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災禍の種(1)

 フィリアスは、ずきずきとした後頭部の痛みと寒さで目を覚ました。

 何だか随分と寒い。昼は汗ばむ程に暖かい春先とて、夕方を過ぎたなら衣服一枚では肌寒い季節である。寝起きの明瞭としない感覚の侭、手近な毛布を巻き付けようと動いた手が、はた、と停止した。


 ここは、自分の部屋では無い。


「ッ……!」


 意識を失う直前の出来事が、突如鮮明に記憶へ浮上し、身体へ受けた衝撃を思い出すように身体が小さく跳ねた。ああ、思い出してしまった。

 あの魔導師ウィザード達に散々追い掛け回された後、あろうことか街中で攻撃魔法を使った挙句に眠らされて――其処から、フィリアスの記憶は欠落している。急に頭を動かすと鈍い痛みが増す為、そっと後頭部を片手で押さえながら、フィリアスは寝ていた石床から身を起した。身体中がギシギシと悲鳴を上げている。

 固い石床の上で寝ていれば、身体も冷えるというものである。

 フィリアスが眠りの魔法で意識を失った時間より、随分と陽は夜に傾いたらしい。

 室内は真っ暗で、明りの一つも無い。微かに羊皮紙のような香りがする事から、恐らく何処かの納屋や倉庫のような場所だと見当は付くものの、未だフィリアスの目は闇に慣れておらず、室内の広さすら分からない場所を不用意に動く事は躊躇われた。


 あの時、強制的な眠りに引き摺り込まれてゆくフィリアスが最後に見た、魔導師の目が映していたのは――嫌悪と蔑みと、微かに見えたのは、焔の如くに揺らぐ憤怒であった。

 分からない。学院の中でも、そこそこの魔力マナを持っているように見受けられた彼等から、どうしてあのような目を、此の様な扱いを受けねばならないのだろう。


 多少明瞭となってきた視界を、より明白にするべく何度も目を瞬いた薄桃色の瞳に、ぼんやりと室内の様子が映り込む。フィリアスが寝かせられていたのは丁度室内の中心に当たり、冷たい石床から壁には沢山の棚や、鍵の賭けられた戸棚が浮かび上がっている。納屋か、倉庫だと思ったのは間違いでは無かった。しかし、ただの小屋では無い。

 幾つもある戸棚には、納めきれない程に沢山の小道具が置かれていた。

 宝珠と思わしき水晶珠や、鎖で厳重に封をされた小箱。動物の頭蓋骨に、埃を被った本、羊皮紙の束、何が入っているのか余り考えたく無い瓶など、普通の倉庫では先ず有り得ない代物が大量に保管、いや、物置化して置かれている。



――学院?



 闇に目が慣れたフィリアスは、室内を見回してはて、と首を傾けた。


 此処に置かれているのは、大半が魔導具マジックツールだ。

 お守り程度なら市場(マーケット)でも簡単に手に入るが、其れ相応の力を宿す魔導具はみだりに人が使えば、中には暴走を招く危険なものもある為、大概が管理・保管されている。その魔導具が、王都でこれほど無造作に、大量にある場所等学院以外にフィリアスは思い至らなかった。

 どうやら、あの三人組はフィリアスを眠らせた後、わざわざ学院まで連れて来たようである。

 学院に居た事を、あれ程嫌悪していたのに、何故?尽きぬ疑問と、不安に沈んでゆきそうになった思考を留めたのは、外から微かに響いてくる声であった。


 背が高く、市場でも学院でも、一番にフィリアスへ何かと突っ掛かってきた魔導師の声。

 確かバッシェ、と呼ばれていた青年。フィリアスは全身を強張らせた。

 中傷には多少慣れているといっても、明確な拒絶や悪意を素知らぬ顔で受け続けられる程、フィリアスの精神は熟成も、達観もして居ない。負の感情は知らぬ内に、心へ澱のように沈殿して体積を増してゆくのだ。

 ましてや、誘拐まがいの扱いまで受けた後である。咄嗟にフィリアスが逃げようとしたのも無理からぬ事だった。

 

 逃げたい。隠れたい。


 そう思っても、唯一の出入り口には鍵が掛かっているのかビクともせず、採光の為だけに作られたと思わしき窓も小さすぎてフィリアスの身体を受け入れられる程の大きさもない。

 出来るだけ扉から遠い壁際に逃れるしか術のないフィリアスは、軈て(やがて)鍵を開ける音と共に開かれた扉の先に佇む影を、絶望的な面持ちで見詰めた。



「起きたか。 逃げもせぬとは殊勝な事だな」



 予想通り、バッシェだ。

 チラリとフィリアスへ視線を寄越し、嘲笑混じりに笑う。


 鍵が掛かっているのに、どうやって逃げろというのだ!

