(2)
二人で出資してワンルームを借り、そこをオフィスとするようになり、三年目の春。
寝泊まりもできるが、仕事のオンオフは別にしておきたいから、互いの住まいは別にしている、が。
「また夜通しかよ」
学園から戻ってきた鷹政が、オフィスに入るなり資料と睨み合いをしている相棒へ、呆れた声を掛けた。
「次の依頼は来週だろう?」
ワークチェアに座りっぱなしで、書類と睨み合うツルギへ鷹政は肩をすくめる。
フリーランスの仕事は厳しい。依頼一つ失敗すれば噂は業界に知れ渡るし、一つの成功くらいじゃ名前は上がらない。
プロ入り三年目、地道に成果を上げているのは、神経質なまでのツルギの下調べによるものが大きい。
「事前調査は念入りに、だ。まあ、筧は普段通り、適当に餌になってくれれば問題の無い依頼だ」
「みやはら、おまえな……」
寝不足の目をこすりながらツルギは黒髪をかきあげた。きらり、銀色の瞳がこちらを見る。
「で、お前は?」
「うん?」
「オレの取ってきた依頼……、横流ししたんだろう」
「あははははは だって、アレ2人じゃキツイじゃん。敵は手ごわそうだけど、学園の生徒がチーム作れば対応できるし、生徒相手の報酬で考えればかなりの実入りだろ」
「そればっかりだな」
「俺たちで解決できる依頼は、逃さずしっかりオシゴトしますよ」
「当たり前だ」
ツルギは溜息に溜息を重ね、ばさりと資料を投げつけた。
「その後のオレたちの依頼の詳細だ。しっかり読んどけ。オレは寝る」
「サンキュ 帰るなら送るぜ?」
「奥で寝る」
「……引っ越すなら手伝うぜ……」
小柄な相棒の背を見送り、日常的に繰り返す言葉を鷹政は口にした。
不穏な御時世、どんとこい。
宮原と組んでいれば、自分は自由に戦える。
その安心感だけは、覆らない。
鷹政は、ツルギと向かい合わせになっている己のチェアに腰掛けて、改めて書類に目を通し始めた。
夏の始まり。
遠藤 零の訃報は、突然だった。
翌日には会う約束をしていた。なのに。
雨に濡れたまま墓標の前から動こうとしない鷹政を、ツルギは言葉なく見守る。
掛ける言葉などあるはずもなかった。
(さっさと行かないから お前ら、鈍感すぎたんだよ このボケ)
悪態ばかりが浮かぶが、きっとどれも今の場には違う。
鷹政が零を、零が鷹政を、憎からず思っていたのは一目瞭然だったというのに、何をやってたんだお前らは。
「筧。行くぞ」
髪の毛先の雫を払い、鷹政は首を振る。
「……いや、もう少し。宮原は先に帰っててくれ」
「そうすることで、遠藤が戻るならな。仕事の話だ」
「気分じゃない」
「知るか、そんなこと」
学園生時代にも、悲惨な結果となった依頼はあった。
その度に、ツルギは情に引きずられる鷹政の手を引き、立たせてきた。
自分だって、零の死が悲しくないわけじゃない。
できることなら、一緒になって肩を並べて哀悼を捧げていたい。
けれど、それはきっと、零は望んでいない。
仇討ちも違うだろう。
――事件解決。
責任感が強く、意地っ張りな彼女のことだ。
きっと、槍を振りかざし鷹政を追い立てるに違いない。
「そんなことだから、お前はいつも手遅れなんだ」
どうして、それに気づかない。
惚れた相手の――
(くそっ)
ツルギは、鷹政の腕を引くと、自身の傘を無理やり押し付けた。
(子守が仕事じゃないんだ、まったく……!!)
いつの間にか、鷹政というでかい子供の面倒を見るのが習慣となってしまっていた。
くるくる変わる表情と裏表のない言動は、隣にいて心地の良いものだった。
撃退士として仕事をしていくのであれば、恐らくはずっと腐れ縁として続いていくのだろう。
諦めにも似た思いが、ツルギの胸にある。
ただ、別の―― ごく個人的な面で見れば、手を離す時が来るのだろう。
その相手は、きっと零だろうと……漠然と考えていたのだ。
プツリと途絶えた日常は、鉄面皮のツルギにも微かな揺らぎを与えた。
夏の夜、閑静な住宅街。
仕事帰りの二人は、ゆっくりとした足取りで事務所へと向かっていた。
「でさ、 ……宮原、どうかしたか?」
「なんでもない」
「顔色悪いぜ?」
「疲れただけだ」
「そりゃそうか。お前、睡眠とらなさすぎなんだよ」
「筧が眠りすぎなだけだ」
「ちぇ」
軽口はいつも通り。
心配そうに顔を覗きこむ鷹政を片手で払う。
遠く、犬の鳴き声が響いた。
「まったく、厭な条件反射が身に付いちまったな」
苦く笑い、鷹政が肩をすくめる。
二人が追っている――零を襲ったヴァニタスが、眷属として狼のディアボロを引き連れているせいだ。
「まぁ、頃合いだろう」
二人で――あるいは学園へ応援を要請するかもしれないが、無名に近いフリーランスが賞金首を討ち取ったとなれば仕事量・報酬共に跳ね上がる。
ステップアップの良い機会であるといえよう。などと言ったら、友の死を踏み台にするのかと、この赤毛は怒るのだろうけれど。
無駄にしない、という意味ではYESなのだ。
悲しむのは良い。
感傷に浸るのもいい。
けれど、糧にしなければ何の意味もない。
零は、ただ『死んだ』だけになってしまう。
どうもその辺り、この相棒は緩い。
「――……」
掛けるべき言葉を、ツルギは探す。
見つからなくて、物思いにふける鷹政の横顔を見上げる。
その、後ろ。
閃く、刃。
「筧!」
気づいたら、手は動いていた。
振り下ろされる日本刀が、自分の背を裂く。
瞬間的に、鷹政の後頭部をアサルトライフルの柄で殴りつけたが、上手いこと気絶しただろうか。
――上手いこと、この光景を目にしないで済んでいるだろうか。
目を覚ました時、きちんと、一人で歩けるだろうか――
(くそっ)
背が熱い。
痛みは不思議と感じない。
悔しいことに、頭の中は手の掛かる相棒のことで占められていた。
(オレは)
死にたくない、とは思わなかった。
ただ、これで『日常』が終わってしまうこと―― それが酷く、残念だった。
世話を焼くことも呆れることも、共に笑うことも、もうできない。
(どうか)
せめて、ひとりになっても
(筧)
お前はどうか、足を止めずに――
それが最後の意識となり、ツルギの手から愛用のライフルが落ちた。




