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(7)タマヨリヒメノミコト

三日目

翌朝。

結局、千姫が来たことの意味と櫛の謎は進展しないままだったけど、カラスとなって現れてくれたお館様に、せめてお参りだけもしたいと一年たちが言うので、比叡山の石碑まで登ってみることにした。

姫に山登りは大丈夫だろうかと心配したが杞憂だった。一年たちに遅れることもなく、息を上げることもなく、スイスイとついて登って行った。


途中、かつて最澄が休んだとも言われる岩で、オレはニコニコしながら彼らが残した700年前の文字を見せた。


「おぉ、こ、これは!」

「すっかり忘れており申した!」

「見事に残っているものですなぁ」

と三人とも感激にむせんでいた。なのでこの文字と三人衆を一緒に写真に撮ってあげた。


石碑の前で、お館様、と膝まづいてお参りする三人。その後ろで、千姫も手を合わせている。ふと気がつけば、石碑の上に昨日のヤタガラスがとまっていた。


「お館様!」

と一年が話しかけたが、返事は「カー」だった。


やっぱり千種さんはもういないんだ。三人衆はがっかりしていたが、700年前に戻るにはカラスに従えば問題ない、と千種さんは言っていたので、そのカラスが現れたということは、彼らが自分たちの時代に戻る時も近いのだろう。


やがてカラスはゆっくりと飛び立つと下山道の方へ向かっていった。どうやらお別れの時が近づいたらしい。


オレは、立派になったじゃないかと、去年預かった小刀を正孝に返した。正孝は驚いていたが、

「ありがたく、お返しいただきます」

と受け取ってくれた。


その様子を眺めていた一年が、

「せめてこの時代と700年前とで文でも交わせればよいものを」

と寂しげに言った。


その後オレたちは、大した話もせず、下山を続けた。オレはヤタガラスに導かれてやがて四人が消えてしまうのだろう、と思っていた。

が…いつまでも消えなかった。


あれ、どうしたんだろう…当の本人たちの四人もいつまでも自分たちの時代に戻れないことに、そわそわしだしたが、そうこうしているうちに雲母坂に到着してしまった。


オレたちは、なんで何も起きないんだろうと互いに顔を見合わせたが、

「もしかして、昨日正孝さんが言ったように、櫛が原因じゃないかしら」

とハナちゃんが沈黙を破った。


「700年前の世界では、この櫛は帝が持ってるはずなので、今その櫛を持っている姫様は帰れないのでは?」

とオレが続けると、千姫が、

「700年前の世界で櫛が2つになってしまうから?」

と言った。

「と思うの」

「確かに、同じ時代に櫛が2つでは道理が通らぬ気がいたします」

昨日某が言った通りでしょう、と言わんばかりのドヤ顔で正孝が頷いた。


「だったらどうしたらいいのでしょう」

と困惑気味に千姫が呟くと、

「もう一度千丘寺に行ってみない?」

とハナちゃんが言った。


「そうですな。ババ様なら何かご存じかも」

ドヤ顔のままの正孝が、こういうので、オレたちは昨日に続いて千丘寺に向かった。ババ様が700年前の千姫がなぜ現代にいるのか、不思議に思わなかった答えも聞けるかもしれない。


