018-異世界人 -2-
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「つまり、ほとんど奴隷刑と変わらないくらい多額の罰金刑を受けたヒルレント・ストルトンの私物かっこ盗品含むかっことじを販売して罰金の支払いにあてるから、なんかしらんが一気に何人も奴隷を購入できた俺たちはまだ資金力を残してるはずだから商品を買わせて罰金支払いの足しにさせろ、という話か」
アッパルが持ってこさせられた厄介ごとを二息に纏めたジョージは、非常に渋い顔をした。
ヒルレントが奴隷刑にならなかった事は意外だったが、罰金の額を聞いて納得した。
金貨一五○○○枚。元ヒュールゲン強盗団の十一人の合計金額だった金貨一一○○枚を一人で軽く十倍も超える額だ。到底個人では払いきれない額だが、どうやらこの審判を下した神は、ヒルレントの人間性構築にはやはりストルトン家全体が関わっているとみなしたようで、ストルトン家全体に対してヒルレントと共にいくらか責任を取れという意図を持って罰金刑を下したようだった。
裁判の中で具体的にどのような神託がなされたのかはアッパルもわからないようだが、直接その場に立ち会った上司と同僚数名の全員が、はっきりとその意図を感じさせる内容の神託であったと判断したという。
「はい。そのとおりです。その、盗品を含むという所も一切反論できませんが、もともと自分が所持していたと証明できる範囲では無償で持ち主に返るような処置がとられます」
どのように証明するのだろうと思ったが、ここにも神が仲介に入るようで、不正は起きないと断言された。
そして仮に元が盗品であったとしても、本来の所有者が名乗り出ないならば法的にはその品物の所有を放棄したとみなされ、時系列を遡りヒルレントの命令を受けた部下がたまたまそこに捨ててあったものをほかの盗品と一緒に持ち帰った、と解釈され所有権がヒルレントに移った後、正式に売りに出される。
そんな乱暴な取引でいいのか、と思わないでもないジョージだったが、この販売活動は一ヶ月もの期間をとって行われ、その一ヶ月間に購入希望者が思い思いの値段で売約をつけていきそれぞれの値段は期日まで伏せられる。そうして正式な所有者が現れなかった場合は、最も高値をつけた者に売却されるという、変則的なオークションのようなシステムが採用されていた。
購入希望者が何人も現れるような良品ならば元の持ち主はいつでも会場に来られる富裕層の人間がであった可能性が高く、仮に貧困層や中流層が唯一もっていた家宝的な品物であったとしても一ヶ月間のうちの一日くらいは予定を取られるだろう、と判断されている。
逆に希望者が現れないような品は後日、質屋のような場所に捨て値で卸され、その卸値が罰金の支払い額に加算される。
そして、これらの販売によって徴収された罰金は大部分が強盗の被害に遭った者たちのための補填に使われるため、盗品が持ち主の元に無事返されればそれに見合った額が罰金から減らされていくというシステムになっている。
これら罰金支払いのための罪人の私物販売を、レドルゴーグではレイデム、あるいはレイデムセールと呼んでいた。
「そんじゃあすぐにはカネにならんのじゃないか。なんで俺らが呼ばれたんだ」
「ありていに言ってしまえばストルトン家からのちょっとした意趣返しだと思います」
「意趣返し?」
「ええ。ジョージさんたち、というよりも、元強盗団の主要人物と、ストルトン家の血縁の者を纏めて抱え込んでしまったディアル潜窟組合への、という感じでしょうかね」
カルサネッタというじゃじゃ馬を引き受け、ヒルレントという叛逆者を捕まえる手助けまでしたというのにひどい逆恨みだ。しかしジョージをはじめとしたディアル潜窟組合が関わった事で現在の形になった、という見方もできなくはない。
