(4)ヤタガラス
神社までの道中、聞けば、父である安倍有世が陰陽師として修業を積んでいた頃、夜な夜な糺の森に現れたという魑魅魍魎を封じた際に負ったケガの手当てをしてくれたのが、河合神社の巫女であった千姫の母、礼子であると。
礼子は千姫が幼いうちに病で亡くなってしまったが、有世は精進して帝仕えの陰陽師となった。ただ、礼子が仕えた河合神社の玉依姫命には、最近はお参りすらご無沙汰の様子。千姫は近々河合神社の巫女としてお仕えすることが決まったので、まずは娘として父母に代わりご挨拶申し上げたかった、ということだった。
「なるほど、そういうことでしたか」
「河合神社と姫様は、そういうご縁があったのね」
デルタから河合神社に向かう途中、御蔭通りを超えて糺の森に入ったところで、学生と思しき若者が一人、いかにもチンピラ風の三人組に絡まれていた。
森の陰に連れ行かれそうになるのをじぃっと見つめる一年、正孝、源太の三人衆。
おとなしくしときなさいと、ハナちゃんが言おうとしたまさにその時、
「しばし待たれよ」
と一年が声をかけた。
「理由は存ぜぬが、見れば多勢に無勢、しかもその者は謝っているではないか。なぜに許してやらぬか」
と。
「なんじゃ、こりゃ、ケガしたくなけりゃすっこんどれ」
と一番の下っ端と思われる輩が、短刀を手に、こちらに向かってくる。
「源太」
と低い声で一年が名を呼ぶと、源太は担いだ矢筒から素早く2本の矢を抜いたので、オレはやばい!と思って、
「源太!」
と制止のつもりで名前を呼んだ。が、その声が号令になったかのように源太は二射同時発射!
矢はチンピラ三人組のうちの二人の顔の左5㎝を通り、カンカンッと甲高い音を上げて後ろの木に命中した!
二人はその場にへなへなとしゃがみ込み、呆気に取られて、くわえ煙草を落としたリーダー格のチンピラに向かって、今度は正孝が発射!
矢は股下すれすれを通って木に命中! オレは慌てて、
「ここは戦場じゃないんだから当たったらどうする!」
と言ったら、一年が顔だけこちらに向け、如何にも真打登場といった風情で、
「わかっておるよ」
と返事をした。
そして、刀の柄をぐいと持ち、リーダー格に向かってこう言った。
「先に抜いたのはそこもとであろう。我ら、千種軍斥候三人衆、お相手いたす。いざ、尋常に勝負っ!」
と言うが早いか、光速ダッシュで三人の元に到達、神速の抜刀で瞬時にリーダー格の首筋にキラリと光る切っ先を押し付けていた。
あとで聞いたことだが、一年の本差は百鬼丸と言う、中々の名刀らしい。
「名和一年、いつでもお相手いたす」
こりゃ勝負あった。リーダー格もへなへなと座り込み、平謝りで退散していったが、学生もありがとうと言うよりはビビッて逃げるように駆け出して行った。
「すげぇ、本物の侍が矢を放つところ、初めて見た、しかもすげぇ腕前! 抜刀だって目に見えないくらい早かった」
とオレは関心しきりだった。
「オレの抜刀なんて、一年と比べたら見事でもなんでもないじゃん」
といつぞや褒めてくれた正孝を見ると、
「いやいや、あれはあれで迫力がありました」と言ってくれた。
ちょっとしたトラブルはあったが、オレたちは河合神社に到着した。
着飾った現代の若い娘らも参拝する中、千姫が社殿のご祭神にお参りをしていると、俄かに空が黒い雲に覆われ、どこからともなく、一羽のカラス、しかも3本足のカラスが飛んできた。
それを見て、背負った矢に再び手を伸ばす源太。
「ヤタガラス…。話には聞くが初めて見た」
と一年も刀の柄に手を添える。
すると、
「久しぶりじゃの、姫様」
と、カラスが喋ったではないか!
「その声は、いつぞやお助けくださった農民の!」
と、千姫はカラスが喋ったことではなく、声の主に驚いていたようだった。うん確かに、オレも聞き覚えがある… するとカラスは一年たちの方を向いて、
「変わりはないか、三人衆」
と話しかけた。
「そ、その声はお館様!」
三人衆も驚いていたが、これは確かに千種さんの声だ、一年前とは言え、オレも話したことのある千種さんの声だ!
