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017-大捕り物劇の後始末 -6-

 ヒルレント・ストルトン=トーナは西スラムの某所にある隠れ家の地下に居た。


 続柄としてヒルレントはストルトン家当主の甥に当たる。当主は彼の父親の兄であるが、一夫多妻が認められているレドルゴーグでは、貴族ではないにも関わらず正妻と妾の扱いに大きく差がある家が多く、彼の父親の母も、当主の母と正妻の座を奪い合って負けたとあって、その父親からできたヒルレントはストルトン家の中で生まれついての負け組みの扱いを受けていた。


 一般人から見れば理解しきれない悪しき風習だったが、いかんせん名家と呼ばれる家々はそれが許されるだけの財力と権力を持っている。


 ストルトン家はレドルゴーグ最古の金貸しといわれており、いわゆる金融業と銀行業のような業務を主にして成り立っている。そしてそこに付随するのが、奴隷商売だった。


 ヒルレントは、彼の弟でありカルサネッタの父であるカールレオン・ストルトン=オットー・ダエナと共にその奴隷商部門を任されていた。


 本家が貸した金を返しきれなくなった相手を借金奴隷として買い上げ、商品として売る。金を貸す時にそういった“契約”をしているのだから、調教などせずとも命令に逆らえる奴隷は居ない。


 彼ら兄弟がやるべき仕事は奴隷たちを商品として管理する事。それも兄弟たちが直接やるべき仕事は奴隷名簿を書き収支を計算する事くらいだった。衣食住の世話は仕事を覚えさせるためにも商品たち本人にやらせればよかったのだ。


 じつに、楽な仕事だった。


 書類仕事に就かされる事は彼らが幼い頃から本家が決めていた事だったため、読み書きや計算、ある程度の商売の駆け引きは覚えさせられた。それだけの教育は受けたはずだったが、倫理観や道徳などというものは学ばなかった。


 金貸しの商売はバカには務まらない。ある程度の賢さは必要だが、それは賢いといってもずる賢い方に入る。その点だけが、ダンダロスと違った。


 教育によって人格を磨き、不正を働かないようにする、そんな考えが無いという事は、ストルトンもダンダロスも同じだったのだ。


 だから、ヒルレントは窮地に陥っていた。


「くそ! くそ! くそ! 何故だ! ダンダロスのバカが邪魔をしなければカルサネッタは戻ってきていた。カルサネッタさえ捕まらなければ奴らとストルトンの繋がりは証明しえない。だというのに、こちらの手の者まで議会の犬どもに落ちて……。

 どこだ、どこで間違えた。どうしたら挽回できる!」


 ずる賢さだけはあるヒルレントは、ダンダロス家のような派手すぎる行動がただの自爆でしかない事を知っている。だからといってこの状況を挽回できる策は思いつけるはずもなかった。


 腹違いの弟は憎いがカルサネッタがただの家出をしていて、強盗団などに携わっているとは知らなかった。だからあっさりと審判に応じ、知らなかった事を神の前で誓いそれを保障された事で、単に名目上の勘当を受けただけで済んだ。


 きっと奴隷商部門の管理職からも降ろされるだろうが罪人にはならない。最低限の生活はしていけるだろうし、今まで仕事をしていたノウハウはある。ストルトン家直営の奴隷商からおろされるだけで、きっと分家の分家のそのまた分家筋辺りでどこかの支店長くらいは勤めるだろう。


 ヒルレントは違う。


 カルサネッタがヒュールゲン強盗団と友人付き合いをはじめたと聞いて、まだ巷のどこでも話題に上らないような初期の頃、ヒュールゲン強盗団が持っていた良い装備など一切なにも揃っていない頃の初期費用を援助した。


 姪が可愛かったから? いや違う。その時から既に本家から預かったストルトン家子飼いの潜窟者崩れを使い、代理窃盗や代理殺人などまで商売として始めてしまおうと目論んでいた。


 ヒュールゲン強盗団というただの不良児たちをスケープゴートにする計画が成功すれば、どれだけ盗み、どれだけ殺してもその容疑は全てヒュールゲンたちにかかる、筈だった。


 そんな上手い話はない。見通しが甘かった。計画を実行する前に、ヒルレントは気づくべきだった。


 他人から恨みを買い続けるだけの行為は、そうそうに長続きしないものだと。


『と、いうのがお前が慕う伯父さんの計画、だったみたいだぞ? なあネッタ』


 地上との連絡口はひとつしかない筈の地下室で、不意に声がする。


 心もとないオイルランプの灯りは地下室の隅々まで照らせていなかった。


 声がする方にあわてて振り返ると、何かの動物を象ったらしき赤い隈取の仮面がぼんやりとうかびあがっている。


「うわあ! なんだおまえは!」

『少し小細工を、させてもらった。考えている事が全部口に出てしまう、それだけの魔法なのに、やたら魔力を食うんでな、あまりやりたくはなかったが、どうやらうちの奴隷は納得してくれたらしい。それなりに、ショックだったようだが』

「なんの事だ! どうしてここがわかった! なぜここにいる!」


 ヒルレントはわめきたてる。もし彼に魔法の素養があれば、自分の周りにまとわりつく魔力の流れに早い段階から気づいただろう。それほど、この魔力は不自然で濃密だった。それこそ、まとわりつかれた者の精神に作用してしまうほど。


 今までの彼の悩み、迷い、思い出した計画の失敗の一部始終は全て口から大きめの独り言として漏れていたのだ。


『全部聞かせてもらったって事だ。ここがわかったのは、お前が利用していた彼らのおかげだ。俺もまさか一発目で当たりを引くとは思ってなかったが。あと、なんでココにいるかだが、俺はここにはいない。だからそんな物騒な物を持ち出しても無意味だ』


