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(9)千丘寺

修学院駅を降りると、電柱にはまたいつものヤタガラスがとまっていた。けれど、今日は導く、という感じではなくて、オレたちが向かっている千丘寺に後からついてくるという感じだ。

寺に着いて、インターホンを押すと、出てきたのは昨日のじー様和尚。ここまではハナちゃんの想定通り。

「毎日、申し訳ありません」

と四人揃って頭を下げると、

「毎日?」

と、じー様は怪訝そうな顔をする。その顔を見て、オレはちょっと違和感を感じた。

「それよりお前さんたちは…!」

と絶句して、呪文のような言葉をつぶやいた。

「その姫 三ツ足の烏に導かれ 三人の射手を伴のうて いつの世にか現れん」

オレははっとした。どこか微妙に違う気はするが、二日目にババ様が言ってた寺伝とそっくりじゃないか!

「ご、ご住職、その言い伝えは!」

じー様が後づさりするほど、前のめりにハナちゃんが聞く。

「我が寺に伝わる寺伝じゃ」

え? と言ったきり、ハナちゃんの顔が???一色になる。彼女の推理によれば、寺伝はもうなくなったはず。


「渡すものがある」

と言って、じー様はいったん寺の中に戻り、風呂敷に包まれた箱状のものを持ってきて、ハナちゃんに手渡した。ハナちゃんは、差し出されたので、受け取りはしたけど、キツネにつままれたような顔をしている。


「開けて見なされ」

じー様に促され、風呂敷の包みを開けると桐箱が出てきた。そして、その桐箱の蓋をそっと開けると出てきたのは何と櫛! 礼子と彫られた櫛!


「え、なんで!」

素っ頓狂な声を上げたのは、ハナちゃんじゃなくてオレだった。いやだって…櫛は昨日礼子さんに…え? どういうこと?? 寺伝も寺宝もなくなったんじゃないの? ハナちゃんも心境は同じようで、箱から取り出した櫛を、礼子の文字を、驚いたような顔で見つめたままだ。


すると、ハナちゃんの向かいに立つ正孝と源太の顔がみるみる驚きの表情になって、

「ハ、ハナ殿、櫛の、櫛の裏側を…」

と絞り出すように言った。ハナちゃんは、源太の言葉に従い、櫛の反対側を見て叫んだ。

「えぇ!!」

なんと反対側には「一年 千早」と彫られていた!


こ、これは一体!? 櫛は昨日、確かに千姫が礼子様に渡したのに。その櫛には礼子としか彫られていなかったはずなのに! 驚き狼狽するオレたちに、じー様が続けた。

「この寺を起こした玉依光子内親王からの言い伝えでは、その櫛の持ち主であった礼子様がお亡くなりになった後、すっかり生気を失った光明天皇であったが、ある時孫娘の千姫様が、修学院村の若き頭領を連れてお見舞いに参ったそうじゃ。聞けば祝言を上げるという」

「え!?」

驚く一同。

「修学院村の若き頭領って…」

顔を見合わせる正孝と源太であったが、じー様が続ける。


「いずれやや子ができた暁には、母さまに抱いていただくことは叶わなかったが、おじい様たる帝にはぜひ曾孫を抱いていただきたい。だからどうか元気を出してくだされと何度も懇願されたそうじゃ。それが功を奏したのか、帝は徐々にご快復され、娘、礼子様の形見である櫛を千姫様にお返しになったそうじゃ。その後、千姫様は修学院村の若き頭領、名和一年殿と祝言をあげ、当時修学院村にあった寺に、先ほどの「その姫 三ツ足の烏に導かれ 三人の射手を伴のうて いつの世にか現れん」という言葉と共にこの櫛を納め、それが代々の和尚に引き継がれ、時代が下り玉依光子内親王の千丘寺になっても伝わったというわけじゃ」


