(11)ババ様とじー様
正孝と源太が700年前に戻ってから数日経った後、オレとハナちゃんはもう一度千丘寺のじー様を訪ねた。ヤタガラスのことを知らないはずのじー様が、最後に正孝と源太に向かって「お主ら二人はカラスに従うがよかろう」と言ったのが気になっていたのだ。
「そろそろ来る頃じゃと思っておったよ。まぁお上がりなされ」
そう言って通してくれたのは金堂だった。京都には山門から金堂、講堂、鐘楼などのいわゆる七堂伽藍を備えた大きなお寺はいくつもあるが、それらと比べると千丘寺はだいぶ小ぶりだ。金堂も十人も座ればぎゅうぎゅうだろう。でも正面に鎮座する観音菩薩は優美な笑顔をたたえ、どっしりと座られている。
「で、今日はどういった御用かな」
「まずは先日の櫛の件、改めて御礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「なぁに、お役に立てたようで何よりじゃ」
「今日伺ったのは、ご住職が最後に二人の侍に言った「お主ら二人はカラスに従うがよかろう」と言う言葉が気になりまして…」
「ほぉ、と言うと?」
オレはハナちゃんの方を向き、彼女がこくりと頷いてくれたので、じー様をまっすぐに見据えて言った。
「ご住職、実は私たちはあのヤタガラスに導かれて、何度もタイムスリップをしております!」
信じてもらえないかもと思いつつ、意を決して言うと、じー様は
「そのようじゃな」
と拍子抜けするほどあっさりと返事をした。しかも知ってた!? え?
「え?なぜ、それを?」
「お主たちがババ様と呼ぶ、玉依姫命に聞いておるよ」
「え!?」
もう「え!?」しか出ない。え、と言った口のまま、オレとハナちゃんは顔を見合わせた。
「いつからじゃったろうか…お前さんたちが初めてわしを訪ねてきた少し前からかのぉ、玉依姫命がわしの前に現れるようになったんじゃ」
じー様は続ける。
その時、決まってヤタガラスが現れるんじゃよ、と。
「言うておらんかったかの。観音菩薩様の左奥に小さな祠があるじゃろ。あそこに祀ってあるのが玉依姫命じゃ」
「…お寺に神様?」
「ん? それも言うておらんかったか? そりゃすまんかった。今から400年ほど前、玉依光子内親王は千丘寺を興すとき、ご自分と玉依姫命のお名前に縁を感じ、河合神社から玉依姫命を分祀してもらい、当寺に祀ったんじゃよ。当時は神仏習合だったからの、寺に神様、神社に仏、と言うのは珍しくなかった。この寺のご本尊様は観音菩薩様じゃが、玉依姫命はその隣の小さな祠に祀っておるんじゃ」
神仏習合スタイルのお寺が今でもあったことにも驚いたが、よりにもよって祀られてる神様が玉依姫命とは!
