(2)再び700年前へ
二日目
翌朝。
一年を助けるにも700年前に戻れないことにはどうしようもないので、まずは昨日源太たちが出てきたデルタに行き、渦ができたのと同じところ辺りまで水に入ってみたが何も起きなかった。それどころか、足を滑らせた源太がまたに溺れそうになって大変だった。
デルタで何も起きなかったとなれば、あと関係しそうな場所は御所しかなかったので、歩いて向かうことにした。
「一年は帝に直訴したのかな?」
とオレが聞くと
「帝にお会いできたかどうかはわかりませぬが、近いくらいの方と話はできているようです。なかなか一筋縄でいかぬようですが…」
「そうか。ま、とりあえず天皇の住まいだった紫宸殿に行ってみようか」
オレたちは、石薬師御門から入って森を抜けて紫宸殿に向かうことにした。御所の中は、足元がアスファルトではなく土なのと、大きな森が影を落としてくれるせいで街中より2、3度は涼しい。やっぱ夏は御所で涼むに限る。
「この森を抜けたら猿が辻の辺りだから、そこからぐるっと回ってみようか」
とオレが言うと、
「八瀬殿は、帝のお住まいにお詳しいようですが、何度も訪れたことがおありなのですか」
「いや、実は今の時代、天皇…帝はもうここには住んでないんだ。で、誰でも自由に入れる公園…あぁっと、広場になってるんだよ。だからオレもハナちゃんも散歩したり、花見をしたり、何回も来てるからね、どう歩けばどこに行くかくらいは大体わかるよ。そうそう、帝は住んでないけど、もちろん建物はまだちゃんと残ってるよ」
ちょっと偉そうに御所自慢をしながら森を抜け、オレはぎょっとして足を止めた。
「八瀬殿?」
どうしました?という感じで正孝が尋ねた。
「ちょ、ちょっと健太郎、これ…」
ハナちゃんも気付いたようだ。
「うん、オレたちの知ってる御所じゃない!」
「どういうことでござるか」
「おそらく…だけど、これは700年前の京都御所。だとしたらここに光明天皇が、帝がいるんじゃないかな!」
目の前の、見たこともない御殿に唖然とするオレとハナちゃん。
入口を探しきょろきょろしていると、御所守護隊らしき連中に見つかり、こちらに向かってくる。
「あれは足利の守護隊でござる。ここはお任せを」
と正孝が前に立ってくれた。
正孝が、我らは千種忠顕が家臣のもの、と名乗った時点で足利守護隊は、ちょっとぴりっと背筋を伸ばした気がした。千種さんのことを知っているようだ。
続けて正孝は、修学院村周辺を仙洞御所とする件で、我らが新しきお館様である名和一年が陳情に参っているはず、我らはその一年の身内のものであると説明したところ、さすれば陳情先の右大臣殿と話されるがよかろうと、結構あっさりオレたちを案内してくれた。
通されたのは、おそらく待合のような部屋で、扉の前には護衛と思しき者が二人立っていた。
守護隊が何かを耳打ちすると、護衛が扉を開けてオレたちを中に入れてくれた。
そこには、一年がいた。
「一年様!」源太が駆け寄ると、
「おぉ、源太ではないか、どうしてここに!」
そういって顔を上げ、オレたちを見とめた一年は、しばし目を見開き、やがて不思議そうに、
「…八瀬…殿? そ、それにハナ殿も…」
「よ、久しぶり」
オレはあえてフツーに声をかけた。
「こ、これは一体…」
そういって視線を正孝に移す一年。
正孝と源太が昨日からの顛末を一年に説明すると、
「なんと、そんなことが! つまりお主たちは八瀬殿の時代に行ったと」
「大変だったみたいよ、あれはなんだ、これはなんだって。健太郎が質問攻めにあったみたい」
「それはもう見るものすべて、全く違うものばかりでした! 一年様にもお見せしたかったです」
とちょっと得気に言う源太。
うんうんと頷きながら一年は、オレとハナちゃんに歩み寄って、
「八瀬殿、ハナ殿。お変わりなくお見受けします。お久しぶりでございます!」
と、会いたかった感があふれ出るような表情で言葉をかけてくれた。
「うん、オレも会いたかったよ、一年。修学院村のことは聞いたけど、とりあえず元気そうで何よりだ」
オレの隣でハナちゃんもニコニコしながら頷いている。
「一年ぶりの再会ですからな、積もる話もありましょうが、まずは一年よ、陳情はどのような具合に?」
と意外にも冷静な正孝。
「あぁ、それなのだが」
と一年が言いかけた時、扉が開き、
「右大臣がお会いになる。ついて参れ」
と護衛が言った。
その護衛はオレとハナちゃんを見て、
「そこの異形な出で立ちの二人も、名和殿のお身内か?」
と聞かれ、
「訳あってこのような成りではございますが、間違いなく某に縁のあるものでございます」
