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(1)再会

あれから一年が過ぎた7月のある休日。


今日も何事もなく比叡山から下山したが、あまりに暑いので、鴨川デルタに座って、ビールを飲みながら、足をじゃぶじゃぶさせていた。


鴨川デルタとは、下賀茂神社の真南辺り、賀茂川と高野川の合流地点の三角地帯の通称で、普段なら多くの学生や、水遊びの子どもたちで賑わうのだが、暑すぎるせいか、今日は閑散としている。


「さて、と。オレもそろそろ帰るか」

と立ち上がろうとして、何気に川面を見ると、ぐるぐると渦を巻いているところがあった。

なんだろうとしばらく見ていると、渦はどんどん大きく、激しくなり、まるで巨大な洗濯機のような渦となった。


「え…」

と驚いたとき、その渦の中心に人の手が見えた。


「マジか!」

子供でも遊べる程度の深さしかないことを知っていたので、オレは咄嗟に飛び込み、じゃばじゃばと渦の中心に向かい、溺れている人の手を掴んだ。


「大丈夫! もう大丈夫! ゆっくりこっちへ!」

と大声で叫び、オレは手を離さないように岸に向かった。

亀石までたどり着き、そこから、溺れていた人を岸に押し上げようとした、のだが、その人は何ともう一人別の人の手を掴んでおり、

「そ、その者を先に」

とオレに言ってきた。


よくわからなかったけど、とにかく二人とも岸に上げなくてはと思ったオレは、二人目も抱きかかえて、やっとの思いで岸に上げた。

見れば、二人目の人はちょっと水を飲んだようで少し咳き込んでいたが、普通に呼吸もできているようなので大したことは無さそうだ。

良かった! オレは安心した。


そして驚いた。

「え…源太? それに正孝っ!」


オレがびっくりしたような声で叫ぶと、二人も驚いたようにこちらを眺め、目をぱちくりさせながら、


「おぉ、おぉ…八瀬殿! 八瀬殿ではありませぬか!」

「どうしたんだよ一体、ってか、え、なんで!?」

「八瀬殿こそ、なぜここに?」

「なぜって、ここはオレたちの世界だよ」


「え」

と言って、周りを見渡す正孝と源太。

しばし、加茂大橋を行き交う車や、立ち並ぶ建物、デルタから自分たちを見つめる人々を眺め、


「こ、これは一体…」

と声を絞り出す正孝。やっと落ち着いてきた源太も、

「た、確かに我らの知る糺河原ただすがわらとは違うような…」


その時、加茂大橋を走る市バスの大きなクラクションに驚いた源太は、

「な、あれは足利の新型の馬車でござるか!」

言うが早いか、矢筒から矢を抜き、弓を射ようとする源太にオレは慌てて、

「待て、待て、源太! あれは馬車じゃないよ、足利でもない!」

源太の両手を抑え、抱え込みながら、

「あれはオレたちの時代ではバスと言って、多くの人を運ぶ乗り物なんだ。よく見てみろよ。中に人が見えるだろ? 誰も鎧なんか着てないだろ? みんなフツーの人なんだよ」

そういうと、

「い、いかにも。侍ではなさそうでござるな」


矢をしまった源太を見てほっとしたオレは、改めて二人を見て気づいた。

初めて会った時の足軽のような恰好ではない。何というか、刀も二本差しで、弓と矢筒も背負っている。詳しくはわからないけど、侍の正装と言うものがあれば、これがまさにそれではないだろうか。


「や、八瀬殿、あれは、あれは何でござるか!」

正孝が指さす方向を見れば、少し背の高い6、7階建てくらいのマンション。


「あぁ、あれは…オレたちの時代の家、と言えばいいかな。あの中に人が住んでるんだよ」

「なんと、あれが家! あんな高いところまでいったいどうやって登るのか…」


一年前の一年の表現を借りると、鴨川で溺れ、おまけに刀や弓矢を持っている「異形の出で立ちをした」二人組を見つけた野次馬たちが、なんだなんだと集まりつつある。


「ところでさ、色々聞きたいこともあるんだけど、この時代にその恰好は目立つから、とりあえずオレの家に行こう」

と彼ら立たせた。


警察にでも通報されたら面倒くさいことになる。

いくら映画の撮影と言い張ったところで、刀を見られたら、さすがにバレるだろう。事情聴取なんてことになったらもっと大ごとだ。ここは早々に退散するが吉、と判断したオレは、

