(3)千姫
「千早。お前の出る幕ではない。下がっておれ」
「いいえ、お父様。先ほどのお話を聞いておられましたか。こちらの方のご説明によれば、この方たちは修学院村から来られたとのこと。お忘れですか、お父様」
「ん?」
「いつぞやわたくしが帝の修学院行幸にお供し、野生のイノシシの大群に襲われた際、田畑を耕していた農民たちに助けられたことはお話ししましたよね、お父様。わたくしを助けてくださった修学院村の方々にそんな非礼、無礼をなさらないでください!」
陰陽師の娘の様だが、言ってる内容からすると敵ではなさそうだ。
「あの辺り一帯は義に厚い千種軍だけでなく、このように勇敢な農民たちが、内裏の鬼門にあたる北東の修学院村を守ってくれているのです。そのような場所に仙洞御所を造るのは民の反感を買うばかり。そのようなことがおわかりにならない帝も帝です。陰陽道を極められたお父様が、なぜ鬼門に御所を造られることをお認めになるのですか。本来ならば真っ先に反対すべきではありませんか!」
千早と呼ばれた娘の強い口調に一気にまくし立てられ、さしもの陰陽師もバツが悪くなったようで、
「う、うむ、では今一度帝と話してみよう。右大臣様、それでよろしいか」
と陰陽師が言うと、右大臣は、結構でございますと言わんばかりに頭を下げた。
「その方ら、しばし待っておられよ」
そう言って陰陽師は部屋を出て行った。千早は、
「わたくしの命の恩人の村の方々への父の非礼、誠にあいすいません。わたくしからもお詫びいたします」
と、オレたちの前に正座し、三つ指ついて、頭を下げた。
一年たちも慌てて、千早に向き合い、正座して、
「いえ、こちらこそ…」
と頭を下げた。オレは最後に右大臣を一瞥して、源太の鞘に脇差を納めた。
「それにしても…」
と一年がオレに向かって言う。
「よもや八瀬殿が、あのように右大臣さまに口答えするとは驚きました」
「いや、口答えって言うかさ、あの右大臣、ハナから一年の言い分を帝に伝える気もなかったよね? 千種さんが命懸けで守ってくれた村だってのに、ちょっとイラっとしちゃってさ」
とオレは素直に答えた。
「それにしても源太よ。いくら八瀬殿とは言え、あのようにあっさり脇差を抜かれるとは気が緩んでおらぬか」
正孝がじろりと源太を睨む。
「いや、あれは、あまりに八瀬殿の剣幕に気圧された、と申しますか…」
「ごめんごめん、源太。写真てやつを初めて見た時は一年でさえ驚いてたでしょ、だったら右大臣だってびっくりするに決まってる。そこに剣先を突き付けられたらもっとびびるかな、と思ってさ」
「助け舟には感謝のしようもございませぬが、殿中故、あまりご無理なさいませんよう」
と、オレも正孝にやんわり注意され、
「…はい」
とおとなしく返事をした。
そうこうしていると陰陽師が戻ってきて、
「帝には、修学院行幸時のそなたらの活躍を思い出していただいた。千姫を、帝は千早をそう呼ぶのだが、千姫を助けてくれた村を潰して仙洞御所などとんでもない、また別の場所を考える、と申しておられた」
「おぉ、では!」
と腰を上げる一同。
「うむ、この話はご破算じゃ。村に戻って、他の者にも伝え、明日からは今まで通り暮らすがよかろう」
かくして、修学院村の立ち退きはなくなり、一年たちは、一刻も早く村に戻って皆に朗報を届けようと、千姫たちの見送りを受けながら石薬師御門へ向かった。
ところが…。
森を抜けたら、なんとそこはオレたちの世界だった!