と一年が答えてくれた。
護衛は、ふんっと鼻を鳴らし、顎をしゃくりながら、もう一度ついて来い、と言った。
迷路のような御殿の中を右に左に何度か曲がり、オレたちは見るからに豪華な部屋の前に着いた。護衛は、しばし控えよ的なことをオレたちに言い、
「修学院村より名和一年殿御一行、帝への参内を望まれております故、お連れいたしました」
と扉の向こうへ声を張り上げた。
すると中からは、
「通せ」
と声がしたので、帝に会えるのか!とオレはたいそうびっくりしたが、
「右大臣殿がお会いになる」
と護衛が言ったので、やっぱりね、と思った。
中に入ると右大臣は一番奥に、正装(と思しき出で立ち)で座っていた。
オレとハナちゃんは一年たちの動きを横目で見て、真似しながら、右大臣からかなり離れたところで胡坐をかいて座り、頭を下げた。
「頭を上げなされ。じゃが何度来ても答えは同じであるぞ、名和殿。帝がお決めになったこと故、何人で来られようが、何度来られようが、ダメなものはダメじゃ」
と取り付く島もない右大臣。
一年が頭を上げる衣擦れの音がしたので、オレも頭を上げようとしたら、
「八瀬殿はダメです」
と正孝に頭を抑えられ、小声で注意された。
「そのことですが右大臣様。我が村は、先祖代々の長きに亘り、あの地を耕し、子を産み、育て、平和に暮らしてきております。右大臣様もご存じの、我らがお館千種忠顕も…」
「わからんお人じゃな、名和殿。これは帝がお決めになったことじゃ」
「さすれば、せめて帝にお目通しを」
「帝は大変お忙しくされておる」
「し、しかし…」
「だまらっしゃい! その方の村は帝の仙洞御所になるのであるぞ! 名誉なことと受け取れぬのか!」
「確かに、有り難きことではございますが、このままでは村の民たちの住むところがなくなってしまいます」
「他を探して移り住めばよかろう。その方らのように若い者がおれば造作もないことではないかと思うがの。」
こんの右大臣、初めから帝に会わせることはもちろん、話しすら通さない気でいるな。
「いずれにしても…」
と右大臣が続けたとき、オレはばっと頭を上げ、スマホを取り出し、そのまま右大臣にカメラを向け、おもむろに何枚かシャッターを切った。
何をしておる、と言いたげな表情でオレを見る右大臣に向かって、
「あぁ、そうかい、あんたの言い分はよくわかった!」
と言って、今撮った写真を右大臣に見せ、こう続けた。
「ならば、今宵より毎夜丑寅の刻、北東の鬼門、猿ケ辻において、この者を呪いたまえ、殺したまえとお百度を踏みまする! 覚悟しなされ、右大臣!」
オレにしてはドスとハッタリの利いた声で、右大臣をまっすぐ見据えて言った。一年たち三人衆は、口をあんぐり開けてオレを見ていた。
オレの向けたスマホの中に自分の姿を認め、
「な、何故私がその箱の中に…」
と狼狽する右大臣。初めての時は、あの一年でさえビビったカメラだ、じーさんめ、目にもの見せてやるぜ!
口には出さなかったが、この時のオレはこんなセリフを決め、ニヤリとした表情だったと思う。
ここが畳み時と思ったオレは、やおら源太の脇差を抜き、カメラの中の右大臣に切っ先を向け、
「覚悟はよろしいな、右大臣。この刀であんたの喉笛を掻き切ってやる!」
いやいや待て待て!本物の刀だぞ!スマホに傷がついちゃうから、触れないようにしないと、と心では思いつつ、目は右大臣を見据えたまま、舌なめずりするようにニヤリと笑って、
「地獄で閻魔に詫びるといい」
と言って、スマホめがけて、脇差を大きく振り上げた。
「待ったぁ、待った、待った! わかった、わかった。帝には話をしておく故、その刀を収めよ」
という右大臣に、
「話? 寝言言ってんじゃねぇ。一年を帝に引き合わせろ」
オレは、刀を写真に向けたまま、ずいっと一歩右大臣に詰め寄った。
「わかった、わかった、今連れて…参る故…」
よし、勝った! っと思った時、後ろの戸が開き、誰かが入ってきた。
「帝の御機嫌伺に参ろうと、右大臣様の部屋の前を通れば、昼只中より鬼門がどうの、お百度がどうのと聞こえたるは、これまさに陰陽道の出番。右大臣様にいかなる用じゃ!」
「誰だ、あんた」
「む、口の利き方を知らん小僧のようじゃ。我こそは帝をお支えし、都をお守りする、陰陽師、安倍有世である」
陰陽師? ち、また面倒くさいのが出てきちゃったな、と思いながら、
「あんたに用はない、さっさと出て行ってくれ」
と言ったら、
「しばしお待ちを。お父様!」
ともう一人、部屋に入ってきた。それはハナちゃんより少し若く見える女性だった。




