002-巨大迷宮ディープギア -2-
よだれをビチダラと撒き散らしながら、ゴブリンの群れが床を覆いつくす勢いで迫る。歯車で埋め尽くされた床のわずかな起伏に脚をとられ何体かが転倒したが、群れはまったく構わず転んだ個体を器用に避けて迫っていた。
「来るぞ! 迎撃体制!」
それらに対する潜窟者たちもなかなかに統率された動きで、最前列に大きな盾を構えた重装の騎士や戦士が並び壁をつくり、すぐ後ろに弓矢や投擲武器や魔法の杖を構えた遠距離攻撃要員が続く。さらに後ろに、剣のみや小さな盾を構えた軽装の戦士たちが控えた。どう見ても偶然居合わせた潜窟者達がなんとか徒党を組んで奇襲に対応しているという様子ではない。
「おっと……運がよかったな。ゴブリンラッシュだ」
「ゴブリンラッシュか」
ロックは五階に着いた頃にはすっかりテンションを低くさせていたが、説明だけは続けるつもりがあるらしい。目の前で起きている光景の名を教えられ、ジョージはそれを復唱した。名前がつくくらいだから、定期的ないし何らかの予兆があっておきる事なのだろう。
「おっと」
「ヒイッ!」
潜窟者たちが組んだ隊列の後ろ、軽装の戦士たちよりさらに後ろにジョージとロックは控えていたが、何体かの討ちこぼしが襲ってくる。ジョージは反射的に腰から鉄の棒をとって構えたにもかかわらず、ロックは腰に下げている剣も忘れて情けなく飛びのいた。
「おいおい……」
一人で七階まで行くハメになった原因がまた一つわかった気がしたが、こうなると本当に七階まで行ったのかすら怪しく思えてくる。そんな事を考えながら、ジョージは鉄の棒を振るって防いだ盾ごと易々とゴブリンの一体を吹き飛ばし、ロックめがけて駆け抜けようとしていた一体の後ろから頭頂部を打ち砕いた。メキャと何かが砕ける音がしたが、ゴブリンは木製の小さな盾と錆びたナイフほどの剣を残して煙と消えた。
「うっ、後ろ!」
ロックが叫ぶ。
先ほど盾ごと殴り飛ばした一体は倒しきれていなかったようで、よろよろと足元をふらつかせながらも剣を振りかぶって襲ってきた。耳で大体の動きを察知していたジョージは適当に間合いを計り、振り返りざまに鉄の棒で剣を弾いて返す刀でゴブリンの袈裟を打つ。ゴリュとまた鈍い音がして、こんどは何も残さず煙と消えた。
「す、すげえ……」
ロックが素直に感嘆とした声をもらした。ジョージはというと討ちこぼしが来ていない事を確認したのち、鉄の棒を右手で持ったまま左手でポーチからカードを取り出し確認した。残念ながらまだカードは黒いままだ。
「ふむ。まだダメか」
カードを戻すとすばやく辺りを見回し、その場にへたり込んでいるロックの首根っこを掴んで強引に立たせた。
「このゴブリンラッシュってのはどのくらい続くんだ?」
「へ? いや、聞いた話じゃ昼前から始まって、昼飯時が終わった頃には終わるって」
「となると一時間半から二時間くらいか。まだ始まったばっかりみたいだし」
少し思案するとジョージは決める。
「よし、乱戦に参加するぞ! がんばってついてこい!」
「え!? ちょおお!」
首根っこは掴んだまま。取り乱すロックに拒否権は無い。ゴブリンラッシュは既に第二派に及んでおり、潜窟者勢の第二列と第三列が入れ替り乱戦にもつれこんでいた。乱戦ではたいていの場合数が多いほうが勝つものだが、ゴブリンの身体は個体差あれど概ね人丈の1/3ほどしかなく体力・戦闘力共それに準ずる。数でこそゴブリンは潜窟者達の倍よりも少し越えるほどだったが、質があまりにも違いすぎるために勢力としては一見して均衡、いや、潜窟者達が少し優っているだろうか。