横を見たらハナちゃんの目がらんらんと輝いている。オレの視線に気が付いたのか、こっちを向き、
「なんか全部クリアになりそうな気配!」
と興奮気味に呟いた。
その時、誰かが戸を開け、茶を運んできてくれた。
「冷たい麦茶でもいかがかな」
聞き覚えのあるその声の主の方向を振り返った瞬間、また、え!と言ったまま、オレたちは固まってしまった。
「ババ様!」
オレとハナちゃんは同時に声を上げた。
「久しぶりじゃのう、お若いの」
「ホレ、玉依姫命じゃ」
とじー様は何事もなかったかのように言う。
「か、神様がお茶を…?」
オレは戸惑いながらババ様を見ると、
「お主たちには世話になったからのぉ。お礼に茶ぐらい淹れんとバチが当たるじゃろう」
そう言うババ様に、オレはこれまで感じていた疑問を思い切って聞いてみることにした。
「ババ様、お礼ついでにもう一つ。私たちが初めてここに来た時のことを覚えてますか? その時ババ様はこの寺の古くからの言い伝えと言って「その者 三ツ足の烏に導かれ 強き射手を伴のうて いつの世にか現れん。さすれば 寺宝を伝授せよ」と言ったんです。そして千姫に櫛を渡された」
「あぁ、覚えとるよ。素直で器量のよい娘じゃった」
「あの時、なぜ我々と一緒にいた女性が千姫だとわかったのですか、700年前の姫が現代にいることに疑問はなかったのですか?」
「お主たちだけで訪れてきたとしたら、あるいは千姫とは気づかなかったやも知れぬな。じゃがお前さんたちはヤタガラスに導かれておった」
「あの時も言ったであろう。神武天皇もお導きになったヤタガラスに導かれて来た弓矢を担いだ偉丈夫に伴われた姫。寺伝の通りじゃ。あの娘が千姫であることは疑う余地もなかったぞ」
「なるほど、そういうことですか…。ババ様もう一つ! その次の日、河合神社で会ったババ様は、千姫に櫛を渡したことをカラスから聞いた、と仰ったんです。それはなぜですか? ババ様がここで手渡ししたじゃないですか!」
「あぁ、なるほどのう、そのことか」
うんうんとババ様は頷きながら続ける。
「ここで千姫に櫛を渡したのは、我、つまり千丘寺に分祀されている方の玉依姫命じゃ。そして次の日お前さんたちが会ったのは河合神社本殿の玉依姫命じゃ。我が分祀だから…本家の玉依とでも言えば、お前さんたちには通りがよいかの」
「…同じ玉依姫命であっても、河合神社と千丘寺では違う神様と言うこと…?」
「同じじゃ。同じじゃが、お前さんたちに見える人の姿である現身の我がしたことは本家の玉依には伝わらん。逆も同じじゃ。じゃから本家の玉依は我が櫛を渡したことをカラスに聞いたんじゃろう。神とは言っても色々制約があるんじゃよ。分祀された我は、分祀される前の事は知らんしの」
「え、でも、でもババ様は光明天皇は礼子様がお生まれになった時、河合神社に隠まったとか、形見として千姫に渡すはずだったとか、でも代々の天皇に引き継がれてしまい、そのまま千丘寺に来たとか、分祀される前のこともお話しくださったではありませんか」
ハナちゃんが聞く。
「あれは櫛と一緒に寺伝として伝わっておっただけのこと。その自伝に従い寺宝の櫛を千姫に渡したのじゃ」
ババ様はさらりと答える。オレはハナちゃんの方を向き直り、
「なるほど、なるほど、わかってきたかも!つまり、千丘寺のババ様としては寺伝通り現れた姫に櫛を渡したので、それで任務達成。けど、本家のババ様としては、そのままだと櫛はまた千丘寺に行く歴史を繰り返すだけになってしまうから、今一度礼子様に渡し、かつ帝を元気にして櫛を返してもらえ、と言う願い、と言うか任務を千姫に課した」
どう?という感じでハナちゃんを見る。ハナちゃんはうんうんと頷きながら、
「そして任務が完了し、櫛を返してもらった千早ちゃんと一年さんが今度は自分たちの名前を彫って、千丘寺に預けた、と」
「そのようじゃの」
と返事をしたのはじー様だ。この人だけは、一年・千早の名前が彫られた櫛がこの千丘寺に預けられた経緯を寺伝として聞いている。オレは腕組みをしながら呟いた。
「うーん、なかなかに複雑だ… 源太がいたら寝込んでたろうね」
「ハナちゃん、ちょっとノートとペン貸して」
