、この世界に来てから心を眠らせるまでの経緯を聞いて気になる事ができたためだ。


「やあ。このあいだはどうも」


 ジョージがまず話しかけたのは、千紗を引き取る時にはなしをつけたこのレイデムを取り仕切っているストルトン家の人間だった。


 名はドエル・ストルトン。ストルトン家当主の次男の長男、つまり孫にあたる人物である。


 まだ三十代半ばほどのえびす顔の男で、額の真ん中辺りにちょこんと乗っている眉が特徴的である。


「やあジョージさん。今日も何かお求めで?」

「いえ。まあ場合によってはまたあのコーナーの物から一ついただくかもしれませんが」


 ジョージは丁寧な物腰で、例の曰くつきの品ばかりが集められている一角をちらりと見ながら言った。これだけで、ちょっと欲しいモノがあるんだけどそれをくれたらまた在庫処分に協力するよ、という旨は伝わるものだ。


「ほうほう。では、どのような物をお求めで?」

「この間私が買ったアレが、どのような経緯でヒルレントのところに来ていたのかを知りたいんです」


 すると、ドエルの表情が少し曇る。


「それは……私どももお力になりたいところですが、アレに限らずこの会場全体にある物のほとんどが、集めた本人すら詳しく憶えていないような品ばかりでして。とくにあの一角にある物はなんというか、出所がわからず、用途もわからず、あるいはもはや無用になった物を押し込んでおいたとした思えないというか……」


 苦笑しつつ、ドエルは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


 嘘は無さそうである。


「アレと似たモノをご所望でありましたら、わたくしどもには伝手がございますが?」

「いえいえ。そういうわけじゃないんですよ」


 ドエルが言う伝手とは、金融業の傍らで営まれる奴隷商の事だろう。あるいは、レドルゴーグに籍を持たない者たちばかりを集め、モノとして売る部門すらあるのかもしれない。


 おぞましい想像をしてしまい、ジョージは頭を振る。今はそれとは全く関係ない用事で来ているのだ。


 では、どうやって糸口をつかんだものかとジョージは考える。


 そもそもジョージがここへ来たのは千紗のためだ。


 千紗は一ヶ月間はこのレドルゴーグの法律上レイデムセールの商品であるため、いきなりディアル潜窟組合へ加入させる事ができない。


 いや、ジョージが学んだ法律上はやってしまっても罪に問われるような事はないのだが、仮に入札があった場合は、それまでの所有者であるストルトン家と入札者、両方との間に軋轢が生じてしまう。


 もともとがあの見た目であったために入札する者などジョージのほかにいた可能性ははじめから低かったうえ、あの場に商品として陳列されなくなったためにその可能性は更に下がった筈だ。このまま千紗への教育を進めながら一ヶ月間放置しても問題は起きない見込みの方が大きかったから、やはり慣行してしまうという選択肢も無くはなかった。


 しかしジョージには一つだけ心配事が生まれてしまった。


 千紗の髪の毛にどんな価値があったから、ああも酷い有様にされてしまったのだろうか。


 千紗が始めに捕まった場所は違法な奴隷商のもとだっただろう。そこがストルトン、あるいはヒルレントと関わりがあったかどうかはわからないが、そこからローブ姿の女の手に渡った。ローブという服装から推測するにおそらくは魔法使いだ。


 奴隷商からその女の手に売られたのか、女がその奴隷商に所属していたのかも判らない。


 その女は千紗の髪の毛に何らかの価値を見出したのだと考えられる。


 そして、女の手に渡った直後に千紗はしばらくの記憶を失っている。いや、おそらく何か恐ろしい事があって記憶を封印しているのだと思われる。


 考えられる、思われる、おそらくは。推測ばかりの話だが、なんとなく見過ごしてはいけない問題のような気がしていた。


 そしてひょっとすると、千紗が価値を持つ可能性は目の前のえびす顔の男にも気づかせてはいけないのかもしれない。


 どの程度手の内をさらせば自分が欲しい情報にたどりつけるだろうか。できれば全くさらしたくない。


 そこでふと、千紗の話の中に出てきた物言わぬ少年の存在を思い出す。


 と、ここまで考えたのはわずか数秒の間だった。


「ヒルレントが隠し持っていた品物は、このホールの中に全部集められているんですよね?」

「え? ええ、私財から違法に集められたらしい商品まですべてです」

「じゃあ、やっぱり奴隷なんかもここにありますか?」


 千紗の存在は明らかに違法な商品。ならば同じ場所に集められていた商品たちも違法のもので、その中に入る事をゆるされ千紗の髪を刈らされていた少年も違法な奴隷であった可能性はある。


「ございますよ」


 なんだ、やはり奴隷が欲しかったのではないか。そんな笑顔を浮かべたドエルにホール内を案内される。


 ところが、残念ながら目当ての少年らしき奴隷は居ず、その場に陳列されている奴隷を見るに、居た形跡も無かった。売られている奴隷たちから話を聞く手もあったが、彼女たちがこの場に陳列されている限りは、ドエルが彼女らに「ジョージに何を聞かれたのか」と訊く可能性もある。


