第5章 — ライバル、現る
カイトは封筒を開く前に、しばらくの間それを握りしめていた。
通りは空っぽ。壊れた街灯が断続的に点滅し、まるで何かを警告しているかのようだった。
メッセージは短すぎた。偶然の言葉ではない。
黒いインク、鋭い筆跡──急いで書かれたが、意志だけは確かに刻まれていた。
「大会に出るな。」
署名はない。
印もない。
ただ、むき出しの命令だけがあった。
カイトは紙を握りつぶした。
胸の奥に薄い怒りが湧いた。
それはディストーションの炎ではなく──
彼自身のものだった。
誰が彼に退くよう命じた?
誰がこの一枚の紙切れで、“ヴォーゼ”の血統をステージから遠ざけられると思った?
彼は紙をポケットにしまい、歩き出した。
夜明け前の街灯が、まるで好奇心を持つ瞳のように彼を追った──
もしかしたら、本当に誰かが見ているのかもしれない。
この地下サーキットでは、
誰かが消えれば誰かが気づく。
誰かが昇れば、誰かがその足を切ろうとする。
角を曲がり、メインアベニューに出た瞬間、空気が変わった。
濡れたコンクリートの上、青いネオンの下に一つの影が立っていた。
中くらいの身長。完璧な姿勢。黒い無地のパーカー。
犯罪者のようでもなく、普通の人間にも見えなかった。
カイトが近づくと、その影が顔を上げた。
淡い灰色──ほとんど銀のような瞳。
青年は、まるで自ら動くチェスの駒を眺めるような笑みを浮かべた。
「カイト、だよな?」
低く、しかし確かな声。
カイトは足を止めた。警戒を崩さず。
「誰だ?」
青年は電柱から体を離した。
その動きには不自然な隙がなく、まるで舞台の振付のようだった。
その歩き方には精密さがあり、肩には規律、足にはリズムがあった。
「レンだ。」
軽く頭を下げる。
「君のことは聞いてる。特に、“落下寸前からの奇跡的な回復”について。」
カイトの背筋が固くなる。
「……尾けてるのか?」
レンは肩をすくめた。
「いや。運命、ってやつだろ。」
再び笑う。その笑みに挑発の色が混ざる。
「このローカルトーナメントは狭すぎる。同じものを求める二人にはな。」
「同じもの?」
カイトが問い返す。
レンは片手を上げ、拳を握り、そして指を広げて前方を押すような仕草をした。
「最強になること。そして──君が壊れる寸前まで、どこまで耐えられるか見てみたい。」
その言葉は、重いビートのように二人の間に落ちた。
カイトは眉をひそめる。
「脅しのつもりか?」
「脅し?」
レンは小さく笑った。
「いや、招待だ。」
「……招待?」
レンが一歩近づく。
その瞬間、光が彼の首元を照らした。
そこにはリーグ本部の認定ホイッスルがぶら下がっていた。
ただのダンサーではない。
彼は正式なシステムで訓練された者だった。
「大会前の親善試合だ。」
レンが言う。
「明日。第9区のプラットフォームで、7時。」
カイトは半歩後退した。
第9区──あの区域は悪名高い。
不安定な可動床、故障したセンサー、そして“戦場環境”を模した危険な訓練施設。
多くの者が避ける場所。
「なんで俺が受けなきゃいけない?」
カイトが問う。
レンは肩をすくめた。まるで答えは当然だと言わんばかりに。
「君は自分の限界を知りたい。
俺は、それを壊したい。」
その言葉の鋭さが、カイトの鼓動を速めた。
恐怖ではなく──共鳴だった。
その気配、その目の光──
それは“奈落の縁で踊る者”の目。
「もし行かなかったら?」
カイトの声は低く、挑むように。
レンは苛立つほど穏やかな笑みを浮かべた。
「君は来るさ。俺たちみたいな人間は、挑戦を拒まない。」
彼は背を向ける。
「それと──気をつけろ、カイト。匿名の手紙にな。」
カイトの身体が固まる。
レンは振り返らないまま、片手を軽く上げて別れの挨拶をした。
「脅してるとは限らない。
──時々、それは“守ろうとしている”んだ。」
そして街の光の中へと溶け、消えた。
カイトはその場に立ち尽くした。
ポケットの中の封筒が、異様に重く感じた。
レンは自分を知っているのか?
ディストーションのことを?
“ヴォーゼ”の血のことを?
それともただ──危険な賭けを楽しんでいるだけなのか?
ひとつだけ確かなことがあった。
明日の決闘は、すべてを変える。
そしてこの地下世界では──
二人の若き才能が“戦のリズム”で出会いを約束したとき、
プラットフォームは起動前から震え始めるのだ。
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次の章へ続く:
家に戻ったカイトが見たのは、開いたままの窓。
そしてベッドの上に置かれた、二枚目の手紙。
そこには黒いインクで書かれていた。
「レンはお前の味方じゃない。」




