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一緒に帰ってみたい

親愛なるルナ姉の演奏会をいつものように聴きに行ったある日のこと。

おっと、正確には三姉妹のライブって言わないとダメかな。

俺だって、ちゃんと三人全員の演奏を聴いてるんだもの。

見てるのはルナ姉ばっかりだけどね。

とにかく、俺は誰より早く来て、誰よりおそくまで残っていたよ。

ルナ姉と一緒に帰りたいからね。

おつかれさま、って言ってあげたら、「べつに」だってさ。

もしかしたら機嫌がよくないのかな。

困ったぞなんて思ったけど、一緒に帰ろうって言ったら、無表情のまま首を縦に振ってくれて、ひと安心。

向こうの方でメル姉とリリカがニヤニヤしてるけど気にしない。

比較的いつものことだしね。

みんなで一緒に帰るのもまた一興だと思うんだけど、二人は毎回「やることがある」らしいんだ。

やっぱりライブの片付けとかしなきゃいけないのかな。

もう何も機材は残っていないように見えるけどね。

手伝えることがあるなら喜んで引き受けるんだけど、楽器の手入れとかだと手伝えないし、どうしたものか。

俺が悠長に悩んでいると、ルナ姉が「行こ」って言って俺の袖を引っ張るんだ。

そんなに焦らなくてもいいのにね。

うん、って言って俺が歩きはじめると、ルナ姉は歩幅を合わせて横に並んでくれたよ。

夕暮れのすずしい風が足下の草を揺らして、さわさわ音を立てる。

遠くではカラスが鳴いていて、ああ、今から家に帰るんだなって感じがするね。

カラスがなんて言ってるか知ってる、って聞いてみようかと思ったけど、照れくさいからやめておいたよ。

それで代わりに、そろそろおなか空いたね、みたいなくだらないことを言おうと横を見たら、ルナ姉がなんか微妙な距離にいるんだよね。

いや、別に十メートルとか百メートルとか離れているわけじゃないんだ。

ただなんとなくあんまり近くないっていうかさ、こう、頑張れば間にペット一匹入れるんじゃないかっていう感じのふわっとした距離感がある気がしてね。

でも、いつもこんな距離だったかなって考えだすと、そうだったような気もするし、もうちょっと近かったような気もする。

そういえば今まで気にしたことは無かったけど、これってすごく大事なことだよね。

一回こんなことが気にかかると、もう止まらないよ。

ルナ姉がちらりとこっちを向いて「今日のライブはどうだった」とか聞いてくるけど、俺はすっかり気もそぞろ。

だいたいそんな質問、毎回してるんだからそろそろいいんじゃないのかな。

あんまり音楽には詳しくないけど、いつも当たり障りのない回答はしてるつもり。

たしか前回は、コンチェルトのスタッカートがグランディオーソでヴォルデモートだったって答えたら、一週間くらい口をきいてくれなくなった。

何がいけなかったんだろうね。

とりあえず今回は、ルナ姉がかわいかった、と答えておくことにするよ。

そしたら、ちょっと黙ったあと、「演奏のことなんだけど」って言われちゃった。

でもルナ姉かわいかったよ、って思ったまま言ったら、「ふうん、ありがとう」だってさ。

それだけ言って下向いちゃうもんだから、会話が途切れて、少し落ち着かない空気になるんだよね。

せっかく二人並んで歩いてるから、仲良くおしゃべりとかしたいんだけど、なかなかうまくいかないものだよ。

何か話しかけようとルナ姉の方をチラ見したら、俺の真横を歩くためにちょっぴり早足でてこてこ急いでて、そんでもってやっぱりうつむいてて。

もしかすると、ライブの感想が気に入らなかったのかな。

だから今日は少し俺との距離が遠いのかもしれないね。

いや、感想以前に初めから離れてたんだったかな。

もうどっちが先かは忘れちゃったけど、これはゆゆしき事態だよね。

俺からルナ姉を取ったら何も残らないし、今もすごく隣がスカスカする感じがするんだ。

この状況を打開する策といったら、ひとつしかないよね。

そう、もちろん手をつなぐことさ。

そしたら、ルナ姉を引き寄せられるし、遠くにいってしまわないように、ぎゅっと離さないでいられる。

これだと思って、右手をこう、しゅっとそっちの方に伸ばしたら、すごいなんかよくわかんないけど、空気が切れた。

遠いよ、ルナ姉。

俺の不審な行動に気づいて、ひややかな目を向けながら、「なにしてんの」とか聞いてくれちゃう。