切り倒されて煙と消えていくゴブリンと、手傷を負って戦線から下がる潜窟者の比率は、圧倒してゴブリンが多く、潜窟者は少ない。
「リーダーが出たぞ!」
誰かが叫ぶ。次いで、重装備で構成されていた第一列が崩れた。騒ぎの方を見ると他よりも一回り大きく装備も他よりいくぶんかグレードの高いゴブリンが屈強な戦士の構えた木製の大盾を曲刀で真っ二つに割ったところだった。
「距離があるな。あそこを目指して少しずつ切り進んでいくぞ。っておい! 剣を抜け! それは飾りか!?」
五階までと打って変わってジョージとロックの立場が逆になった。半べそかいているロックを見てジョージは呆れながら叱咤し奮い立たせた。
「あっ、おっ、おうっ」
情けない声で言われるままに剣を抜くロック。抜かれた剣を見てジョージは少し眉をよせた。
「立派な剣じゃないか。宝の持ち腐れになるぞ」
ポンポンと肩を叩いて勇気付けると、ただの鉄の棒にしか見えなかった機工刀をようやく抜き身の刀へと変え、戦線に出るべく切り込んでいく。
歩調こそ速くないが、数歩進むごとに襲ってくるゴブリンを一体ずつ確実に、一刀のもとに一体切り捨てジョージはすすむ。ロックはただその後ろについていくだけで乱戦の中を安全に進んでいた。
「おっと、たまに取りこぼすぞ」
この場におよんでなお気を抜き始めたロックにジョージは気づいた。とりこぼすと口ではいいながら、明らかに意図的にゴブリンをロックの方へ送り込んだが、ここはさすがに見習いの取れた剣士であるのか、一体くらいなら、とロックは剣一振りのもとに切り伏せる。が、やはりジョージや周りで果敢に戦っているほかの潜窟者と比べると構えも太刀筋も心もとない。
こんどのゴブリンは仲間の背を踏み台にし大ジャンプして切りかかってきた。踏み台にされた方もジョージの脚を狙って地を這うように襲ってくる。なんと連携をしてきたのだ。
「ほらよっと! 突き出せ!」
「うおっ!」
ジョージは上から来たゴブリンの一刀を簡単にしゃがんで避けると、後ろに声をかけながら地を這うように来た一体の眉間に鉄の棒を衝き立てた。指示されたロックはなんとか言われるままに動けたようで、なんの狙いもなしに突き出した剣がちょうど空中でナイフを空振りさせて隙だらけだったゴブリンの胴の真ん中に突き刺さる。
子鬼が唐突に繰り出した連携の攻撃に、そのつもりもなく突発的に成った連携で対する。それができた事をまるで信じられず、ロックはナイフだけを残し煙となって消えていくゴブリンをぽかんと見ていた。
「ほら! ボサッとしてんな!」
また叱咤されてすぐさま我に返ると、ロックはようやく腹が据わったようだった。
「お、応!」
今までと返事の声の張りが違う。警戒を怠る事なく、ジョージはロックがまとう空気が変わった事を確認して小さくほくそ笑んだ。(わざと)切りもらした相手だけでなく、背後の注意までする余裕を身につけはじめている。
その後、また何体か切り捨てながら順調に進み、とうとうゴブリンリーダーのもとまでやってきた。
既にゴブリンリーダーと切り合っているパーティーがいたが、リーダーに向かい次々と取り巻きのゴブリンが助けに入る上にリーダーそのものも手ごわいらしく、前衛後衛二人ずつの四人がかりでも苦戦している様子だ。
「助太刀しても構わんか?」
「おねがいします!」
「頼む!」
ジョージが声をかけると、後衛の片方と前衛の片方から同時に声がかかった。残り二人はゴブリンリーダーの相手だけで余裕がないらしく返事をする事もできないらしい。
「じゃあ、ロックは周りの敵からの横槍を防ぎながら、余裕があったらこっちも見学しろ。いいな?」
「わ…わかった」
