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不具の娘(1)

 新鮮な食材や、地方では見かけない上質な布地も勿論だが、王の膝元とも呼ばれる王都の市場(マーケット)には魔法に使用する小道具や、精霊の力を宿した宝石等も売られている。

 そんな小道具を扱う露店の前で、購入する気配も無いというのに騒いでいるのは若い青年四人。


 彼等の出で立ちを人垣の合間から覗いたフィリアスは、思わず渋面を作った。


 四人が身に纏う黒に近い濃藍の上質な長衣(ローブ)には、金銀の刺繍で細かな装飾が全体に施されていて、非常に美しい。その左胸部分に輝く、大粒の宝珠で作られたブローチは細工も勿論だが光の加減で発光しているようにも見え、見る者をハッとさせる。

 特に、四人の中でも中心人物らしい、フィリアスと同年齢程に感じられる銀髪の青年が見に付けているブローチの色は、海の水とも湛えられる美しい薄青色をした藍玉アクアマリン。他の者も、宝珠の色は異なるが、皆一様に一定以上の魔力マナを有しているようだ。

 間違いない、"王立魔導学院"に所属している魔導師ウィザード、それもかなり魔力の高い魔導師である。



「お前……この、粗悪品……」

「売り…だと……笑わせる……」



 距離がある為、一言一句聞き漏らさない事は出来ない。

 ただ、漏れ聞こえる会話から、どうやら店の店主へ絡んでいるようだ。背の高い魔導師が王都の市場でこのような粗悪品を、と周囲に集まる皆にも聞こえるように仰々しく声を張り上げているので、最前からこの光景を眺めている者には煩い程に聞こえているだろう。

 また、冷や汗を流しながら謝罪している店主へ向けられた八対の瞳には、自分への高い誇りと、過度な自信が満ち溢れて傲慢すら感じられる。


 居るのだ。人より魔力が高く、学院に入れたからと途端に自信過剰になる者達が。


 勿論、礼節と儀礼を重んじた魔導師達の方が圧倒的に多い。それでも、白に黒が一滴落ちると目立つように、礼儀に欠けた存在がどうしても目立ってしまうのは些か仕方の無い事だ。王都での彼等の存在は、出来るだけ関わり合いになりたくない人種であった。

 その為か、四人の魔道師と店主を囲う人垣は、この状況を不憫にこそ思っても店主を助けようとする者は一人としていない。

 逆らったら――何をされるか分からない。

 そんな仄かな恐怖に身体を捕らえられ、動けない。動かない。


 

「フィリちゃん……やめておきなよ」



 だが、残念ながらフィリアスは謂れのない事を上から目線で言われて我慢が出来る性格ではない。それが、自分に対するものでなくとも、市場(マーケット)の皆は顔馴染みなのだ。

 誰も行かぬなら、乙女の平手で目を覚ましてやろう。

 つい先程まで見て見ぬフリをし、自分に被害が来ないうちに離脱しようと思っていた事など遠い彼方へと忘却したフィリアスは、しかしながら隣から掛けられた声に人垣の前へ進めようとしていた足を止めて隣を見た。


「おばさん……。 でも、元々お守りくらいの魔導具マジックツールを置いているお店なのに、あんな言いがかり……!」

「フィリちゃんの気持ちは分かるけどねえ……」


 恰幅の良い中年の女性は、フィリアスが良く利用しているパン屋の女将だ。

 今にも前へ突進しそうなフィリアスのスカートを軽く摘んで止めると、普段なら皆がほっと安心するような笑顔ではなく、何処か困ったような弱い笑顔で首を軽く振った。

 

「やっぱり駄目だよ。 フィリちゃんは良い子だけど、怪我させたくないし」

「おばさん……」


 よっぽど女将を呼んだ声が情けなかったのか、おばさん、と呼ばれた女将は何時もの生気に満ち溢れた笑顔を満面に浮かべた。その侭、ぽんぽんとフィリアスの頭を軽く叩く。


「店のダンナも分かっているさね。 何、もう暫く我慢するだけだよ……フィリちゃんがそう思ってくれているだけで、あたしたちゃ嬉しいんだから」

「……ごめんなさい…」

「謝る必要が何処にあるんだい!買出しの途中だったんだろう?早く終わらせといで」


 未だに店主へ文句を挙げ連ねている魔導師達が気になって、中々動こうとしないフィリアスの背を女将は人垣から押し出す形で押すと、「後は任せな」とばかりに片目を瞑って見せた。

 その明るい表情に、漸くフィリアスも小さく笑顔を見せると軽く頷いた。



●●●●●



 去年の夏、フィリアスは怪我を負った。

 丁度今と一緒で、最早其処等のごろつきと変わらぬ程の傲岸不遜な態度を貫いた挙句、ぶつかったから、という理由だけで幼い子供に手を上げた魔導師に楯突いた為だ。

 激昂した魔導師は、あろうことか大通りの往来で電撃系の攻撃魔法を無差別に放った。捨て身でフィリアスが魔法を避ける事無く突進し、魔導師を取り押さえていなければ、被害は周囲に居た見物人や建築物にまで及んでいただろう。

 しかし、その代償は大きい。直接魔導師に触れた右腕と右手は、電撃で身体の皮膚や細胞を切り裂かれ、暫くの間動かせなかった。

 多少は不便な時期もあったが、行った行為自体にフィリアスとしては全く後悔は無かった。ただ、その事を知っている女将の脳裏に、去年の夏と同じ景色が広がったのかもしれない。


 後悔は無くても、皆に迷惑を掛けたのは事実であり、真実。

 嫌だ嫌だと駄々を捏ねる程に幼くは無く、それでもやっぱり胸の奥に蟠る(わだかまる)感情が拭われる慰めにはならない。

 四人組の顔はしっかりと覚えている。後からこっそり呪詛でも掛けてやろう。

 自己満足(エゴ)此処に極まれりだが、フィリアスは一先ず溜飲を下すと果物が入った籠を両手に持ち直して歩き出した。



『エル・リヴェ・ハーヴォ』


――ぱんっ、ぱん!


 

 背の高い魔導師が紡いだ呪文スペルは、忽ち対象に向けて発動された。

 水の入った風船が割れたような、水分を含むものが破裂する音が辺り一帯に響き渡ると、ざわめきに満ちていた往来は一瞬にして水を打ったような静けさに包まれる。

 一体何を、と皆々の瞳は恐々とした色を湛え、自分や隣の者が被害にあってはいないかそれぞれに視線を巡らせるが、誰も何ともない。



 では、一体……?



 そう思った皆が、呪文を唱えた魔導師へと視線を移動させる。そして、冷笑を湛えた魔導師の視線の先に映る人物の姿を漸く確認すると、一様に息を呑んだ。



「見ろよ。 あそこに不具の娘が居るぜ」

 軽蔑したような声が響く。



 呪文は、対象物を内側から破裂させる魔法。

 魔導師はフィリアスの持っていた籠の中の果物を、魔法で破裂させたのだ。



 あ、ちょっと泣きたい。

 果物が破裂した衝撃で、果物の果汁塗れになったフィリアスは、少しだけ心の中で泣き言を零した。




藍石(アクアマリン)

主な宝石言葉は沈着、勇敢、聡明。ラテン語で"海の水"と呼ばれ非常に美しい、澄んだ水色をしている。航海・海難防止の守護石でもあり、古くから船旅や海で働く人々のお守りにされています。

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