せっかくがんばったのに、見事な空振りをさらして恥ずかしかったよ。

野球だよ俺ほらピッチャーだし、と言って何とかうまくごまかした。

あぶないあぶない。

「へえ」とだけ言って、また黙りだすルナ姉に、いよいよあせりを感じてくるよね。

ひょっとしたら、一緒に帰るのがつまらないからなのかな。

全然目も合わせてくれないし。

それどころかほとんど顔も向けてくれないんだ。

たしかに俺はあんまりおしゃべりは得意じゃないよ。

ここは少しでも男らしいところを見せて汚名を返上したいところ。

やっぱり多少強引でも手を繋ぎたいと思うんだ。

そのためにはもう半歩ぐらいルナ姉に寄らないといけないんだよね。

でもね、これが意外と難しい。

だって今日のルナ姉は不機嫌っぽいし、近寄っていやな顔をされたら俺は立ち直れないよ。

いったいどうしたらいいんだろう。

ルナ姉は相変わらずつんつんしてるっていうか、時折こっちを横目で見てくるだけだし。

ホントまいっちゃうよ。

しかたがないから、気づかれないくらい微妙に距離を詰めていくことにするか。

きっとこのやり方が正しいよね。

急に近づいてきたらアヤシイもんね。

というわけで、作戦を実行してみた。

ただ慣れないことをしたせいで、一歩目から半歩ぶん、いや、一歩ぶん近づいちゃったわけ。

もう自分でも噴きそうになったよ。

肩ぶつかったからね。

さすがに不審がられてるかなって思って見てみたら、ルナ姉がなぜか反対を向いてるんだ。

まさか怒ってるのかな。

いちおう、ごめんね、って謝ったら、「うん」って返ってきたけど、若干声が震えていた気がする。

心なしか肩も震えてるような気もする。

なんだかあきらめたほうがいいとも思えるけど、ポジティブに考えれば、やっと射程距離に入ったとも言えるよね。

これで手を握れる確率は格段にアップしたよ。

ここらで、ためしに手をぶらぶらさせてみた。

いきなり手を握る勇気はなかったけど、これで何かふとしたきっかけでワンチャンだね。

結果から言うと、これは不発だった。

まあ、俺の手がゾウさんの鼻よろしく、異常なほどしなやかにゆらゆらしただけだったよ。

この間もやっぱりルナ姉は無言で。

でもね、ここまで来たら俺も引くわけにはいかないんだ。

さりげなく手をこう、ぶつけるっていうか、自然とぶつかっちゃったみたいな感じで当ててみる。

そしたらルナ姉がちょっとだけ顔をこっちに向けて、何だろうみたいな表情をしてるわけ。

さすがに気付いたかな。

俺もルナ姉の方を見つめ返しながら、視線で語りかけてみたんだ。

手をつなごうよ、みたいなことをね。

しばらくこそばゆいノーコメントが続いたよ。

そんな中で、先に口を開いたのはルナ姉で。

そっけなく、「何」だってさ。

もう俺は泣きそうになったね。

顔で笑って心で泣いて、っていうのかな。

だからヤケになったっていうか、ルナ姉に思い知らせてやりたかったっていうか、とにかくルナ姉がぶらぶらさせてる手をぎゅって握ってやったんだ。

ルナ姉ってば、すごくびっくりしてた。

してやったりって思ったね。

しばらく二人とも落ち着かなくて、なんかそわそわしてたよ。

でもいつの間にか、ルナ姉はすこしうれしそうな顔してて、小声で「おそいよ」って。

たしかにルナ姉の言うことは正しいね。

だって目の前にはルナ姉の家が見えてるんだから。

でもね、ルナ姉のこんな表情が見られたのは大きな収穫さ。

あと少しの帰り道、ルナ姉の手のぬくもりを楽しむことにするよ。

おもむろに「今度はもっと早く、ね」って強く握り返してくれたルナ姉。

このままずっと歩いていられたらいいのに、もう玄関近くまで来ちゃったよ。

そこでルナ姉は唐突に、「そういえば家の裏にきれいな花が咲いたんだけど見に行く?」って聞いてくる。

どうしていきなりそんな話になったのか、俺にはわからなかったけど、せっかくだから見に行かない手はないよね。

しかも、もう少しだけルナ姉と手をつないでいられるんだから。

どんな花なのかな、とか考えながら、いつもより歩くのが遅いルナ姉に歩幅を合わせてみるのもわくわくするね。

ルナ姉の楽しそうな横顔を見ると、よっぽどその花が好きんだろうなって伝わってくるよ。

これは期待しちゃっていいよね。

きっとすごい花にちがいないよね、ルナ姉!

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