比較的冷静さを取り戻しただけあって立場が逆転している事に気づいたロックだったが、いまさらそこに文句は言えない。潜窟者としての経験がまだ優っていたとしても、戦士としての資質が既に大きくかけ離れている事を思い知らされてしまったからだ。
「じゃ、余裕がある人と余裕が無い人が入れ替わってくれ。俺がタイミングを作るから」
返事をしたほうの前衛、剣士の肩にポンと手を乗せ指示を伝える。その声には何の気負いもない。
肩に触れられた剣士の反応を確かめてから、返事をしなかった方の前衛に切りかかろうとしていた取り巻きゴブリンへ向けて一気に切り込む。
一閃
迷宮内の床が一瞬揺れ、キョーリの鍛冶屋で見せた瞬間移動のような踏み込みのもと、機工刀を振るわれた取り巻きゴブリンは頭から股までパックリと割られ煙となって消える。続いて返事をしなかった方の前衛が相手にしていたゴブリンの剣を持つ手を切り上げると、助太刀を得た戦士は片手を失ったゴブリンに斧を振り下ろしてトドメを刺した。
「すまな、んっ!?」
戦士は女。突然隣に現れた相手が仲間だと思っていた彼女は見知らぬ顔の男を見て疑問符で頭の上をいっぱいにした。ジョージは構わず指示を出す。
「いったん退がって取り巻きの相手に集中してくれ、リーダーは彼と俺でやる」
ゴブリンリーダーに睨みを利かせながら、小さく手招きで合図して剣士を呼び寄せる。入れ替わりに女戦士が退きながら尋ねる。
「あ、あんた何者なんだ?」
「話は後でな」
声にはやはり気負いがない。そもそもこの乱戦の中にあって息一つ乱していない。
「こ、こちらが合わせる!」
「応」
女戦士とのやり取りをみて力量の差を覚った剣士は素直に申し出た。短く了承するとジョージからゴブリンリーダーに切り込んだ。先ほどの踏み込みもあって一瞬で終わるかとおもわれたが、リーダーの光沢のある青鈍色の盾で機工刀がはじかれる。
「さすがにっ!」
ジョージでも金属は斬れないらしい。刃こぼれをきにしながら身を開くと、ジョージの影から剣士の鋭い突きがゴブリンリーダーに迫る。盾で防げば再び機工刀が振るわれるだろう、ゴブリンリーダーは剣で防ぐしかない。
「ダメかっ!」
ガキンと金属同士がぶつかる音がした。前衛はこれで決めるつもりであったらしいが、ジョージはこれも想定内だった。冷静に、機工刀ではなく脚で盾を蹴り上げると、そのままゴブリンリーダーの盾をもつ手を切りつける。
「浅いか!」
盾に弾かれたまますぐに斬りにいったせいで溜めを作れず力が足りなかった。
「十分だ!」
腕を切り落とすまでには至らなかったが、それでも腱には届いたらしく盾を持つ手はもう使い物にならない。剣士が鍔迫り合いからゴブリンリーダーの剣を跳ね除けた。頭部がガラ空きになる。
「ゼァ!」
気合一声。ゴブリンリーダーのかぶっていた皮のキャップなどものともせず、機工刀が頭骨を切り裂いて顎で止まる、一瞬遅れて剣士の剣が心臓部を貫いた。さらに一瞬おいて、ゴブリンリーダーがボウンとひときわ大きな煙となって消えた。
煙が晴れると、剣と盾と革の鎧、切り裂かれた皮のキャップがその場に残っていた。
「リーダーを倒したぞおお!」
剣士が己の勝利を高々と宣言すると、それに応じて多くの潜窟者が雄たけびをあげた。潜窟者勢の士気は一気に最高潮に達し、対するゴブリンラッシュはあれよあれよと言う間に統率をなくした。戦局はもはや決定され、駆逐されるゴブリンラッシュが残すのは、大量のナイフと盾と、少しばかりの鎧だけだった。
今作初の戦闘描写 精進あるのみですな
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