しかしどうしたことかババ様はおらず、インターホンを押して出てきたのは、男の住職だった。

千姫が昨日のババ様はおられますか、と聞いたが、住職は眉間にしわを寄せ、この寺には昔から自分一人しかおらぬとの返事だった。


「ど、どういうこと…?」

オレたちは顔を見合わせて困惑した。


「では和尚様、この櫛に見覚えはございませぬか」

と千姫が聞いたが、住職は首を横に振り、見たこともないと答えただけだった。


「ババ様もおらぬ、櫛も知らぬ…これは一体どういうことでしょうか」

千姫も困った様子だ。

「さて、いよいよ行き詰まってしまったな…」

とオレが呟いたきり、後は誰も何も言わず、とぼとぼと千丘寺を後にした。


しばらくすると、

「思い出しました!」

と急に千姫が叫んだ。


「昨日の、あのババ様が来ていた金色の絹衣、見たことがあります! 河合神社に祀られる玉依姫命が着ておられました!」


昨日から出町と修学院を何度も行き来しているが、次なるヒントが河合神社にあるのでは仕方ない。オレたちは叡山電車に乗り、出町に取って返し、河合神社に向かった。


境内に入ると、見たことのある連中がいた。昨日のチンピラ三人組だ。しかも今度はプラス一人。

嫌な予感しかしない、と思っていたら、一年、正孝、源太がオレたちの前に出た。


「八瀬殿、これを」

と自分の矢筒をオレに預け、刀に手をやる一年。おいおいおいおい、一年、

と小声で言うと、

「わかっておるよ」

とニヤリと笑う一年だった。


「ほぉ、おまえらか、昨日うちの弟分をかわいがってくれたのは」

と場末のヤクザ映画に出てきそうなセリフを吐いて、四人目の男がオレたちを睨みつけてきた。見れば右手には拳銃が握られている。


正孝が前に出ようとするのを、一年が手で制し、

「正孝。ここは某に」


そう言って一年が腰を落とし、抜刀の構えをする。


すると、昨日やられた三人のうちの一人が、

「アニキ、気を付けて。アイツの動き、目にもとまらねぇくらい早いですぜ!」

というのが聞こえたので、オレは、

「一年、気を付けて。あれは鉄砲と言って、目にもとまらぬスピードで鉄の球が飛んでくる!」

とアドバイスした。


二人はしばらく睨み合っていたが、アニキと呼ばれた男が銃を構えようと右手を上げた瞬間、一年は本差ではなく脇差を抜刀し、男めがけて投げた。男は、飛んでくる脇差をよけようとのけ反ったが、再び銃を構えようとこちらを振り返る! しかし一年はもう男の目の前にいた!


「なッ!」

と驚く男をよそに、一年は本差一閃、銃身を真っ二つにし、首筋に百鬼丸の切っ先をあてていた。


勝負ありだ。

オレはゆっくり二人に近づきながら、この人たちは本物の侍だ、あんたたちじゃ何度やっても勝てないよ。三度目の正直と言う言葉の通り、次はないと思うから、命を大切にした方がいいよ、とアドバイスし、一年にも納刀を促した。


チンピラたちは捨て台詞もなくいそいそと退散していった。

それにしても、一年はすごい! いや、この時代の侍は皆このくらいの腕前なのだろうか。鍛錬すれば、オレでもあんな抜刀ができるようになるのだろうか、なんて考えていたら、

「鍛錬すれば、八瀬殿もできますよ」

フフっと正孝が耳元で笑った。こんにゃろめ!


その後、河合神社の社務所に貼られていた写真でご神体を確かめて見れば、それは確かに見覚えのある金色の絹衣をまとっていた。


「これはつまり、昨日のババ様は玉依姫命で、千丘寺に保管されてしまった櫛を、礼子様の形見として娘の千姫に届けに来たってことかしら?」

とハナちゃんが自分の推理を皆に話し始めた。


「確かにババ様が玉依姫命なら、700年前の姫が現代にいることを不思議にも思わないか」

とオレも話し出したとき、後ろで玉じゃりを踏む音がした。三人衆がさっと刀に手をやり振り返ると、そこに立っていたのは昨日のババ様だった。


「ババ様っ」

と声を上げ、千姫が駆け寄ると、ババ様が話し始めた。

「我は玉依姫命。その方の母、礼子あやこは朝と言わず夕と言わず、雨であろうが日照りが続こうが、毎朝毎晩我を祀りたもうた。我はそんな礼子の献身に、ささやかな礼を伝えんと、我が体の内より出でし光の玉で櫛を作り、礼子の名を刻み、授けたのじゃ。我の加護が念じ込められておる故、千早をはじめ、子々孫々まで幸せに暮らすことができるはずじゃった。しかし、我が櫛を作った時には既に病魔に侵されておったそなたの母、礼子は、我の加護を以てしても救うことはできなかった、すまぬ…」


ババ様は続ける。

「櫛はその後、そなたの父有世から帝に預けられ、その後も代々の帝に引き継がれ、千早やその子孫の手に渡ることなく千丘寺に眠ることとなってしまった。これがこの場所から我が眺めてきた歴史じゃ。礼子の子孫に返してやりたいが、さてどうしたものかと思案していたところ、どこからともなくヤタガラスが飛んできて、我に任せろと言うのじゃ。ヤタガラスと言えば我が息子、神武天皇をもお導き下さったカラスじゃ。もしや我にも導きを授けてくださるかと思い、お任せしたところ、昨日千丘寺にお前たちが現れ、千姫が無事に櫛を受取ったとカラスに聞いたのじゃ」