「えっ」
と言ったきり、オレは足が止まってしまった。
周りを見れば、タイムスリップしたのは、一年、正孝、源太、千姫、ハナちゃん、そしてオレ、の六人のみ。一年に同行していた修学院村の若い使者や千姫の護衛として着いてきていた者たちの姿は見えなかった。
「そりゃ確かに、オレとハナちゃんは戻れないと困るけど、なんでこの四人まで…」
事態がよく呑み込めず、途方に暮れているオレたちの前を、勢いよくクラクションを鳴らして車が通りすぎて行く。
「姫、危ない!」
と叫ぶが早いか、一年は矢を抜き、その車めがけて射った! オレは慌てて、
「一年、あれは敵じゃない! あれは自動車と言って、オレたちの時代の、人を運ぶ乗り物なんだよ!」
と言った。
「八瀬殿の時代…」
そう言って一年が源太の顔を見ると、
「はい、一年殿。正孝様と来た八瀬殿の住む時代に、間違いないようです。今の自動車とやらにも見覚えがあります」
「これはまた何か起こりそうな予感」
と言うハナちゃんを一斉に皆が見る。
オレは、
「とりあえず、作戦会議をしよう」
と提案して、デルタで休憩しながら作戦会議をすることにした。
デルタにはハナちゃんに先導してもらって、オレはコンビニで全員分の飲み物を買ってから後を追った。お茶にオレンジジュースにコーラにコーヒー、スポーツドリンクとネクター。みんな何を飲むだろうか。とりあえず源太はコーラだな。
デルタに着くと、五人は車座になって座っていたが、一年と千姫は、まだ落ち着かないように辺りをキョロキョロ見回していた。
「名和様、と仰いましたか。これは一体…」
と千姫が一年に問う。
「一年で構いません、千姫様。実は…」
と一年が去年のオレたちとの出来事を千姫に話して聞かせた。
「そして昨日、ここにいる源太と某、一乗寺正孝が、今度は八瀬殿の時代に飛んできてしまった、というわけです」
「そうでしたか。一年様と八瀬様にはそんなことが…。それにしても何故、今回は私まで八瀬様の時代に来てしまったのでございましょうか」
「そこなんだよね。正孝と源太が昨日現れたのもそうだけど、なんで今度はみんながオレたちの時代に飛んできたんだろう」
そういいながら、オレは皆にドリンクを配った。
「千早さんはオレンジジュース、みかんの味がするよ。一年はお茶、正孝はスポーツドリンク、ハナちゃんはネクター。そして源太はこれ、コーラだ!」
みな一様に、渡されたドリンクのボトルを物珍しそうに見たり、触れたりしていたが、オレとハナちゃんがごくごくと飲むのを見て、意を決して飲み始めた。
千姫は、
「甘くておいしい」と。
一年は、
「これはお茶ではないか! この時代にもあるのですな」と。
正孝は、
「初めて飲みますが…正直、水の方がうまいような」。
そして源太。一口飲むなり、
「んんッ」
と目を丸くして、全部吐き出した。
「うわ、なんでござるか、これは! 口の中が!」
言って、慌てて川の水で口を漱いだ。
「大丈夫か、源太!」
と一年が駆け寄り、いったい何を飲ませたのですか、と言わんばかりの表情でオレを振り返る。オレはニコニコしながら、
「それはね、源太。コーラと言って、口の中がシュワシュワする飲み物なんだよ。ハナちゃんなんか大好きだぞ」
「ほ、ホントですか、ハナ殿…」
信じられないといった表情で源太がハナちゃんを見る。
「そうね、こんな暑い日にコーラはぴったりかも。一年さんも飲んでみたら?」
「そ、それがし、も?」
一年の顔の前に、源太がぐいっとボトルを差し出す。一年は、そろりと口に運び、ゆっくりと茶色い液体を口に入れる。シュワーっと来たのであろう、途端に目が大きく開かれる。が、源太とは違い、ぐっと堪えて飲み込んだ。
「どう?」
「どうと言われても…口の中ではじける感じがして、飲んだことのない味で、でも少し甘くて。言われてみれば、暑い日にこのはじける感じがいいかもしれません」
「お、意外と一年はこの時代でも生きていけるかもね」
それから三人衆は、お互いの飲み物を代わる代わる飲み合って、ああでもない、こうでもないと賑やかにしていた。
「そしてこれは千早さんにプレゼント」
「こちらは?」
「それはね、シュークリームと言って、ひんやりして柔らかくて甘いスイーツ…うーん、甘いお菓子、なんだ」
千姫が、シュークリームを恐る恐る袋から出す。
「なんだか、ふんわりしています」
「うん。食べてみて。おいしいよ」
小さな口で一口頬張ると、
「こ、れは! 食べたことのない甘さです! 美味しい、とても美味しい! そしてふわふわです!」
「気に入ってもらえたようでよかったです」
オレはみんなの様子をスマホで写真に撮りながら笑った。
「こんなにおいしいものが食べられるなら、この時代もいいですね」
と千姫が無邪気に笑うが、それを聞いて、一年が思い出したように、
「それにしても、千姫様の護衛は誰一人としてこの時代には飛ばされず、千姫様だけ、とはどういった理由でしょうか…」
と元の命題を提示し直した。
それを聞いて、
「健太郎、ちょっと整理してみましょう」
とハナちゃん。
「おぉ、一年前も聞きましたぞ、ハナ殿のそのセリフ!」
と嬉しそうな表情の一年。
「私、今回の鍵は千姫様だと思うの。千姫様をこの時代に連れてくることが目的のような気がする!」
「千姫様か…。そのために、まず正孝と源太が現代に来て、オレを700年前に連れて行った。オレたちが仙洞御所の問題を解決して、オレとハナちゃんだけがこの時代に戻ってくれば一件落着だったのに、そうではなくて、千姫様までも今度はこの時代にやってきた。ということは、千姫様に何か隠されたヒントがあるのではないか、と。そういうこと?」
「おそらく」
「では、某まで一緒に来た意味は何でしょう」
と一年が、至極もっともな発言をした。
「一年は…お、おまけ?」
とオレが言うと、間髪入れずハナちゃんが、
「セットよ」
「セット…? それはどういった意味の」
と源太が聞く。
「一緒って意味。千姫様と一年さんが一緒に来たことに意味があるのよ、きっと」
そして千姫の顔をじぃっと見つめていたハナちゃんが、
「姫様、この辺りに思いの深い場所はありませんか」
と聞いた。
「思いの深い場所…河合神社でしょうか」
少し考えてから千姫はこう答えた。
「すぐそこね、行ってみましょう」
理由も聞かず、ハナちゃんはおもむろに立ち上がり、歩き出した。




