掃除されてみたい
うずたかく積まれた洗濯物に肩を落とすルナ姉と、突然の訪問者に慌てふためく俺が向かい合う六畳一間。
違うんだよ。
今日はたまたま散らかっているけど、普段はきれいな部屋なんだよ。
そんな弁解も意に介さないルナ姉は俺をジト目で見てきたよね。
そして無言のまま床に落ちている新聞を拾い上げる。
その新聞の日付が二週間前なんだから言い訳のしようもないよね。
さすが俺のことならなんでもわかるルナ姉、嘘はお見通しだね。
開口一番「こんなところに住んでるなんて信じられない」だってさ。
俺もここじゃなくてルナ姉の家に住みたいと思ってるよ、って言ってみたけど、「部屋の汚い人とは一緒に住みたくない」って言うんだ。
これはショッキングだね。
俺はすぐさまこの部屋を片付けることを高らかに宣言したよ。
そしたらルナ姉も手伝ってくれるってさ。
やったね。
ルナ姉と一緒なら、めんどくさいお片づけだって一大エンターテイメントに早変わりさ。
それに、出会ってすぐの頃も、部屋の掃除を手伝ってくれたことがあったから、思い出すものがあるよね。
確かそのときは「部屋が汚いと心も汚れてしまうよ」って言ってくれたね。
ルナ姉に釣り合う純粋さを目指して、嵐に遭ったように散らかっているテーブルの上をキレイにしていくことにするよ。
食べた後下げてない食器とか、出しっぱなしの調味料とかをルナ姉のいる台所に持っていく。
まあ、その台所ももちろん散らかってるんだけどね。
流しに溜まっていた洗い物と俺が持ってきた食器は、エプロンを装着してやる気満々のルナ姉が洗ってくれるってさ。
家庭的な女の子はやっぱり素敵に無敵だよね。
そんなことを考えながらルナ姉エプロンフォームに見とれてたら、「ボーっとしてないでテキパキ動く」っておこられちゃったよ。
とりあえず何かしないとルナ姉がこわいから、床に落ちてるものをいるものといらないものに分けることにするよ。
服、服、紙くず、服、鉛筆、服、服、服、紙袋、服、……。
いらないものは捨てるけど、なんかやたらと服ばっかりあって、どれが洗っててどれが洗ってないのかわからないね。
どうしたものか悩んでたら、キッチンの方からルナ姉が声を掛けてくれたんだ。
洗いものしながらでも俺が困ってるのがわかるなんて以心伝心だね。
服を洗濯したかどうかわからないって言ったら、あきれながら「においでもかいでみたら」だって。
その発想はなかったね。
俺は落ちてる衣服をかき集めて、そそくさと台所に持っていったよ。
それでもって、不思議そうな顔をするルナ姉に差し出したんだ。
ちょっとかいでみて、ってね。
言うまでもないけど、やっぱり無視されたよ。
いつもつきまとってるアホな男のあしらい方なんてよく知ってるもんね。
でも、黙ってお皿を拭いているルナ姉の顔が少しだけ赤かったのを俺は見逃さなかったよ。
照れて赤面してるルナ姉もさくらんぼみたいで可愛いね。
まあ、そうは言ってもしつこくするといやがられるから、服は洗濯カゴにぶち込んだよ。
そんでもって、ちょっとだけ床が見えてきた部屋をさらに片付けることにする。
そしたら丸めた紙がいくつも落ちてることに気付いてさ、このごみは何だったかなと思って広げて見るわけ。
ルナサ・プリズムリバー様へ、って書いてあってビックリしたよ。
そうだ、だいぶ前にルナ姉宛に手紙を書こうとしたことがあったんだよね。
散らかってるのはその書き損じっていうわけだったんだ。
あの時は結局、思いを伝えるいい文面が思いつかなくてやめちゃったんだよね。
まあ、どうせその頃からほとんど毎日会ってたんだけどね。
懐かしいなあ、とか思いながら、紙くずを拾っては読み、拾っては読んでいたよ。
そしたら一通だけ、リリカ・プリズムリバー様へ、って書いてあるわけ。
全然書いた記憶が無いんだけど、この溺れかけの水鳥みたいな字は確かに俺のものだよ。
内容を見たら思い出すかなと思って紙を広げてたら、いきなり後ろから「ふーん」とか言われたよ。
この背すじを凍らせるような、大人の女な「ふーん」の言い方はルナ姉に間違いないね。
バッと振り向いてみたら、ルナ姉がジトッとした目で俺を見てやんの。
えっ、なにこれ、どういうことなの。
俺が何も言えないでいると、ルナ姉も何も言わないわけ。
しばらく時が止まったみたいに、痛いくらいの静寂が流れたよ。
これはあれだね、よくわからないけど怒ってるみたいだね。
俺は急いで弁解をはじめることにするよ。
だって俺がルナ姉以外にラヴ・レターなんて送るわけないよね、たぶん。
何回かリリカちゃんとは話したことがあるけど、確かに素直でいい子だとは思ったよ。
かわいいし、よく笑うし、明るいし、相談に乗ってくれるし、一緒にいてすごく楽しいんだ。
だからそんなリリカちゃんに恋文を送る可能性なんて限りなく……あれ?
まあ、とりあえず、違うよ見ればわかるよ、とか言ってルナ姉に向かって勢いよく手紙を広げたわけ。
すると一瞬だけ目を丸くして、突然噴き出すルナ姉。
謎の反応に、俺はぽかんとするばかりだよ。
大笑いしてお腹を抱えながら「そんな手紙送っちゃダメよ」とか忠告してきちゃう。
何がおかしいのかと思って、自分でも文面を見てみたら、そこに書かれてたのはたった二行。
なんとかしてお姉さんとのデートを取り計らってください。
心よりお願い申し上げます。
だってさ。
いつ書いたやつか覚えてないけど、穴があったら入りたいね。
そういえば、本人に直接言うのは照れくさいから、誰かに仲を取り持ってもらおうって作戦を立てた気もする。
そのときの俺はルナ姉とちゃんとおしゃべりもできなかったんだよね。
目は合わせられないし、顔は真っ赤になるし、話せば噛むし、どもるし、会話は続かない。
でもルナ姉は、人付き合いが苦手な俺でも嫌いにならずに、相手してくれたね。
勇気を出してデートに誘おうとしたとき、緊張して、あのその、しか言えなかった俺に笑顔で「どうしたの?」って言ってくれたルナ姉。
結局言えなくて、手紙でも伝えられなかったけど、あの時のことを思い出すと、つらいときでも元気が湧いてくるんだ。
でもね、ルナ姉、今ではデートしようって直接言えるよ、デートしよう、ね、俺、成長したでしょ、って言ったら、「心が汚れてる人とはデートしないわよ」だってさ。
じゃあ、片付けが終わったらどうなの、って聞いてみたら、そっぽ向いて「そういうことは終わってから聞きなさい」って言うんだ。
そんなのズルいよね。
デートしてくれるの?
それともしてくれないの?
これじゃあ気になって掃除に集中できないよ。
いままでずっと俺の心が乱れてるのは、一体誰のせいなんだろうね。
几帳面なルナ姉のことだから、掃除が終わる頃には俺の心も整理整頓してくれるはずだよね、ルナ姉!