「千種さん、ご無沙汰しております!」
オレも深々と頭を下げた。千種さんがニコニコしながら、うんうんと頷いてくれる姿が見えるようだった。
三人衆は、お館様の…カラスの前に片膝をつき話し出した。
「お館さま、一体どうして?」
と一年が聞けば、千種さんが答えるには、
「あの世に行き申してからも、八瀬殿から聞いた、戦のない世を見てみたいと思い募らせておったところ、このカラスがやってきて連れて来てくれ申した。見たこともない大きな建物や車とやらには驚き申したが、確かに、誰も刀も弓も持たない、戦のない世になっておった。これでもはや思い残すことはない、と思っておったところ、カラスが、今少し付き合えというので、ここに飛んで来たら山賊のような輩三人組を退治するお主たちを見つけたという次第じゃ」
一年たちは、お恥ずかしい、といった表情で顔を見合わせていた。
「しかし、姫が一年らと一緒とはのぅ、いささか驚き申したが、これも何かの縁じゃ、末永く…」
姫を頼むぞ一年、と言うかと思いきや、一年を頼みまするぞ、姫、だと。
そういわれてしばし顔を見合わせていた一年と千早であったが、
「一年様はこのカラスの声のご老体とお知り合いですか」
と千姫が聞くと、
「実は我らがお館様でございます。先の戦で、自ら足利に下り、我らが修学院村をお守りくださったのです。千姫様は何ゆえにお館様をご存じで?」。
「実は…」
御所で話した修学院行幸時に自分を助けてくれたのはこのご老体なのだ、と千姫が答えた。そうでしたか、と驚く三人衆。
かつて自分を助けてくれた修学院村の農民が、千種軍の元頭領であり、その跡を継がれたのが一年であると聞き、驚くとともに不思議な縁に胸ときめかせる千姫。
「時にお館様、700年前への戻り方をご存じですか」
と一年が千種さんに問えば、カラスに従えば問題ない、とのことだった。
「そうは言われましても、我らカラスとは話ができません故、お館様からカラスに聞いてみてはいただけませんでしょうか」
「ふむ…」
と言って、千種さんが黙ると、カラスは何やら頭をくるくると動かしていた。すると、
「とりあえず村の方向に迎え、と言っておるぞ」
と千種さんの声で返事があった。
「村? 修学院村でしょうか」
「そうじゃろ。ここは700年後の世界故、村はないであろうが、カラスが行けと言うておるから、何かあるのであろう」
「なるほど」
と頷く三人衆。
大の男が三人、カラスの前に膝まづいて真顔で話している様はかなりシュールだ。
でもカラスが修学院に行けというなら、そこに何かヒントがあるのだろう。皆も同じように考えている表情だったので、オレは一つ提案をした。
「では、電車に乗っていこう」
「電車?」
とは何ですか、と言った表情で正孝が聞く。オレは正孝と源太を見ながら、
「あぁ、川で橋の上を走っているバスを見たの覚えてるかい?」
「人のたくさん乗っている?」
「うん、そう。あのバスみたいなやつだよ。ここの近くから乗れるんだ」
そうしてオレたちは出町柳駅まで行き、叡山電車に乗り込んだ。
何か聞かれたら「修学院で映画の撮影があるんです!」で通し切ろうと構えていたが、特に誰からも何も聞かれなかったので少し拍子抜けした。
電車に乗り込むとき、運転手らしき人が一年たちの刀や矢筒を見ていたが何も言われることはなかった。映画の街だからか、それとも変な格好をした学生が多い街だからだろうか。いずれにしても内心ヒヤヒヤしていたオレとしては助かった。
それよりも、三人衆の方が大変だった。乗り込んだのはいいけれど、叡電が動き出すや否や、窓の外を流れる景色を見て、早い早いと子供の様にはしゃいで、周りの乗客からじろじろ見られて、オレとハナちゃんは作り笑いをするしかなかった。
そうこうしているうちに電車は10分足らずで修学院に到着した。
三人衆と千姫は歩けば半刻も掛かるところを、あっという間に到着したことに驚いていた。
改札を出ると、電柱の上に先ほどのヤタガラスが止まっていた。カラスはまるで着いて来い、と言わんばかりに一鳴きして、修学院離宮の方に飛んで行ったのでオレたちも後を追った。