「ん?」

自分で渡したのにカラスに聞いたとは、どういうことだろうと思ったが、ババ様が続けて言う。


「千姫よ、我の頼みを聞いてくれ。そなたの時代に戻ったら、その櫛をぜひそなたの母、礼子に渡してほしい!」

千姫は、

「ババ様が、母が生きてるときに戻ってご自身でお渡しになればよいのでは?」

ともっともなことを言ったが、

「それはできんのじゃ。礼子が生きてる時代には、その時の我、玉依姫命がおる。いくら神とは言え、同じ時に二柱は存在できんのじゃ。」

「でも玉依姫命様にできないのに、我々が母の生きている世に戻れましょうか」

「神武天皇も導いたカラスが何とかしてくれるじゃろうて」


ババ様はさらに続ける。

「そして大切なことがもう一つ。そなたの母礼子に櫛を授けても、礼子亡き後、そなたの父は帝に櫛を渡すであろう。櫛をもらっても帝は泣き暮らし、生気を失い、そしてそのまま櫛は千丘寺に引き継がれるという歴史を繰り返すだけとなってしまう。それを覆すには、帝に生気を取り戻してもらい、そなたが帝から櫛を返してもらう必要がある。頼むぞ、千早!」

そう言うと千姫の返事も待たずに、ババ様は霞のように消えてしまった。


頼むと言われてもなぁ、どうすりゃいいんだろ、とオレたちは顔を見合わせた。


社殿を見れば、屋根にあのヤタガラスがとまっていた。そのカラスを見ながら、

「ちょっとよくわからなくなっちゃった」

とハナちゃん。

「恥ずかしながら某も…」

とは、ついさっきまでドヤ顔だった正孝。

「オレもちょっと疑問ができた」

のはオレ。


「ちょっと整理してみましょう! えぇっと…今、櫛は千早ちゃんが持ってる」


ハナちゃん得意の整理が始まった。

「ち、千早ちゃん!? いつのまにそんな親しげに…」

と突っ込むをオレをスルーして、ハナちゃんは続ける。

「その櫛を再び千早ちゃんが持つために、まずは礼子さんに渡す必要がある、ってババ様は言ってたけど、今もう持ってるんだからこのままじゃダメなのかしら?」

すると一年が、

「このまま姫が櫛を持っていたら、昨日正孝が言っていたように、既に櫛が存在している時代、つまり我らが元来た時代には戻れない、と言うことでは?」

「なので、櫛が存在しない時代、つまり礼子様が櫛を持っていない時に戻るしかない!」

と再びドヤ顔の正孝。

「なるほど! つまり1つ目のミッションは…」

と言いかけると、源太が、

「ミッション?」

ま、聞いたことのない言葉だよね。


「任務ってこと! 1つ目の任務は千早ちゃんが礼子様に櫛を渡す。でも、その後礼子様は亡くなって帝に櫛が渡り、そのままだと千丘寺に保管されてしまうので、何とか帝の元気を取り戻して、千早ちゃんが櫛を返してもらえ、と言うのが2つ目の任務、ってことよね?」

そう言って、ハナちゃんが皆を見回すと、全員がハナちゃんを指さして、

「それだ!」

一同合点したところで、カラスもその通りと言わんばかりに「カーカー」と2回鳴いた。


「でもさ、ババ様は昨日櫛を渡してくれた時に、どうしてこの2つのミッショ…任務の話をしてくれなかったんだろう。それに、千姫に櫛を渡したことをカラスから聞いた、とも言ってた…これって…」