 言い終えるが早いか否か、ヒルレントが振りかぶった古い燭台が仮面に振り下ろされ、すり抜ける。この仮面はただの幻影である。


『お前が利用しようとした姪っ子は、ついさっきまでお前を助けてほしいと思っていた。だが全部を聞いて、全部諦めたらしい』


 これも全て仮面の機能だった。


 独り言の魔法はジョージ自前の魔法だが、二十分以上使用するには仮面のサポートが不可欠だった。さらに盗み聞きと盗み見の魔法、幻を遠隔に投影する魔法も併用するとなるととても独力では行えない。


 さらに拾い聞き、盗み見た映像は、アラシとロックが持つ二枚の仮面の子機から空中へ投影され、ギルドホールに居る全員に生中継されていた。もちろんギルドホール内の音声も受け取っている。


 実に高機能な仮面である。


 仮面の力だなどとわざわざ言う事はないが、カルサネッタがらみでこんな事をしているのだと教えてやる必要もない。それでもジョージは自分が誰に関わる存在であるかをほのめかした。


 それは単純に、このヒルレントという男を怯えさせるためだけの行為だった。


 はっきりと、ジョージはこういった手合いが嫌いなのだ。


 自分の手を直接汚す事なく、目立つ物の背中の後ろや物陰に隠れて自分がもっとも美味しい部分を持っていこうとする。しかもそんな美味しい部分があったのだとすら悟らせる事なく。


 教育に問題があった? いいや違う。確かに彼の人格を形成するにあたってストルトン家の教育は大きく影響しているだろう。しかしジョージが仮に彼の生い立ちからここに至った経緯までを詳しく知ったとしても、決して彼を許さない。同じような教育を施された分家筋の子供たちのほとんどは、職業上人から恨みを買われるような事は多いが自ら犯罪に走るような結果にはなっていない。彼の弟すらそうなのだ。


 この状況は結局、彼が望んで選び行動してきた結果であり、救いはない。


 だから、できる限り苛め抜いてやろうと思っていた。


 しかし邪魔が入る。接近してくる多数の人間を仮面が感知したのだ。


「ああ、お迎えが来たようだ。本家ってのは意外と有能なんだな。通報してからまだ一時間も経ってないっていうのに」


 ヒルレントの余計な独白が多すぎて、カルサネッタが納得しきるまでに時間がかかったというのもある。


 ジョージは地下室に投影している仮面の幻影を、ただ「ククク」と不気味に笑い続けるだけに設定し音声送信を切った。


「おまえが通報者か」


 振り返ると、筋肉がピッチリした真っ黒の全身タイツを着ているような男が居る。


『ひい!』

『気持ち悪い!』

『なんて体躯だ……』


 仮面を通してギルドホールにいる面々の反応が伝わってくる。上から順に、マール、カルサネッタ、アラシ、といった所だろうか。


『アルゼイだ。このあいだあたしたちが倒したストルトンの子飼いの元締めだね』


 ランナだけが冷静にその男の正体を告げてくる。どうも顔見知りらしい。


「ああ。奴はこのボロ屋の地下だ。入り口は目立たないよう細工してあるだろうが、まあ見つけられるだろう。こちらの用事も済んだから、いつ捕まえてもらってもかまわないんだが、つけられるなら、一つ条件を」

「なんだ、賞金ならここに。銀貨200程度だが、決して安くはあるまい」

「いや、カネはいいんだ。こちらにも極々私的な思惑があったんでな。もらえるというなら、もらうが」


 軽口のつもりだったのだが、アルゼイという名であるらしい筋肉達磨は黙って持っていた巾着を放ってよこしてくる。


 警戒しつつ掴み取ったが、本当にただの賞金であるらしく、触った限りでは魔法や細工が仕掛けてある様子はなく、受け取った瞬間に隠れて周りを囲っている部下たちが襲ってくるような事もなかった。


「それでもまだ何かあるというのか」

「ああ。絶対に、こいつを匿うな。明日の昼までにこいつを突き出さなければ、もう一度出向いてお前らの面目を丸潰しにしてやる」


 可能な限り低く、ドスを利かせた声で宣言する。具体的にどのように、などとはいわず、自分にはそれをできるだけの能力があるのだと匂わせる。全身を覆う真っ黒なロングマントに謎の仮面。アルゼイは黙ってジョージを値踏みしているようだったが、フンと半ば嘲るように鼻を鳴らした。


「……ちと、やる事があるのでな。三日後の朝までに負けろ。その後も音沙汰が無いようならばこちらの落ち度だ、好きにするがいい」

「三日後か。それでいい」


 いかにも意味ありげな数字に察しを得たジョージはあっさりとそれを了承した。ただそれだけを返すと、すっとその場で浮かび上がる。十メートルも浮かび上がったところでマントをはためかせると、夜の闇に紛れ地上からは見えなくなった。


 アルゼイ以外の部下達は一様に驚いていたが、アルゼイはジョージが消えた夜空を黙って睨み付けながら突撃の命令を出す。次々とボロ屋へ人が入っていく姿を確認してから、ジョージはまだヒルレントが居る地下室の中に投影していた仮面の幻影の魔法を切った。


「じゃ、これから帰るから、中継も切るぞ」

『お疲れさん』


 帰ってきた声はランナのものだけだった。



 アルゼイの言った通り三日後、ヒルレント・ストルトンはまず評議会へストルトン家当主の手ずからで連行され、告発された。


 ストルトン家当主は傍系とはいえ重い罪を犯した血族を自らの手で公の場に突き出す事で自分達の名誉をいくばくか回復させたわけだが、つれてこられたヒルレントはなぜか既に、長時間の拷問を受けた後のような様子だったという。

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