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その日職員寮に帰ると、ロビーのソファに誰かが寝ていた。
起こさないようにそぉっとのぞいてみると、…あの人だった。
「…祐樹さん…?」
こうやって見ると、あの朝にあったのは幻じゃなかったんだなぁ、と思う。
「ど、どうしよ…」
私が部屋に戻ればいいことなのだが、ちょっとここでいじめという物事の整理をしたかったから、少し混乱。
あれやこれやと考えた後、まぁいっかということで反対側のソファに腰掛けた。
整理のために、持ってきたノートに関係図を書いていく。
「えーっと…私で…犯人…? が、琴音。共犯者…が、香。…だよね?」
改めて確認すると、なんか不安になる。一人だし。祐樹さんは寝てるから関係ない。っていうか、教えてないから知らないだろうし。
「私が、足くじいたらいいのにって言って…現実になったんだ。香がいらつくことを言って…いじめは現在も進行中…」
「ふうん、大変だな」
「そう…さっきも!」
ちょっといらつきが復活した私は、もう一人の声が乱入したのに気付かない。
ついさっきの出来事を大音量で言う。
「靴箱開けたら、なんか手紙入ってるし!」
「え、読んだの?」
「まさか! びりっびりに破いて捨ててあげたわよ!」
琴音達の書いた字なんて読みたくもない。
「すっげぇ…よくやるな、お前」
「ふっ、それくらいしないと気がすまないし」
「で? この紫香楽宮はなんなわけ?」
ここでやっと気付いた。
紫香楽宮という単語のおかげ…。
「…誰っ!?」
もはやわかりきってはいるんだけど。
当の祐樹さんは、私の後ろで大笑い。
うっわ、腹立つわー。
「お前、気付くの遅すぎ!」
「ううううるさいですね! だって寝てたじゃないですか! 腹立ってたんですよ私は!」
恥ずかしさにおされて叫ぶ。
もうさー、自分の鈍さにあきれ果てるよね…。
「で、紫香楽宮は?」
「誰ですか、紫香楽宮って!」
「なに、紫香楽宮知らないの?」
「知ってますよ!」
紫香楽宮は、聖武天皇がうつした都の一つ。
他にもいろいろあったけど、忘れた。
京都の方にあるはず。
「じゃあいいじゃん」
「誰のことですかって言ってんですよ!」
まだ腹立ってるから、言葉が荒い。
祐樹さんは笑ったまま言う。
「漢字で書いてみろよ、紫香楽宮」
「はぁ!? 漢字って…むらさきに、かおりに…あ!?」
「わかったか?」
「…香さんのことですか…」
脱力。
わかってるんならちゃんと言ってよ!
祐樹さんって、人をあだ名で呼ぶのが好きなようだ。私のこともツキって呼ぶし。
「香さんは、琴音さんの親友だそうですよ…。書いてある通り、共犯者です」
呆れながら説明。
「へぇ…ツキも大変な状況にいるんだな」
祐樹さんがノートを眺めてしみじみと呟く。
もうやけになって懇願する。
「そうです。助けてください」
「そりゃ無理だろ!」
あっさり。
当たり前だけどさ! わかってたよ!
「…ほんとはさ、俺が気になるのは、そっちじゃねぇんだけど」
「…は?」
「お前さっき、自分の言ったことが現実になったって言ったよな?」
驚いて顔を上げると、祐樹さんの黒い瞳は楽しそうな光が揺らめいていた。
「…祐樹さん?」
なんだろ?急に…。
てか、そこから聞いてたの?
ちょっとこっちも真剣になったところで…。
「じゃあ…お前、何か楽器扱える?」
がくっ。
「ちょ、話変わりすぎじゃないですか!?」
「いいから。使える?」
何考えているんだかわからない…。答えるしかないか。
「ピアノなら…」
小さい頃から習っている。
何回も練習すれば簡単な曲は弾けるけど…。
「んー、そっか。じゃ、そのうちここの音楽室に来いよ」
「はぁ?」
さらに意味わかりませんって。
その前に、ここ? ここって…職員寮だよね?
音楽室なんてあるの?
「んじゃ」
祐樹さんは言いたいことだけいって、去っていった。
そういうところ、あまり好きじゃない。
こっちの疑問も解決していけーっ!
そして、まもなく田代先生が帰宅。
気になったこと…音楽室のことを聞いてみようとしたが、田代先生の生徒に対する愚痴を聞いていたら、忘れてしまった。
疑問は持ち越し。田代先生のせいだとは言わないが、祐樹さんのせいではあると思う。