storry:2~[ダズエル先生]~
少年はため息をつき、下へと向かった。
「まあまあ!なんです!?そのホコリまみれの制服は!!…まったく!!いい加減、私に注意されないように……ちょっと!その不衛生な姿で私に近寄らないでちょうだい!!」
3mも少年の先にいる先生はそこから二歩程下がった。少年はその場で、白くなった制服を叩いた。
包帯に捲かれた右手が痛む様子はない。
空はいつの間にか灰色の雲に埋め尽くされていた。
生徒達の声はもちろん聞こえない。
皆、五分ほどの掃除時間を終え、校舎内にあるそれぞれの教室にいた。
校舎入口付近になると急に先生が止まった。
そして少年の方にくるりと体を向け、また少年から二歩ほど離れた。
「授業が始まる前にチャーリー。お前はそこの水道場で頭を洗いなさい。臭くてたまらないのよ。その頭。そこにあるたわしを使っていいから。まあ!何やってるの!蛇口の水じゃないわ。そこの下の方においてあるでしょ?そうよそれ。そのバケツの水を使いなさい!」
少年は上着をぬぎ、緑色の藻が生えたバケツの中に、たっぷりと張られた泥水を使って、言われたとおりにした。
少年はとくに嫌がる様子もなければ、刃向かう様子もない。
ボロボロのたわしが鈍い音を出し始めた。
「何をやっているのです?」
校舎の入口から男性がでてきた。体型は小柄で、太っているわりには足が短く小さい。彼はまるで足を痛めたかのような歩き方でこちらに近づいてきた。頭はボサボサだ。
少年はまだ頭をこすっている。
「こんにちは。ウェイス先生。この子、頭が臭くて…。今洗わせているところですのよ。」
干物の先生は少年の方を見ながら言った。
ウェイスと呼ばれた男性は水道場にしゃがみ込んでいる少年を幾度か見ながら干物の先生へと近づいていた。
「いつも大変ですな。ダズエル婦人。あ。いえ…先生。でもねぇ…」
そう言いかけると、ウェイスは地面に置かれた少年の上着を指で摘みあげ、
「これも臭いから洗わせたらどうでしょう。」
と、そのままバケツへ投げ入れた。
干物の先生は笑った。まるで烏が大声で笑ったかのように。ウェイスは静かにニヤリと笑った。
少年の、頭をこする動作が少しだけ止まったが、すぐまた長靴を洗うがごとく、自分の頭をこすり始めた。
少年はそれでも無表情だった。
「それでは、ダズエル先生。僕はこれで失礼します。可愛い生徒達が待っているのでね。」
少年の上着を摘んだ二本の指に香水を大量に振りまきながらウェイスは言って、入口へと戻った。
途中で転んだが何事もなかったかのように学校の中へと消えた。
「さて。チャーリー。私も他の生徒さん達の元へといきます。あなたもすぐに自分のクラスにお戻りなさい。すぐですよ。いいですね。」
そう言ってタズエルは校舎内に入った。
少年はたわしを動かすのを止め、濡れた上着を絞り込んでそれを羽織った。
すっかり重たくなった制服は泥臭く、赤色の生地は茶色っぽく変色した。
少年は濡れた髪をかき分け、そのままの姿で校舎入口に向かって歩いた。
少年の歩いた後の白いコンクリートには濡れた靴底の足跡と、髪の毛先からしたたった水滴が赤く染まってポタポタと落ちていた。