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018-異世界人 -5-

 千紗がディアル潜窟組合に迎えられたその日の夜には、ジョージは宣言どおりに翻訳機とも言える魔法道具を作成し、翌日には本人に手渡した。


 その際に、あわやランナの着替えシーンに出くわしそうになるものの、ここは他意なき紳士であるジョージの技、しっかりとノックし返事を待ってからドアを開け事なきを得た。


「チサ・カリサワといいます。よろしくお願いします」

「お、おう。まあこれで不便はなくなったね。しばらくは一緒にいるから欲しい物があったら遠慮なくいいな」


 魔法道具は銀のイヤリングと内側に赤い模様があしらわれた黒い革のチョーカーの二つで一セットというまるでアクセサリのような見た目である。そのまま翻訳機と名づけられたそれの機能によって言葉が通じるようになった千紗が懇切丁寧に挨拶した事で、ランナが気後れするという珍場面があったものの、二人の相性は悪くなかった。


 翻訳機を受け取った当日から千紗はさっそく大陸の公用語を学び始める。


 教材はなんとジョージが一夜漬けで用意したテキストで、紙にボールペンという懐かしい品々に千紗がまた涙しそうになっていた。


 さらに便利な仮面の力で、いちどデータでテキストを起こしてしまえば、あとは紙さえあればいくらでも量産できるとあって、同じ教材を使いランナも日本語をひらがなから学び始めた。


 どちらもお互いの言語を未習得である事には変わりなく、ちゃんとした答え合わせは結局ジョージがやらなくてはならず、単にジョージの負担が増えるだけだったが、ランナも勉強が嫌いではないという意外な一面を発掘した。


 ジョージも千紗の勉強を見る一方で、全員の訓練をないがしろにはできないため、あまり負担を増やしてほしくはなかったのだが、長期的に見てランナが日本語を学ぶ事は無駄にはならない。


 新人メンバーたちも、奴隷という立場は変わらないまでも、さらに一人新しく後輩が来るとあって、より張り切って訓練に臨んでいった。


 千紗は翻訳機の補助もあり、二日目の終日には発声の補助機である革チョーカーの機能を大幅に制限しても日常会話を行える程度になってしまい、勉強はさらにはかどった。


「【かなり日本語に近い言語ですね。漢字が無いのが不便ですけど。文体的にはルー語でが一番近いでしょうか】」

「【ユーはルー語をノウしてるのか】」

「なんだいそれは。暗号かい?」


 この大陸の公用語は、単語と接続詞の関係性が非常に日本語に近い。名詞や動詞のみ抜き出した英単語に日本語的な「てにをは」をつけて文章を構築する。有体に言えば、一時お茶の間を賑わせた好き嫌いのハッキリでるタレントの喋り方に、構造的には酷似する。


 ただし、発音がまったく異なるため、あの喋り方は癪に障るなどと言い出す者も、珍しさからふざけて濫用する小学生も居ない。


 文字は日本語と違い基本的には幾何学的な記号にしか見えないが、ひらがな、あるいはカタカナに対応させる事ができるため、当てはめて憶えて行けば日本語的な感覚で単語を憶える事も可能そうだ。


「俺らの世界には国がいくつもあってな。大小あわせて200ちょい。力の強い主要国だけでも20とかあったかなぁ。その全部が独自の言語を使ってたわけじゃないけど、言語は種類が多かった」

「なんだいそれは。ずいぶんと殺伐とした世界だねぇ」

「あぁ……戦争は絶えなかったなあ。世界中で戦争してた時期はそんなに長くもないんだが。そういえば、雁澤さんは日本から来たんでいいんだよな? 何年ごろ来たんだ。西暦でも、年号でもいいが」

「【西暦】で言うと1994ねん。【年号】で言うと【平成】6ねんです」

「ん、んん?」


 やってきた年数を聞いてジョージが一瞬止まった。そしてさらに尋ねる。


「今、いくつ?」

「【えっと】じゅうさんさい、です」

「へえ。もっと幼く見えるね。あたしゃてっきり10にもなってないと思ってたよ」

「そっちのパターンかぁ」

「どうかしたのかい?」

「いや、ちょっとな。俺は一応、25歳なんだが、俺が地球を出たのは、2014年の事なんだ。つまり1989年産まれ。雁澤さんは13歳だが、1981年産まれって事になる」

「え?」


 ジョージは若干困ったようにして、千紗はジョージの顔を見て固まってしまう。なにやら様子がおかしいと空気を読んだランナは静観を決め込む事にする。


「【じゃあ、ジョージさんはいつごろこの世界に来られたんです?】」

「レドルゴーグに来てからは一ヶ月半くらいだが、この世界に来たの自体は三ヶ月ってところだ」

「【え!? そんな。そんなに短い期間でこれを全部憶えて、使いこなしてらっしゃるんですか?】」

「今重要なのそこ?」


 千紗にしてみれば確かに重要なことなのかもしれないが、今の話の流れは生年月日と年齢差であったはずだ。彼女の少し着眼点がズレるところは素の癖であるらしい。


「てっきり雁澤さんも同じ時代か、それとも俺より未来から来たもんだと勝手に思ってたが。ということは、雁澤さんは俺より前にこの世界に来ていたって事になるのかな?」

「それ、は……」


 正直なところ、千紗は自分がどのくらいあの場所に閉じ込められていたのかわからなかった。なにせ長い事独りにさせられ、心を眠らせていたから。


「【わかりません。でも少なくても、私も三ヶ月は経ってると思います。なんで生きてるのかはわかりませんけど、その、お肉の落ち具合から考えると1週間や1ヶ月じゃここまではならないと思うんです】」


 さすがに女子、以前の自分の体重はぼやかした。


「ふむ……。そもそもどんな経緯で捕まって、あの場に居たんだ? ああ、もちろん無理に思い出さなくてもいい。辛そうなら勉強に戻ろう」

「【いえ。大丈夫だと思います。そう、勉強、ですね。】わたし、はじめ、きれい、ない、まちなか、いました」


 そういえば言語の勉強をしていたのだ。千紗は自らの心を眠らせるよりも少し前、あのヒステリックな中年男ヒルレント・ストルトンの所有物になる前の事を思い出しながら、頑張って公用語を使っていく。

ちょっと短いかなぁ

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