storry:7~[思いがけないこと]~
翌朝、少年の教室で[ヤー酒]を飲まされた生徒がうめき声をあげていた。
遅刻したのだ。
かろうじて呼吸は出来るようだが、その生徒ののどは紫色に変色し、二倍に膨れ上がっている。
マルドラ先生は厳しい口調で言った。
「皆も眠いのだ、ミスターセレナ。お前だけが許される行為ではないのだぞ」
セレナと呼ばれた少年は昼休みにチャーリーとサッカーゲームをする一員だ。
髪は赤髪で、普段は活気のある明るい生徒だ。ただ、今だけは違う。
クラスメートは、どうしたら良いものか、苦しんでいる友人をどうにかして許してもらえないだろうかと、いつもとは違った雰囲気で教室はざわめいていた。
少年はセレナを見て、『いい気味だ』など思うわけも無かった。マルドラがヤー酒をまた生徒に飲ませようとした時、少年はセレナをかばっていた。
少年の髪にヤー酒がかかると同時に、激しい頭痛が少年を襲った。
「うわあぁああああ!!」
少年は呻き声を上げた。
つい最近のたわしでこすった傷がまだ完全には治っていなかったのだ。
「ぐっっ・・・っ!!」
少年は両腕で頭を抑えながら片膝をついた。
・・・が、少年はすぐにマルドラの顔を見上げ睨みつけた。
「先生の言っていることは正しいと思います。でも、生徒を苦しめ、痛みつけるこの処罰は間違っています!僕は雑用だからだと、昔先生がおっしゃっていましたがセレナは生徒です。遅刻をしただけでこんな仕打ちは酷い!!」
「黙れ!ケイム!!俺だって眠いのだ!」
「それでは話になりません!」
真剣な表情で少年は言った。そして少年は、未だに苦しむセレナの腕を持ち上げ、立ち上がり一階にある保健室へと運ぼうと入口へ向かった。それを手伝う者が5、6人席を離れた。皆、セレナの友人だ。
少年達が教室の入口を出ようとした時、後ろの方からマルドラが少年に言った。
「言ったはずだぞチャーリー・ケイム。朝の鐘がなる前に教室に入らなければ処罰を与えると。皆同じようになぁあ!!」と言い終わる前に少年が反発した。
「その処罰が間違っていると言ってるんです!!」
少年は先生に何も言われることなく、セレナを保健室へと運んだ。
「チャーリー・ケイムとセレナ・ハドルソン意外は戻って来い!授業を進める。君達が勉強に遅れてしまうぞ」セレナの友人は、苦しむセレナを見て心配そうにしながら仕方なく教室に戻った。
保健室には丸い眼鏡をかけた金髪のイーリン先生が自分の席で生徒達の名簿を眺めていた。
扉は開いていたため少年は顔だけを出し先生を呼んだ。
「失礼します。イーリン先生。セレナが…」
「わッキャー!?…ミ…ミスターケイム!!」
先生は少年を見るなり、右手に殺虫剤、左手に蠅たたきを持ち始めた。
「イーリン先生。大丈夫です。中には入りませんから。セレナをここに座らせておきます」
少年は弱ったセレナをその場に優しく壁に寄りかからせ、「その痛みも苦しみも数分もしないうちに癒えるから、もう少しの辛抱だ。喉の腫れは治るのが遅いと思うけど」
と、静かに教えると教室へと足を動かした。
すると、セレナがかすれた声で何かを言った。
少年はセレナの方を向き、「え・・・?」と聞き返した。セレナが少年を真っ直ぐ見つめていた。そして少年はセレナの言葉を今度ははっきりと聞くことができた。
「ありがとう」
前にも、今回と同じ様にセレナを助けたことがあったがお礼は言われなかった。
少年自身、礼など求めてはいなかった。
少年は驚きを隠せなかった。「またね」と一言おき、その場を去った。嬉しかった。
セレナが自分に礼を言ったことに対しての喜びよりも、誰かが自分に温かみのある言葉を投げ掛けてくれることの方が、少年にとって喜びでもあり心の薬ともなっていた。少年は自分でも気付かないうちに寂しさを感じていたのだ。
それからセレナは、何事も無かったかのように復帰したが、少年に話かけることもなくいつもどおりの生活を送っていた。
少年も相変わらず先生に敵視されている。
変わったことと言えば、食事を抜かれて五日目の夜(セレナの件から二日目)から、あの平たい石の上にできたてのパンと牛乳の入ったビンが置かれていて、近くの地面に
『お疲れ様。美味しく召し上がれ』とメッセージが書かれていた事だ。
セレナではないハズだ。マルドラやダズエル達でもなければ、少年に思い当たるふしがあった。
あの不思議な声の人かな…
朝や昼の時は無かったが、夜だけでも充分だった。少年は有り難くパンと牛乳を食べ始め、気持ち良く朝を迎えた。
ダズエルから食事を抜かれて十日目の朝、
「あ~あ。あの温かいパンも美味しい牛乳も今夜で最後かぁ…」
少年は思いきってダズエル先生に悪口をぶつけて、一生食事抜きにしてもらおうかと本気で考えたが、そんな馬鹿げた事はしなかった。
そして夜、最後の牛乳とパンを手に取りいつものメッセージを消した。すると消したハズの文字がふたたび浮き上がってきたのだ。
それを読んだ少年はゾッとした。
文字はこう書いてある。
『すぐにそこから逃げなさい。黒い人があなたを探しているわ』
と、次の瞬間、文字は勝手に消えた。
少年はその場に立ちすくんでいたが、すぐに部屋に入った。この日初めて階段を踏み外し転んだ。
牛乳やパンは無事だが少年は肘と膝を擦りむいてしまった。
しかしそんなことはどうでもいい。
勝手に浮かび、消えた文字。奇妙な内容のメッセージ。男の人からの差し入れかと思いきや女の人だったという事実。
どれもこれも少年にとって信じ難い出来事だが、少年は自然にそれらのことを受け入れられた。
最後のパンもへったくれもない。少年は急いでパンを口に入れ、牛乳で流し込み、部屋の中を駆け回っていた。
どうすればいい?
どこに逃げればいいのだ?
寮にいて良いのか?
黒い人って誰だ?
色々考えた。
しばらくすると、少年は逃げることを考えず、黒い人というのが誰なのかを考え始めた。
明日来るのかな。
男の人かな。
もしかしてあの声の人?
「まっさか~」
少年は考えるのをやめ、ベッドに寝そべった。
夜空は相変わらず曇っていた。風が吹いている様子もなく、いつもどおりの静けさだった。
少年はベッドの上で違う事を考えていた。
最初は差し入れやメッセージをくれた人のことを考えていたが、自分はこのままでいいのか、いつここを抜け出せるのかを自分自身に問いかけていた。
答えは見つからない。
父親のあの言葉が蘇る。
「必ず迎えにいくから」
ため息をつき天井から目を離し、部屋の方を何気なく向いた。
すると突然、いきなり顔の黒い人が目の前に立って現れた。焦げたような顔をしている。目や鼻、口が見えない。
少年は驚き、すぐにその場から逃げようとしたが体が動かない。目をそむくことすら出来ない。
すると黒い人が大きく口を動かし少年に何かを話し始めた。
その声は重く、暗く、濁りがあり、性別の判断がつかなかった。
・・・・黒い人は少年にこう言った。