とオレが言うと、

「そこ、私も気になってた」

とハナちゃんがオレを見ながら言った。


「確かに八瀬殿の言われることはもっともですな。それもこれも姫様が礼子様に櫛を渡せば明らかになるのでしょうか」

と一年が千姫の顔を見る。

「わからない。わからないけど、とりあえずまずはこの2つの任務を頑張ってみましょう!」

とハナちゃんが気合を入れた時、オレたちの話を中断するかのように、俄かに霧が立ち込め、わずかの先も見えぬほどに濃くなってきた。


どこからか微かにじゃりじゃりっと音が聞こえるので、その方向に目を凝らすと、うっすらと人影が見え、その者は社殿の玉砂利を整えていた。


「もしかして、700年前に戻った?」

とひそひそ声で聞くハナちゃんに、

「うん、そうみたい」

とオレは答えた。

「あ!あれは、お母さま!」

千姫は、まだ元気なころの母、礼子の姿を認め、母様、とつぶやき、喜びとも悲しみともつかぬ涙にくれていた。


しばらくして、千姫は意を決したように、朝の務めをする礼子様の前に立ち、

「わらわは玉依姫命の使いである」

と告げ、ババ様に言われた通り、日ごろの献身の礼であるとして櫛を授けた。礼子様は大変恐縮していたが、是非に、と言われ櫛を受け取った。そして、我が父、帝に報告して参ります、と深々と礼をして、礼子様は御所に向かって行った。千姫は、その姿を見送りながら、こぼれそうな涙をぐっと堪えている様子だった。


それ見た一年が近づくと、千姫は、

「これでよかったのでしょうか」

と消え入るような声で呟いた。


「櫛を渡すようにと玉依姫命に言われたからとはいえ、大好きだった母に会えたのがあんな一瞬だったんだ。今すぐにでも追いかけたいだろうに… 少しそっとしておいてあげよう」

とオレが言うと、正孝も源太も神妙に頷いた。


やがて、霧がだんだん晴れてきた。玉依姫命の言う通り櫛を渡せたので、オレたちは現代に戻ってきたようだ、任務その1完了だよと、一年と千姫に言おうと振り返ったら、そこに二人の姿はなかった。


「え!」

全員が叫んだ。

「やっぱりな! なんか嫌な予感がしたんだよ、霧が晴れた時!」


オレはみんなを見回しながら、

「正孝、源太、ハナちゃん、そしてオレの四人だけが現代に戻ってきた。これって一番最初の状況と同じだよね。どういうことだろう?」

と立ち尽くした。


正孝と源太が社殿に駆け寄り、玉依姫命に拝み倒してみたが、もうババ様は出てこず、ご神体の玉依姫も何も言わなかった。どうして…と空を見上げると例のヤタガラスがくるくると旋回していた。するとババ様の声で、

「千早は櫛を礼子に渡せたようじゃな。これで我も一安心じゃ。あの二人のことなら心配せんでよい。元来た時代に戻ったようじゃ。今度は我が念のこもった櫛を受取ってもらわんとならんからのう」

とだけ言うと、カラスはいつものようにどこへともなく飛び去って行った。


「元来た時代…?」

オレが呟くと、

「某たちが御所で初めて千姫様に会った時ということでしょうか」

と源太が言った。


夕闇が迫る空を眺めながら、オレたちは立ち尽くしていた。

「任務その2はあの二人で実行するということでしょうか?」

誰に言うとでもなく源太が呟いた。


「我らは戻れてないから、そうなるな」

正孝が答える。

「それにしても、なぜ我らは戻れずに、ここに残ったのでしょう…」

源太のもっともな質問だったが、正孝は答えなかった。いや誰も答えられなかった。


いつまでも立ち尽くしていても仕方ないので、今日はそのままオレのアパートに戻ることにした。ハナちゃんは、ちょっとちゃんと整理したいから、と今日は自分のアパートに戻っていった。彼女のことだ、きっとノートに今回のタイムスリップの出来事を時系列に書き出して、何かヒントが隠れてないか探すのだろう。


部屋に着いたら、正孝と源太は昨日とは打って変わって、水を打ったように静かだった。彼らも彼らなりに、帰る方法だったり、なぜ自分たちだけが現在に戻ってしまったのかの理由だったりを考えているのだろう。


ここに泊まっている間、ピザだの唐揚げだの、今風の食事しか出してあげてなかったので、今夜は出前でそばを取ることにした。彼らの時代にそばというものがあったかどうかはわからないけど、そばの実は化石になって見つかることもあるらしいので、彼らの時代にもあったろう。


昨日のようにはしゃぎはしなかったけど、うまそうに食べて、毎日感謝申し上げます、と言ってくれた。


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