 しかも、扉の鍵には微かに魔力マナが感じられた。恐らくはバッシェのものだろう、容易には開かぬように鍵と魔法で封じられた扉を、フィリアスが開けられぬと知っていての言い草である。

 ふつふつと湧き上がる怒りに任せて、フィリアスはバッシェを睨み付けた。


「一体どういうつもりなんですか」


 バッシェへの嫌悪感を抑えて、落ち着いた声を出せたのは我ながら賞賛に値する気がする。何せ、最初の出会いから今迄で、された事と言えば悉く(ことごと)フィリアスを不快にさせる事ばかりなのだ。

 本当なら今すぐ掴みかかって、喚き散らしたい。


「御前は俺達よりも力が有るのだろう?その力、貸してもらおうと思ってな」

「……貸す…?」

「何、"風の詠み手"が賞賛する程だ、全く以って問題は無いだろう」


 扉の入り口に凭れ掛かり、薄く笑った顔であくまでもバッシェは余裕を崩さない。

 怪訝な顔をしたのはフィリアスだった。あれ程にフィリアスよりも"下"だとヴィーツェルアに言われ、激怒していたというのに、この変わり様。

 更に、力を貸せ?フィリアスの脳内に警告が響き渡る。

 思わずバッシェから逃れようと、後退りした身体が壁にぶつかり、フィリアスは絶望的な気分に陥った。


「来い」

「!」


 ろくでもない厄災に巻き込まれている。

 大股で近付いて来たバッシェに、遠慮の欠片もなく片腕を捻り上げられた。幾ら仕事で日々動き回っているといっても、フィリアスの性別は女だ。

 細身でも長身で、何より男のバッシェに力で叶う筈もなく、苦痛の中で抵抗してもずるずると引き摺るように外へ連れて行かれる。

 しかも、どうやら王都で使われた電撃の魔法が未だ効力を持っているらしい、微かに痺れの残る身体では抵抗も最初の内で、望まざるに関わらず、フィリアスは扉を潜った。




●●●●●




 暗い。

 月が空に出ていないだけで、星の明りがないだけで、人の心は簡単に不安に染まる。


 それとも、とフィリアスは周囲に視線を巡らせた。

 予想通りにどうやら此処は学院の敷地内らしい。ただ、随分と外れの方らしく、学院でも一番高い建物である大鐘塔(グランドベル)が森の向こうに、やっと少しだけ確認出来た。

 この森が、何もかもを沈黙で覆い隠そうとしているように見えるからだろうか。



「準備は出来たか?」

「ああ、完璧だ。 これでジェイを見返してやれるな」

「アイツの驚く顔が目に浮かぶぜ」



 バッシェに連れてこられたのは、先程の小屋か倉庫かの建物から少し森の奥へ入ったところにある、自然の広場だった。そこには、夕刻フィリアスを追い掛け回した二人が既に待っていて、何やら不穏な会話を交わして笑っている。

 ――ジェイ。市場(マーケット)では、纏め役だと思っていた銀髪の青年。

 四人は仲間だと思っていたが、どうやらフィリアスの思い違いだったらしい。表は付き従う振りをして、その実、三人の腹の中では真っ黒な思念が渦巻いている。

 そういえば、講義の時も追い掛け回された時も、あの銀髪の青年は居なかった。

 とすると、この誘拐もどきは三人の独断か。成程、表面でも謙る(へりくだる)のが三人はどうやら嫌になったらしい。

 三人(と後一人)で勝手にやってくれれば良いものを!フィリアスは今此処にいない、ジェイへ軽い恨みを乗せて遠い目をしたが、強く腕を引かれた事で飛んだ意識を浮上させた。


「何を――っ、痛!」


 鋭い痛みが片手の指先に走る。

 何時の間に取り出していたのか、小振りの短剣(ナイフ)でバッシェがフィリアスの指先を切りつけていた。見る見るうちに傷口から鮮血が溢れ出して、ぱたぱたと地面へ落ちてゆく。

 乙女の柔肌に傷を付けるなんて!と、半ば唖然として自分の血液が落ちてゆく地面へ視線を落とした侭、フィリアスは硬直したように動きを止めた。



 この広場中を覆い尽くす程、地面に巨大な何かが描かれている。

 そして、フィリアスの血が触れたところから、線が微かに震え、淡く輝き始めた。



 実際に見た事も、した事も無い。

 だが、フィリアスは知識として知っていた。



 認められし者には偉大なる力を与え、然して見誤れば忽ち(たちまち)裁かれるという。





 これは――……




「召喚魔法陣……!?」




 冷や汗が溢れるのを抑え切れないフィリアスの呟きに、傍らのバッシェ達三人が慄然とさせる笑みを湛えて、嗤った。 



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