そう言って、ハナちゃんの推理用ノートに、今回の出来事を整理してみた。
***
●二日目の櫛の動き:
本家玉依姫命❘礼子❘光明天皇❘千丘寺❘分祀玉依姫命❘千姫
本家 玉依姫命が礼子に櫛を授ける。礼子亡き後、帝が手放さず、そのまま千丘寺に行き、現代に。つまり「千姫の手に渡らなかった櫛を保管する千丘寺」という歴史。
現代にタイムスリップした千姫に、寺伝の通りと分祀 玉依姫命が櫛を渡す。
●三日目:櫛を持った千姫たちが千丘寺を再訪するも、出てきたじー様は何も知らず、櫛も知らず。つまり二日目に櫛が千姫に渡ったことで、「櫛のない千丘寺」という歴史になった。
●四日目の櫛の動き:
千姫❘礼子(任務1)❘光明天皇❘千姫(任務2)❘千丘寺❘じー様❘ハナちゃん
「櫛のない千丘寺」訪問後、本家 玉依姫命の話を聞き、千姫が櫛を礼子に授ける。
礼子亡き後、帝は悲嘆にくれるが、千姫の願いが届き回復し櫛が千姫に戻る。新たに名を彫り千丘寺に預ける。「千姫自ら櫛を預けた千丘寺」という歴史が誕生
***
「こんな感じかな」
そう言ってハナちゃんに見せた。
「そうね、私もこういうことだと思う。でも、本家の玉依姫命の考え通り、せっかく受継いだ櫛をなぜ千早ちゃんは千丘寺に預けたのだろう…」
そのひとりごとのような呟きを聞き、ババ様が答える。
「それは、千早とお主たちを繋ぐものだからじゃろう。我らは祀られている限り何百年と歴史を目の当たりにすることはできるが、いくら神といえども、ヤタガラスの力がなければ時を行き来することなどできん。その櫛を巡り、時を行き来しお主たちに出会うことでようやく千早は櫛を手にすることができた。お主たちと繋がったからこそじゃ。その繋がりの櫛を、今度はお主たちに持っていて欲しかったんじゃろう」
ババ様をまっすぐに見つめていたハナちゃんは、
「でも本家の玉依姫命様は千早ちゃんに持っていて欲しかったのでないでしょうか?」
と聞くと、
「その千早がお主たちに持っていて欲しいと願ったのじゃ。その箱の底に入っていた写真こそが、その願いを現しているとは思わんか」
ハナちゃんがはっとして箱の中の写真を手に取る。すでに薄茶色に変色しているが、それは700年の時を超え、間違いなくオレたちが繋がった証拠だ。
写真の裏の「我らが友 ハナ殿、健太郎殿へ」というメッセージを見たババ様が言った。
「ほっほっほ。よき哉」
「またいつか会えるでしょうか?」
「そうじゃの。あるいは、そんな時があるやもしれんな」
ハナちゃんは見つめていた写真から顔を上げ、
「ババ様、和尚様。ありがとうございました」
と丁寧に頭を下げたので、オレも慌てて背筋を伸ばして頭を下げた。
「これも何かの縁じゃ。千姫様はおらんがババ様はおるし、これからもたまには寺を訪ねてきなさい」
とじー様が言うと、
「本家の玉依姫命のところものぅ」
とババ様がにっこりと笑って言った。
オレたちは、じー様とババ様にもう一度丁寧に礼を言い、千丘寺を後にした。
叡電に乗っている間、ハナちゃんはずっと櫛を見つめて、何も喋らなかったけど、出町柳に着いたら、
「ねぇ、一年さんや千早ちゃんたちと、話し、というかコミュニケーション取る方法ってないのかしら?」
と不意に聞いてきた。
オレも車中で全く同じことを考えていたので、
「うん、オレも同じことを考えてたんだけど、難しいかなぁ。もしかしたらババ様に頼んでみたらどうにかなるのかもしれないけど、でもババ様も、ヤタガラスの力がなければタイムスリップなんてできないみたいなこと言ってたしね」
と答えた。
「そうよねぇ、はぁ、ヤタガラス、どこからか飛んでこないかなぁ」
「まぁまぁ。そのうち今回の源太みたいに、またひょっこりどこかに出てくるかもしれないよ」
「そうね、気長にその時を待つとしますか! なんか色々考えたらお腹が空いちゃった。健太郎、豆餅ごちそうして」
「おう、10個でも100個でも買うちゃぁそ!」
「なに、それ」
と言って、ようやくハナちゃんに笑顔が戻った。
そんな二人の思いを知ってか知らずか、河合神社のひときわ背の高い木のてっぺんから、3本足のカラスが「ふたば」に向かうオレたちを見つめていたことを、その時は知る由もなかった。




