驚きと、喜びと(2)
「……へ?」
余りに唐突なイクトゥースの言葉に、フィリアスは間の抜けた声を上げた。
ヴィーツェルアとミルフェリアも似たり寄ったりな顔で、イクトゥースを見ている。だが、その視線を一身に受けている王族の青年は至って真面目な表情だった。
それが、余計にフィリアスを混乱させる。
「どういう、こと?」
「……アイシェール。 御前は、王族に連ねる血脈ですら出生は稀な、精霊と言葉を交わす存在であり、“月代の君”をその身に宿している……言わば、何もかもが特異中の特異」
言葉尻に疑問符を連ねて生み出した声に応えたのは、事の成り行きを静観していたジェラルディアスだった。フィリアスを始め、一斉に皆の注意が向くのを確認するように一拍置くと、あくまで事実を語るように、淡々と口を開く。
「呪文を唱えられぬのでは無く、唱える必要が無い存在。 神に愛されし精霊の愛し子――今迄御前が下町でのほほんと暮らせていたのは、その事を"上"が気付かなかったからだ」
だが、とジェラルディアスは言葉を一旦区切ると、切れ長な藍色の瞳をフィリアスへと向けた。
奇麗な顔立ちに、どこか苦し気な表情が過ぎったと感じたのは、気のせいだろうか。
フィリアスとは比べられない程の尊き大貴族で、一番最初に感じた印象だって良くも悪くも貴族らしいものだというのに、彼はこういうちょっとしたところが妙に優しい。
「…言わば、学院は御前への檻だ。 正か邪か、未だ判断の付かぬ"危険因子"の御前を囲っておく為の、檻」
「あんまりな言い方ですわ!お姉さまは、危険な方じゃありません!」
「ミルリィ……」
憤慨したように声を荒げるミルフェリアも、言葉には出さないが眉間の皺を深くするヴィーツェルアも、言葉を濁さず真っ直ぐに伝えてくるジェラルディアスも、形はどうあれ心底に案じてくれているのが分かる。
場違いでも、フィリアスは表情が緩むのを抑えられなかった。
その侭、静かな光を湛えた青金石の瞳を持つ青年へと向き直る。
「…だから、私を学院に?」
そう、と首肯が返ってきた。
成程、確かにもし万が一フィリアスに何かが起こったとしても、力有る魔導師達の集う学院なら、影響は最小限で済む。
自分も逆の立場だったならきっとそうするだろうなあと妙に達観した思考が冷静に状況を把握する為、怒りや悲しみは全く無かった。
けれど、イクトゥースは少し違ったらしい。
つい先程迄誰よりも落ち着いた表情だったというのに、今は溢れる何かを理性で堪えるような顔付きでフィリアスを見据えている。
「君は自力で受かりたいと言っていたから、何も言わなかった。 ……でも、流石に今回は隠さない訳にもいかなくて、君は"見えている"と口添えした途端コレだ」
瞳の奥で小さく燻っているのは、怒り、だろうか。
嗚呼、此処にも一人。フィリアスの身を案じてくれる人が居る。
それだけで、胸の芯がじんわりと温かくなるような心地を覚えた。
心配してくれているのは、人だけで無い。
先程からずっと、フィリアスの周囲を舞う小さな光の粒子――精霊達も又、声無き声でフィリアスを案じてくれている。
此処でその事を知っているのは、イクトゥースだけではあるのだけれど。心持ち険しかった彼の表情が、少し柔らかくなったのはきっと。
「……でも、入れるんだよね…私、学院に」
どんな理由であったとしても。
「学院に入って、沢山勉強して――…」
何時か、上位魔導師の位を冠し、嘗ての約束を。
その為に、辺境の村から一人王都まで来たのだから。
ハッとしたように奇麗な瞳を見開いて、見詰めてくるイクトゥースに何故だか無性に笑いが込み上げてきて、フィリアスは一人大きく唇を撓めた。
「いつかきっと。 イクスの隣で、お手伝いするんだ」
もう、目を逸らさない。
今、此処に集う人達を。世界に在るいつくしみ深い精霊達を。
フィリアスは両の指先を緩く組み合わせると、祈るように目を閉じた。
「だから、私。 学院に入るよ」
新しい日々は唐突にやってきたけれど。
きっと、大丈夫。何があっても、きっと大丈夫だ。
フィリアスは目を開くと、薄紫色の瞳へ皆を其々映し出し、笑みを深めた。
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以下余談
「お姉さまったら……あれではまるで求婚のようですわ。 …そんなお姉さまも素敵ですけれど!」
「きゅうこ……!?いや、ミルリィ?あのね…」
「ああ、私にもお姉さまのような気概溢れる殿方が現れないものかしら…」
「ミルリィ?おーい?」
「聞いてないみたいだね」
「……ううっ」




