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018-異世界人 -3-

今回もなんとなく朝更新

 厄介ごとを増やすかもしれないといって出て行ったジョージが、骸骨と見紛いかねないほどやせ細った子供を抱えて帰ってきた時には、さすがのランナも驚いた様子だった。


 普段全く驚かず覚めたような見下すような眼をしているランナがそうなのだから、ほかの面々も当たり前のように騒然となる。


 しかしその子供がまだ立派に生きていて、髪の色や顔のつくりなど外見的特長から察するにジョージと同郷の者、しかも少女であると悟ると、ランナはすぐに動きはじめた。


「あたしの部屋を使うよ。応急道具は一通り揃えてある。ロック! リーナんとこいって離乳食用のロポポを小樽一杯分買っておいで。溶いた奴じゃないよ、粉でだよ!」

「うス!」

「ほかの連中は、そうだね、マールとネッタはあたしの部屋のベッドに厚めに毛布をしいといておくれ。ジョージは毛布がしかれたらその子をベッドに。ヒューゴとスドゥは湯を沸かしな。モンドとトトはタオルを集めておいで! さあ散った散った!」

「毛布はどこにありますか?」

「一番奥の倉庫にあったはずだよ!」


 ランナの指示にしたがってほかの面々も次々に再起動する。とはいえ、こういう時に男ができる仕事は少ない。


「さあ! ジョージも出てった出てった!」

「ま、まて! 腕につけたジェリウムみたいなやつは絶対に外すなよ!」


 まるで妊婦が産気づいたような騒ぎだが、じつのところここまで大騒ぎをする必要はない。女の子があまりに酷い状態にされている事がランナの琴線に触れたのだ。


 自分のベッドに少女を寝かせたあと、ジョージも強引に部屋から追い出される。


「まいったな……あのこはまだこっちの言葉がわからんみたいなんだが……」



 ジョージの心配の通り、まだ自力では指すらまともに動かせない状態の少女は、この世界ではじめて出会った言葉の通じる相手と引き離され最初は不安に思った。


 しかし、わからないながらもずっと優しい口調で話しかけてくれる三人の女性に少しずつ緊張をほぐされ、浚われてからずっとろくに洗ってこなかった体の隅々まで、湯で浸したタオルにぬぐわれる。


 サッパリしはじめた辺りで、身体の緊張が解けてきた少女は、次第にうつらうつらとし始め、やがてふっと意識を失うように眠りに落ちる。


「……腕につけたジェリウムみたいなのっては、これだね。なんなんだろうねいったい」

「なんでしょうね」


 ランナが知らないならば新人二人が知るわけもない。そもそも新人二人はまだランナにちょっとした苦手意識のようなものを抱いている。まともに返答できる者がこの部屋の中にいなかった。


「フン。まあいいよ。しかし、この子。しばらくはカツラも必要だろうね。なんで女の奴隷なのに髪を剃ったんだか。しかもこんなに荒っぽく……」


 ざんばらに刈上げられ、傷跡すら見える頭皮。幸い、一生傷になるようなものはないが、この傷の部分から新たに髪が生えるにはしばらく時間がかかるだろう。



「終わったよ。今は眠ってる。マールが見てるから、その間に事情を聞かせてもらうよ」

「ああ。助かったよ姐さん。腕につけたやつは、外してないよな?」

「ちいとばかり邪魔だったけどね。なんだいあれは」

「言葉で1から説明するのはちょっと難しいんだが、点滴魔法って言ったところかな」

「テンテキ魔法? あれも魔法なのかい。まあいいよ、毒じゃなかったみたいだしね」

「毒なんてとんでもない」


 ゆっくりと会話しながらギルドホールのエントランスに出ると、少女を見ているマール以外は全員がもう集まっていた。


 ちょうどいいので、ここで全員に向かって説明させてやろうとランナは声の調子を切り替えてジョージに訊く。


「メンバーが増えるからと簡単に許したあたしにも落ち度はあるが、まさかあんな状態のを連れてくるとは思ってなかった。いまから追い出せなんて非情を言うつもりもないけど、ちゃんと説明はしてもらう。はっきり訊こうか。あの子はあんたの家族か何かかい?」


 するとジョージは、顎の無精髭に手をあてながらしばし答えを吟味した。


「血縁は無い。それどころか初対面だが、ある意味で家族とも言えるし、奇跡的な出会いだった事は間違いない」


 謎かけのような答えだったが、ジョージの表情は至って真面目であり、この場にいる全員を煙に巻こうなどという様子はない。


「詳しく、きかせな」

「うーんと、同郷の者である事は間違いなさそうなんだ。厳密かつ完全に同郷かどうかはあの子が喋れるようになってから確かめないとわからんが、少なくとも俺の故郷の言葉にはしっかり反応していた。あの子は喋れなかったが、はいかいいえを伝えるくらいはできたんでな、本当はレイデムセールが終わる一ヵ月後までは入札しかできんのだが、ちょっと特例を認めさせて強引に買い上げていた」