「なんか、学生の同人映画の撮影みたいですよ」

と適当なことを言って、二人をせかし、寺町通り沿いのオレのアパートに連れて行った。


道中、あれはなんだ! これはなんだ、とうるさい二人を連行するように歩きながら、オレはハナちゃんに電話をして、とにかく今すぐオレのアパートに来るように頼んだ。

彼女はドラマのロストを見てるところなのにぃ、と抗議したが、緊急事態だから、と頼み込んだ。


冷蔵庫から洗濯機、TVにパソコン、彼らの目にとまったものを一通り説明していると部屋のチャイムがなった。

さっと刀に手をやり、音の鳴った方向を振り向く二人。インターホンのモニタに近づく源太。


「こ、これは、ハナ殿ではありませんか!」と言うと、正孝も、

「なにっ」

と駆け寄る。


「ま、まさしくこれはハナ殿! 何故、このような小さき箱に…」

と、オレを見るから、

「いやいや、これはオレたちの世界ではインターホンと言って、正孝たちの時代の…呼び鈴? みたいなものだよ。オレたちの時代では、誰かの家を訪れたら、このインターホンを鳴らして到着を知らせるんだ。はいよ、ハナちゃん、お待たせ、玄関開けたよ」


ガチャっとドアを開けて入ってきたハナちゃんは、一瞬固まってから、すぐに、

「あら~、正孝さんに源太さんっ! どうしたの一体!」


そう言われた正孝と源太も、

「ハナ殿~っ」

と懐かしそうに声を上げた。


しばし、同窓会のように、元気だったか、変わりはないかと話す三人。


夕飯時になったけど、外に食べに行くのはさすがにまずそうだったので、オレはデリバリーでピザを頼んだ。


「これは、何でござるか?」

そういう正孝に

「これはね、小麦粉を練って薄く延ばして焼いた…饅頭みたいなものだよ。毒じゃないから。まぁ安心して食べてみなよ」

といって、オレとハナちゃんは一切れ掴み、頬張った。

「ん~、うまい!」


その様子を見て安心したのか、正孝も源太も手を伸ばし、恐る恐る口に運んだ。

しばらくもぐもぐした後、正孝と源太は目を見開いて見つめ合い、それからオレたちの方を向いて、

「うまい!」

と叫んだ。それは何より、よかったよ。


「ところで一体どうしたの。まさかまた二人に会えるなんてびっくり。でも今日は、一年さんは一緒じゃないの?」

とハナちゃんが聞くと、は、そうでした、と言わんばかりに正孝が居住まいを正し、オレたちに向き合って話を始めた。


聞けば、先だって、彼らの修学院村に帝からの使いが来て、この辺りを光明天皇退位後の仙洞御所とするので村を寄こせ、と言ってきたらしい。

お館様が命に代えて守ってくれた村を、いくら帝の命とはいえ、たやすく差し出せるわけもなく、一年が村を代表して御所に撤回の嘆願に向かったとのこと。しかし撤回はどうも厳しそうだと同行の使者から連絡があったため、一年の援軍となるべく、正孝と源太で御所に向かうため鴨川の糺河原を渡渉中、源太が足を滑らせて溺れた、と。


「源太さん、泳げないの?」

「いや、ふんどし一丁なら、いくらでも泳げるのですが、本日は御所に赴く途中で、帝に参内するやもしれませんでしたので、我らの正装である素襖すおうに、二本差し、矢筒までも背負っておりました故…」


「なるほど。それでそんなきちんとした身なりだったんだ。前に会った時とはずいぶん違うなぁとは思ったんだよ」

「御所ですから。さすがに足軽風情では」

「で、溺れたと思ったら、なぜか700年後のこの世界の鴨川に浮かび上がって、健太郎に助けられた、と言うこと?」

「その通りです。 八瀬殿、これはきっと何かのお導き! ついては八瀬殿にお力添え願えませんでしょうか」

「いや、お力添えって言ったって、何をすればいいのやら。しかも、一年はまだ700年前にいるんでしょ? どうやったらその時代に戻れるか…ま、とにかく、明日御所に向かってみようか」


オレは二人に部屋着を貸してやった。

最初は、侍たるもの、刀も差せぬこのような着物を、とかぶつくさ言ってたのに、着替えたら意外と着心地がいいとか、肌触りが素晴らしいとか、結構気に入ってくれたようだった。

その日は昔話に花が咲いて、ハナちゃんもオレの部屋に泊まることとなった。


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