「ご、ご住職、ちょ、ちょっと失礼します!」

そこまで聞いて、オレはじー様にそう言って、三人を振り返った。

「歴史が変わってる!?」

興奮してオレは叫んだ。

「ハナ殿の言った通りだ!」

正孝も興奮していた。

「ちょっと整理しましょう」

と自分を落ち着かせるかのように、ハナちゃんがいつものセリフを言った。それだよ、それ、という感じでオレがハナちゃんを指さすと、彼女は櫛を見つめながらこう続けた。


「まずこの櫛。元々は玉依姫命が作って礼子様に渡した。でも礼子様が亡くなってその櫛が帝の手元に行き、そのまま700年間も千丘寺に保管されてしまった。その保管された櫛を一昨日ババ様から千早ちゃんが受け取り、昨日礼子様に渡した。でもやっぱり礼子さんは亡くなってしまい、その櫛は帝の手元に行くけど、今度は帝が元気になったので櫛を返してもらった、そこに千早・一年と名前を彫って、いつの日かきっと三人の射手と一緒にやってくる姫にこの箱を渡して欲しいと当時修学院村にあった寺に預けた、それが今の千丘寺に伝わりここにある、と」

「今の、今日の千丘寺!?」

やっと理解しました、と言わんばかりに源太が言うと、

「そう! 昨日までとは違う今日の千丘寺!」

よくできました、とでも言うようにハナちゃんが源太を指さす。


「あの和尚さん、さっき毎日申し訳ありません、と私たちがあいさつしたとき、毎日?と怪訝な顔で聞き返したでしょ? つまり和尚さん的には、私たちは昨日は来てないのよ! 私たち的には昨日の千丘寺と今日の千丘寺は違う歴史をたどった千丘寺なの!」

「ど、どういうことでしょうか…」

源太が控えめに尋ねるので、オレが答えた。

「パラレルワールドだね」

「パ、パラ…?」

「つまり、一昨日ババ様から櫛をもらってしまったから、昨日の千丘寺は元々櫛のない千丘寺になっちゃったんだよ。ところが同じ昨日、千姫が礼子さんに櫛を渡す任務1に成功したんだ。その後、任務2である帝の元気も回復したんだよ。そして、さっきじー様が言ってたように千姫と一年が名前を彫った櫛を千丘寺に預けた! そしてそれが引き継がれてきたのが今日の、今の千丘寺!」

「で、寺伝に従って、三人の射手と一緒にやってきた姫であるハナ殿にこの箱を渡した、と」

正孝が言った。

「まさに! とすれば、この寺伝を実現するために、我らは一年様と一緒に戻らずに、この時代に残されていたということでしょうか」と正孝を見ながら源太がいうと、正孝は、

「間違いない。先に戻った一年が、この時代に残された我らがきっと千丘寺に向かうと信じて三人の射手と姫が行くという寺伝を寺に残したんだ!」

と答えた。

「姫がハナ殿で…八瀬殿を入れれば射手も三人になります!」

と源太が興奮しながらオレを見た。

「でもオレは射手じゃないのに」

「八瀬殿は今矢筒を背負っておられます!」

と源太。

「これは一年から預かっただけだし…」

「でも、それで三人の射手と姫、になりまする」と正孝。


すると黙って聞いていたじー様が、突然、

「千姫様は、そなたに渡すつもりでおったんじゃのう」

と言ったので、ハナちゃんが驚いたようにじー様を振り返って、

「何で私に?」

「ほっほっほ。それはわしにもわからんよ。わしはただ、千姫様がこの寺に残した言い伝えに従ってお前さんに櫛を届けただけじゃ」

とぼけてるのか、それとも本当に言い伝えに従っただけなのか、その表情からはわからなかったが、じー様はうんうんと満足そうに頷いている。


「ていうか、私、この櫛どうしたらいいんだろう」

少し困惑したように、訴えるようにオレたちを見て、ハナちゃんはそう言った。

「ハナちゃんが持っていればいいのでは?」

オレがそう言うと、

「ううん、こんな大切なもの、私が持ってるわけにはいかない気がする! 正孝さん、元に戻るときにこの櫛も持って帰って千早ちゃんに返してあげて!」

「それはおそらくできない、と思うぞ」

とオレ。

「某もそう思います。我らが戻る元の時代には千姫様も一年もおりまする。祝言を上げる前に戻るのか、上げた後に戻るのか、定かではありませんが、いずれにしても、その時代には櫛がありまする」

「あ、そっか…」


「大切にしなされよ。700年も前に千姫様と一年様からお預かりした櫛じゃからの」

と、じー様が言った。

「ってか、千早ちゃんと一年さんにちゃんとお別れ言いたかったな…」

とハナちゃんがいうので、オレも、

「確かにね」

と相槌を打った。


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