第4章 — 血統の兆し
タイマーが03秒に到達した瞬間、プラットフォームは再び傾いた。
今度は、普通のダンサーなら一撃で奈落へ投げ落とされるほどの暴力的な角度だった。
カイトは空気を掴むように腕を伸ばし、つまずき、膝から滑り、ズボン越しに金属が肌を焼くのを感じた。
呼吸を本能的に止める。
「ディストーションは使うな!」
サトウの声が、鋭い一撃のように空気を裂いた。
カイトはそれに従おうとした。
身体は赤い本能を起動したがっていた。
世界がスローモーションになり、軍の命令のような冷たい精度が降りてくるのを求めていた。
しかし彼はオレンジの瞳を保ち、鼻で呼吸し、全身の筋肉に反抗させた。
プラットフォームが右へ回転する。
中央の床が盾のようにせり上がる。
後方は六センチ沈み込み、均衡を壊す。
カイトはほとんど倒れかけた。
だが力任せに反応する代わりに、彼は即興で切り抜けた。
崩れかけた動きを横移動に変換──ステップ、ピボット──
そしてその勢いを利用して床の回転に合わせて身体を回した。
円の軌道を描くように動き、軸の中心へ正確に戻った。
サトウは完全な沈黙で見つめていた。
「三十九秒。」
乾いた声。
プラットフォームが障害物を生成した。
レール上を移動する低い柱たち。
精密さを要求する罠。
カイトはひとつ跳び越え、ひとつの下を滑り抜け、床が滑った瞬間に回転した。
美しくはない。
優雅でもない。
ただ生存のための動きだった。
五十五秒──
最悪の事態が起きる。
側面パネルが大きく開き、人工風が彼の身体を引きずり出そうとした。
指が金属をかき、腕が滑り、重力が勝ち始める。
パニックが喉元まで迫る。
ディストーションが浮かび上がった──
熱い金色の血がこみ上げるような感覚、視界が細くなり、瞳孔が世界を研ぎ澄まそうとする。
だがカイトは歯を食いしばった。
「……ダメだ。」
声にならない決意がこぼれる。
体幹の力を使い、腰をねじり、
パネルの縁を蹴って即興のジャンプで中央へ飛び戻った。
ダンサーが見れば笑い出すほど技術のない動き──
だが、成功した。
タイマーが鳴る。
60秒。
プラットフォームは攻撃性をすべて停止し、通常モードへ戻った。
カイトの呼吸は重い太鼓のようで、吸うたびに胸の奥が炎のように痛んだ。
サトウが歩み寄る。
「やったな。」
感情のない声。
「だが二度、落ちかけた。」
カイトは額の汗を拭った。
まだ手が震えていた。
「ディストーションを使わずに。」
誇りを含んだ、苦しい息。
サトウが近づく。
薄暗い倉庫の光の下で、彼の黒い目はさらに深く見えた。
「お前はまだ理解していない、カイト。」
「何を?」
数秒の沈黙が訪れる。
遠くの街の雑音が倉庫の空気を満たす。
「ディストーションは“力”ではない。」
サトウが口を開く。
「多くが思うようなものではなく、これは本能だ。
お前の血統──“ヴォーゼ”の戦の記憶だ。
本には載らない歴史。
地上の誰も知らない過去だ。」
カイトの心臓が跳ねた。
「俺の……家族が?」
「家系だ。」
サトウが訂正する。
「ヴォーゼの一族。偶然の名前と思うか?
彼らは“戦のリズム”を、開始前から聞いていた。
何世代にも渡り、戦闘本能は人間の域を超えていた。
最初の祖先──“始まりの者”は、一万の兵を一人で倒したと言われている。
生き残った者たちは彼をこう呼んだ。
『音を歪める者』と。」
カイトは息を呑む。
「じゃあ……俺の中のこれは……」
「その残響だ。
薄まってはいるが、なお致命的な破片だ。」
一歩、サトウが近づく。
「ディストーションは、かつての戦士の最後の影響。
それが現れるたび、お前の動きが変わる。
目が燃える。
そして終わったあと、記憶が欠ける。」
カイトは目をそらした。
白い虚無。
途切れた記憶。
抜け落ちた時間。
「じゃあ俺は……古い武器なのか?」
サトウはゆっくりとうなずく。
「そうだ。
だが、まだ“標的を選べる武器”だ。」
カイトは深く息を吸った。
言葉の重さが胸に沈む。
世界が一度に大きくなり、同時に小さくなる。
「俺の家族は……知ってたのか?」
サトウは顎を硬くした。
「知っていた者もいた。
隠れた者もいた。
追われた者もいた。
そして──」
小さく息を止める。
「制御できずに消えた者も多い。」
倉庫が沈黙で満たされた。
カイトはようやく視線を上げる。
「大会が迫ってる。
もしディストーションを使えば……」
「勝つ。」
サトウは答える。
「だが代償を払う。」
「使わなかったら?」
サトウは靴先でプラットフォームを軽く叩いた。
「負ける。」
空気が重く沈む。
カイトは悟った。
大会はただの競技ではない。
ヴォーゼの血の試練。
逃れられない運命。
サトウは背を向ける。
「明日は武器訓練だ。
衝撃弾を使う相手とも戦う。
殺傷力はないが……痛いぞ。」
そして歩みを止める。
「それと、カイト──」
「なんだ?」
「ディストーションに“決めさせる”な。
あれは本能で勝とうとする。
だが、お前は“選んで”勝て。」
カイトはプラットフォームに一人残された。
手を見る。
静脈が脈打つ。
ピアスはまだ緑──静穏。
今のところは。
外の空は暗く、雨を孕んでいた。
カイトは考えた。
ヴォーゼの名、祖先の戦士、
まだ理解しきれぬ力。
そして胸の奥に、確信が芽生える。
ディストーションが戦の残響なら──
彼は、戦いを“踊り”へと変えなければならない。
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次の章へ続く:
倉庫を出たカイトは、ドアに貼られた匿名の封筒を見つける。
中には黒いインクで書かれた一文──
「大会に出るな。」