 慎重すぎるかもしれない、と自分でも思いながら、ジョージは違う方向から調べていく事を決める。



「あ、ジョージさん。どうしたんです? 被害届ですか? ハハハハ」


 それは、都市警察だった。


 伝手のある唯一の警察署である南区第一駐在署についたとたん、ジョージの姿を見つけた名もわからぬ警官がそんな事を言って笑う。ジョージの腕ならば都市警察などに頼らずとも自力で解決できるとわかっての冗談だ。なぜか素直に笑えず、中途半端な愛想笑いを返す。


「アッパル少尉がどこにいるかわかるか?」

「あぁ、少尉にご用ですか。ええと、少尉ならこの時間は警邏に出ておられますが、もうすぐ帰られると――あっ! 少尉! アッパル少尉! お客さんですよ」


 この警官は男性のはずだが、キンキンと頭に響く高い声で叫んだ。


「え? ああ、ジョージさん。やはりあの少女、問題が……?」


 このタイミングで会えた事は実に運がいい。取り次いでくれた(?)警官に礼を言うと、ジョージはアッパルを強引に引き連れて駐在署受付ホールの隅っこの方に行く。


「あの少女に関しては何も問題ない。だが関係はある事だ」

「な、なんです?」

「あのレイデムの商品がもともと入ってた、ヒルレント所有の倉庫がどこにあるか、知らんか?」

「え、ええと。あのレイデムに関してはすべてストルトン家のかたがたが主導で取り仕切っていますので、都市警察から何かしらの人員が派遣されたという話は……」

「少尉の上司にストルトン家と繋がりのある奴がいるだろ?」

「んぐっ、なぜそれを……あ、いえ。ジョージさんならそれくらいは推測できますか。誰がそうなのかは、言いませんよ」


 職場の上司であるその人物に対して、ジョージはあくまで一度依頼で協力関係にあった知人である。公私混同しないアッパルにジョージは逆にアッパルへの好感度を上げるのだが、それは今は別にいい。


「……ヒュールゲンたちを捕まえた時、ダンダロス所有の工場の作業員たちを大量に捕まえたけど、同時にストルトン家の子飼いの傭兵も何人か捕まえてただろ」

「……はい。それが何か。まさかあの人がストルトン家に捜査の進捗を報告してたとでもいうんですか? あの人はそんな事をしなくてもストルトン家じゃ結構な重鎮です。わざわざ分家のヒルレントと内通なんて……あ」

「ほぉう。結構な重鎮なのか」


 うっかりヒントを漏らしてしまった事に気づきアッパルはあわてて自分の口をふさいでいる。だがそれを聞いてジョージは少し当てが外れたなと思った。


「いや、そこは疑ってなかった。内通者はもっと別に居るんだろう。そんで、あのとき捕まえた子飼いの傭兵は今どうなってる?」

「……あれらの行動のすべてが、別件で多少の罪は見つかりましたが、大元はヒルレントからの命令だった事が裁判で証明されたため、既に刑の罰金をすべて支払い終えて釈放されています」

「そいつらがどこへ行ったのかは?」

「さぁ。おそらく本家の子飼いに戻っているのでは」


 さすがにそこまではアッパルも関知していないらしい。それもそうだ。彼は少尉という地位にはありつつも、あくまで一人の警官でしかないのだから。


「うーん、結局そうなるかあ。ストルトンの本家ってどこにあるか知ってる?」

「はい。西区のスラムの場所はご存知ですか?」

「わからないけど有名な場所ならうちのに聞けばわかる。ああそうか、そういや、うちに元ストルトンが居たわ。ありがとな」


 はじめからカルサネッタに聞けばよかったのだ。いまさらながら阿呆な事をやっていたと気づき、ジョージは軽く脱力した。


「いえ。ご納得されたなら、いいんですが」

「余計な時間とらせてすまんかったね。あ、そうだ。ヒルレントと内通してた奴は確実に居ると思うから、気をつけた方がいいよ」


 最後にちょっとした爆弾を残して、ジョージは南区第一駐在署をあとにする。



 ちなみに、ジョージが忠告したヒルレントへの内通者は、特に内通して情報を漏らす相手もいなくなったため、多少臨時収入が減っただけで目立った不正も働かなくなったため、体力の衰えを理由に退職するまでそのままずっと放置された。



 その後、ジョージはギルドホールには戻らず、物陰で仮面をつけた。


 逃亡中のヒルレント・ストルトンを探す時、カルサネッタたちから聞き出したヒルレントが隠れそうな場所はすべて仮面に記録済みだったためだ。


「ったく、我ながらうかつだ」


 この記録の事自体は忘れていなかったが、千紗が閉じ込められていた場所の候補を探す手段としてはついさっきまで結びつかなかった。


 別々なタイミング、別々なきっかけでこの世界に巡り付いた同郷の者との奇跡的な出会いは、どうやらジョージ本人が思っていた以上に衝撃だったようだ。


「ちっと、気を引き締め直さないとな」


 仮面の中のデータを確認し、今度こそ自分の頭の中に叩き込む途中で、もう一つ優先してやっておくべき事に気づく。


「髪の毛の事だって、まずは本人から少しサンプルをもらって調べてからの方が絞り込み易いんじゃ……」


 こんどは他人に言われる前に気づけてよかった。ジョージは心の底からそう思った。

うっかりジョージ

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