「それは、まあ気持ちとしてはわからんでもないんだが、必ずしも俺たちからカネを搾り取れるとは限らんのだから、意趣返しにはならんのじゃないか?」
「いえいえ。ヒルレントの元々の職業をご存知でしょう? 奴隷商ですよ。しかも不正な金貸しや人攫いや、流民キャンプを襲撃してまでして搾取した違法奴隷の取引もやっていたようですから、売れ残った上で屑鉄売りすら買い取りたがらないような酷い品も多数あったんですよ。たぶんそれを、無理にでも買わせるつもりなんじゃないですかね。もちろん、押し売りに真面目に応じる必要は無いと思いますけどね」
屑鉄売り、というのがレドルゴーグでの質屋の名称である。
「なんだよそれ、人間も所有物扱い……いや、そうなんのかー」
ディアル潜窟組合に所属する事でつい最近ようやく人間と認められた二人がいた事を思い出し文句を途中で飲み込んだ。どれだけ納得いかずともこれがこの都市のルールであり、市民には当たり前の価値観として根付いてしまっているが、ジョージからしてみれば底知れない暗部である。
「おーけーわかった。というわけで姐さん、場合によっては更に厄介ごとが増えるかもしれないけど、いいかな?」
もし人間と認められない人間が売りに出されていた場合は買ってくるかもしれない。その時はまたギルドに入れてやってほしいんだけどいいかな? 暗にそう言っているのだ。
通常、ギルドはもっと閉鎖的なものである。初心者を受け付けるような比較的間口の広いギルドであっても初心者講習から正式所属までの道のりは遠く、壁は分厚く高い。
ところがランナは、更に言えばディアル潜窟組合は、ジョージという本来は得体の知れない存在を受け入れた事でもわかるほど、器の広いギルドだった。
「またメンバーが増えるかもしれないって事だろ? ハッ、否はないね」
この器が本当に広いのか、それとも底が抜けているのかは、謎であったが。
しかし、直接的な監視をしていなくとも、さすがに自分のところへは至っていたのだなと、ジョージは彼らの捜査能力に対する認識を改めた。
そんなわけでジョージは新人たちの反省会の監督を弟子二人に任せて、アッパルに案内されるままストルトン家主催のレイデムセールに来ていた。
西区の都市中枢にほどちかい地域で、上手いこと富裕層と中流層の中間に位置した市民ホールのような場所だった。なんとストルトン家所有の場所で、普段は一般に開放しているらしい。なかなか太っ腹な話だが、金貸しばかりで悪くなる一方のストルトン家の印象を少しでも良くするための、見え見えのイメージ戦略だとジョージは思った。
「ふむ、けっこうにぎわってるな。あ、光…?」
ジョージが入ってすぐ、会場の中ほどで天井から照明もなしに光がさした。それを見てアッパルがすかさず解説する。
「ああして見えるのが、元の持ち主と盗品が出会った時の合図です。神々は常に見ておられますので、二重盗品でも生産した方や生産者から正当に譲り受けた方が来て初めてああした光が現れます」
「二重盗品……」
つまり盗んできた物がすでに盗品であった場合である。二重、三重にそういった事が起きていても正当な持ち主が現れなければああした現象は起きないらしい。
実に、都合がいいというか、便利というか、甘いというか、しかも管理する側からすればずいぶんと面倒で手間のかかる処理だと思った。そこまでするという事はなにかしらの意図が神にはあるのか、あるいは神にとってこの程度は大した手間とも思わないからやっているのか。さすがのジョージもこの辺りまでは推測もできない。ただ、やはり神々は人とずいぶん近い距離にいるなという事だけは改めて思う。
「しっかし、なんでアッパルさんが俺んとこきたのかね」
「ええと、それは、色々とありまして」
ジョージいまさらながら、ストルトンからの意趣返しがなぜアッパルを通してくるのかに疑問を持った。言いよどまれ、はぐらかされ、ちゃんとした答えなどは返って来なかったが、実はジョージの方でもなんとなく予想ができている。