 特例といってもレイデムセールを担当してたストルトン家の人間に少し話しをしただけである。


 曰くつき商品の中でもあの少女は特に人気が出ないだろうと予想していたようで、一ヶ月の間にジョージの気が変わっても面倒だと判断した担当者はほんの少し値段の吊り上げ交渉をしただけであっさりとあの少女をジョージに預ける事を認めた。預けるだけであり、まだ正式に買い上げられたわけではないのだが、事実上はそうかわらないだろう。


 なにせ人間と認められず、さらにあんな状態であっても生き物である。一ヶ月間の世話のためにかかる手間や賃金は馬鹿にできない。それら面倒事をすべてジョージに押し付けられる。商品が居なくなる事で新たな落札者は出ない筈なので、レイデムセールが終わる一ヵ月後には正式にジョージの所有物となる。その後ジョージが彼女をどう扱おうかなどは、ストルトン家には関係ない。


 しかし、今、ランナたちが求めている説明はそこではなかった。


「その、故郷ってのはどこにあるのさ? 他所の大陸かい?」

「いや。大陸ならまだ船やら何やらで行ける可能性があるだろ? 俺たちは本来、絶対に行き来できないような場所に住んでた。遠いとか近いとか以前に、一般にはまだ存在しないとされてる所、のはずだ」

「なんだいそれは、異世界とでもいうのかい?」

「えっ?」

「ん?」


 まさか飛び出るとおもっていなかった単語に、まさかそんな反応をするとは思わなかったという顔。新人の半分は「異世界」などという単語の意味をしらずにぽかんとしているが、なんとなくその単語の表す意味を察したようで、ギルドホールに「まさか」という空気が場に満ちていく。


「あれ? この世界では、異世界人ってのは、わりとメジャーなのか?」

「メジャー……ってなんだい?」

「ああ、いや。一般的、というか、よく居るのか?」


 こんどはジョージが動揺する番だった。この世界にはない言葉をついつい使ってしまう。


「500年に一人くらいはちゃんと生きた状態で現れるらしいし、人間じゃなくて、異世界から来たらしい漂着物はたまにイロモノ市とかに売りに出てるよ。いやあでも、なるほどねぇ。ジョージは異世界人か。それなら色々と納得だねぇ」


 ランナはジョージの弟子二人と視線を交わしてニヤニヤと笑う。


 弟子二人のうち、ロックは姉と同じように、どこか納得行ったという様子だったが、しかし疑問も残っているようで、不思議そうな顔で頷きながらも首をかしげている。


 アラシは、というと、異世界人に対して何か特別な思いがあるらしく、これまでの訓練中やダンジョンの中ですら一度も見せた事がなかったようなキラキラと期待した目でジョージを見た。


「おいおい。なんだそれは、やめてくれ。俺の予想とぜんぜん違う反応じゃないか」


 ジョージの想定では、拒絶されるか、正気を疑われるかして、それでもこれまでに信頼を築けてきていたと信じてゆっくりと事実だと認識してもらうつもりでいた。ところがこれはなんだ。あっさりと信じられた上に、ずいぶんと納得されてしまっているではないか。


「サーシャの曽祖父だかも異世界人らしいよ。名前はその曽祖父がつけた言ってたね」

「あっ! あー、そうか。それでやけにロシアっぽい名前だと。ご近所さんじゃーん」


 サーシャことBar. Junk Foodのマスターの本名はアレクサンドル・ローヴェルヴィチ・カラシコフである。由緒正しきロシア系のネーミングだ。それに何がご近所なのか、ジョージ以外はジョージの故郷を知らないのだからわからないが、ジョージの感覚から言えば確かにご近所かもしれない。


 予想外にあっさりと受け容れてくれた事で、いつのまにかジョージだけがテンションをあげていて、ランナはなんとも生暖かい目で、ロックはいつ自分の疑問をぶつけるべきか、アラシは単純に憧れの視線を向けている。


 新人たちの中で異世界というものの伝承を知っているのはモンドとカルサネッタ、そしてよくモンドから読み聞かせをしてもらっていたトゥトゥルノの三人だけ。その三人もどちらかというとアラシに近い表情である。


 少女の方についていてこの場に居ないマールはさておき、まったく話についていけていないヒュールゲンとスドウドゥは、ずっとぽかんと口を開けたまま、しかし新人という立場上自分たちにもわかるよう説明しろなどと文句をつける事もできず、ただ口をあけて首をかしげて待つしかない。


 そうこうしていると、廊下でドアの開かれる音がして、マールがあわてた様子で出てくる。


「あ、あの。ジョージさんを呼んでいます。たぶん」

「おっ、おう。今行く。あの子をどうするかは後で話し合おう。今はあの子を安心させてやるのが先だ」

「そうさね。いっといで」


 そうやってジョージを送り出すランナは、なぜか仇敵の弱点を見つけたような歓喜の笑みを浮かべていた。

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