五年目の落ちこぼれ
「……またか?」
「またらしい。 まあ、あの有様は最早この街の恒例行事というか……なあ?」
白い壁にシャンデリア、煌びやかな銀食器と少女達の華やいだ声が開店から閉店まで響き渡る、街では美味だとそこそこ有名な洋菓子店の日常も、今日ばかりはたった一人の為にオーナー直々の通達で開店休業中である。
"王立魔導学院結果発表の為、貸切"
そんな文句が入り口のプレートに掲げられ、最近この街に最近越してきた者で無い限り、この文句を見ては"ああ、今年もか……"と、皆一様にしたり顔で納得し帰って行く。
だからと言って栄えある学院に誰か合格したのかと言えば店内の雰囲気を見ればそうで無い事くらい容易に察せるだろう。店の中央に置かれた丸テーブルにはこの店で売り出されているケーキや焼き菓子、ゼリー等が無秩序にこれでもかと並べられており、それら全てを片っ端から平らげている涙でぐっちゃぐちゃ、べちょべちょな顔は誰がどう控えめに、且つお世辞の色を強くして見たところで嬉し泣きには見えず、一人の胃袋の中へ恐るべきスピードで吸い込まれてゆく哀れなデザートを作った菓子職人達が、厨房から苦笑混じりの視線を鬼気迫る背中に向けて居る事にも気付いてはいない。
「にしても、何でそこまで上位魔導師に拘るんだ?」
「あー……絶対会いに行くって約束した人が王城に居るって前聞いたな」
「王城か、なら確かに上位魔導師はぴったりだろうが……」
((……別の職で王城に仕えた方がいいんじゃなかろうか……))
今此処に居る全員の共通意見だと誰もが理解していながらも、彼女にそうと誰もが伝えず、あまつさえ足りなくなってきたスイーツを端からそれとなく補充してやるという光景からも、皆が彼女を応援しているという他ならぬ証…ではあるのだが。
如何せん、悲しいのか悔しいのか、あるいは唸っているのか美味しくて喜んでいるのか、それとも全部詰め込んだ結果なのか、年頃の女の子がする顔ではない表情を惜しげもなく晒し、時間が長引く程に皆はそっと視線を外すのも無理からぬ事ではある。
神々と万物の精霊達に愛された世界、ユーフォリア。
様々な文化や政治体制を持つ国が存在する中、そんな国々の頂点に立つ小さな国がある。
ラティリカ王国は決して大きいとはいえず、どちらかと言えば小国の位置であるこの国が軍事力にも優れた大国からも畏敬の念を込めて"始まりの国"と呼ばれているのには理由があった。
それは、この世界が生まれた際、どの存在よりもか弱く、儚い存在であった人間へ神々が世界の息吹と祝福を感じ取れるように、と今日では魔力と皆が呼び使う贈り物を施した場所と謳われる"聖域の森"が存在する為。
最早御伽噺の域とまでなった創世神話だが、実際に森は存在するし、何よりもその国には強い力を持った魔導師の出生率が他国より圧倒的に多い。そして事実、ラティリカは沢山の魔力で満ち溢れ、王国も魔導師の育成に積極的とくれば、自然と高位の魔導師に憧れる者達は大陸中から王国へと集い始める。
そうして、より一層魔法で守られた王国は規模としては小さめながらも不可侵の国として他国に認知されているのだ。
"王立魔導学院"とは王国の王都に設立された学院であり、その名の通り王立。
魔導に関する様々な情報が揃い、より一層自らの力を磨き学ぶ為に魔導師の卵が集う学院である。
ただし、入学する為には筆記よりもある程度以上の魔力をその身に宿している事、なおかつコントロールできる事が最低条件であり、試験には王城、王族や貴族に仕え通常なら見る事も叶わない上位魔導師達が直々に選定を行う厳しさから"一度落ちたら二度と合格しない"と囁かれ、毎年肩を落とし王国を去る者が後を絶たない狭き門。
なのだが。
なのであるのだが。
甘酸っぱい果肉が魅力的な、リリルの実を沢山使ったショートケーキに齧り付くフィリアス・アイシェールは今回の試験が五度目。つまり六浪確定真っ只中のどん底状態。
何度不合格通知を与えられても、大泣きして暴飲暴食に走った後、次の年には懲りずに受験する図太さに、三度目の受験をする頃にはすっかりと"落ちこぼれ"として名前だけが一人歩きした挙句どんと居座っており、今では何処に行くにも誰かしらが声を掛けてくる有様である。
だが、街の人々が彼女をからかいこそすれど、決して貶したりしないのは彼女が見せる努力と、そして何より誰よりも魔力を齎してくれる存在、精霊や神を愛している事が分かるから。
だからこそ、フィリアスが働く普段はケチな洋菓子店のオーナーも、この日だけは"万年不合格の落ちこぼれ"の為だけに店を開けるのだ。
「ほれ、フィリ。 幾ら今年"も"ダメだったってな、そんなに食ってたら腹ァ壊すぜ?」
「……二十歳の、年頃の、それも傷心中の女性に対して言う言葉がソレですか」
「普通の、二十歳の女の子はそんな泣き方しねえっての」
「そこはかとない悪意を感じます。…あ、これおいしい」
魔力をその身体に多く宿す者は、金が銀の髪に青、緑、金の瞳を持つ者が大半である。
魔導師の集まる此処王国もそういった色や近色を持つ者が往々にして多く、実際に上位魔導師程になると、ほぼ全員と言って良い程にそれ以外の色を持つ者を見かけない程なのだ。
だが、背中の真ん中あたりまで伸びたフィリアスの髪は、銀と呼ぶにはちょっと曖昧な灰色だし、この大陸では珍しい瞳とは言え、魔力の強さは疑われる薄紫色。
つまり、外見からしても易々と学院に入学出来そうな魔力の持ち主とは、とてもじゃないが誰も思わない外見である。
そんな瞳を泣き腫らした目で兎よろしく真っ赤にさせながらも、春の新作ケーキがお気に召したらしい。表情を綻ばせるフィリアスに菓子職人は得意気と鼻を鳴らして見せた。
「よーし、来年こそは絶対に受かるんだからー!」
「……ま、まあ頑張りな」
美味なスイーツに再びやる気を出したフィリアスが声高らかと宣言する姿には、流石に閉口するしかなかったが。
魔力そのものと言っても過言ではない精霊達、世界を見守る神々が最も愛するのは、"自分の思いを貫く強さ"を持った者だという事を職人が思い出したのは、ずっと、ずっと先の事。
初めての処女作品です。自分の好きな内容で、人と人の絆や交流をのんびり描いていければと思います。軽い読み物としてどうぞ。