どうせ都市警察の中に入り込んでいるストルトンの息のかかった者が上司にでもいるのだろう。
まるで軍隊のような階級を使っている辺り、直属の上司でなくとも自分より階級が高い者の“たのみごと”は断れないに違いない。
「しかし、見事に武器ばっかりだな」
「ええ。やはりレドルゴーグに限らず、ダンジョンより産出される資源で成り立つ都市ではどうしてもそうなります。カラーランクが低かったり、そもそも潜窟者ギルドに所属していなかったりしても、いい装備をそろえればある程度安定して戦えて、それなりのドロップアイテムを集められますからね。
名家の中には浅層部をこえて上層部で数日狩りをする事を趣味にする方もいらっしゃるそうですよ。とくに、議員を継ぐ事が決定しているような跡取りの御曹司に多いとか」
いざ本職の議員になってしまえば少しでも命の危険がついてまわるダンジョンの中には一歩も入れない。だからそれまでの間にダンジョンに潜って戦果を立て、名誉としておくのが議員たちの間での軽いステイタスになっているのだ。
「ふぅん……」
中には確かにいかにも強力そうな剣や鎚を発見したが、どれも趣味にはあわない。今後またいちゃもんをつけられないためにも軽い意趣返しとやらに乗っておいてやろうと思っているジョージは、ショーケースに丁寧に並べられた商品たちをしっかりとチェックしつつも、アッパルのそれとない案内に逆らわずにどんどん人気の無い方へと進んでいく。
「あぁ、この辺からか」
すると、ある線を境に明らかに並べられている品々の質が落ちた。心なしか照明も満足につけられず、壁もパーテーションもないというのにこの一角だけ少し暗いような雰囲気すら感じられた。
「加護は無く、モノとしての性能もいまひとつ、しかも恐らく、殺人に使われた可能性もある曰くつきの品々、か?」
アッパルはことごとく見抜かれて絶句した。
関係者が絶句するほどの品を押し付けるつもりなのかとストルトン家の悪趣味さを思いながら、この中から一つか二つでも買い上げてやれば満足するだろうと当たりをつけ、どうせならとびきり悪い品を買ってやろうと思い切って品定めを始める。
直感に触れるような品を見つけられずにどんどん壁際に進んでいくと、予想通り生きた人間の形をした商品を発見する。意外にもそれは彼女一人だけしか置かれていなかったが、ジョージはその姿から目を離せなくなった。
黒い髪の毛がざんばらに刈り上げられ所々は頭皮がそのまま見えている。顔から足のつま先に至るまでまるで骨と皮の状態で、ジョージの感覚からすればこの状態でなぜ生きていられるのかが不思議で仕方ない。餓死しないとはあくまでこの世界の法則であるのかもしれないが、これではまるで死ねない呪いだった。
ジョージは壁にもたれかかって、死んだような目をしている少女の前にしゃがみこむと、言葉をかける。
「……【俺の言葉が、わかるか?】」
脈を取り、呼吸を確かめ、瞳孔を見る。どれも確かに反応はある。しかし彼女の意識が答えるまでには、少しタイムラグがあった。
ゆっくりと、少しだけ目に光が戻ってくる。もうどれくらい食事を与えられていないのだろう。あるいは与えられたが彼女が摂ろうとしないのか。自力で首を動かすのも困難そうな状況で、眼球だけを動かしてジョージの顔を視認すると、少女はか細く、嗚咽をもらした。
「あ……あ……」
必死に顎を動かして、弱弱しく感情を爆発させながら、まだそんな水分が残されていたのかと驚くほど、つうつつう、と両目から一筋ずつ涙を流した。
「【よしよし、災難だったな。今助けてやる】」
少女に話しかけるジョージの言葉は、レドルゴーグに限らずこの大陸で広く使われる公用語ではなく、遠い異国、あるいは異世界の言葉、日本語だった。




