表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦の舞  作者: 闇の獣性
20/26

第20章 ― 裏切り(うらぎり)

雨が激しく降りしきり、第7区はまるで液体の蜃気楼のようだった。

ネオンと煙が溶け合い、赤と緑の光が濡れた路面に反射して揺れる。

──カイトの瞳にも、その二色の光が脈打っていた。


倉庫の中では、錆びた屋根を叩く雨音が、

ミカが再稼働させたサーバーの低い唸りと混ざり合っていた。

ギャングの全員が、青く光るホログラムの地図を囲んで立っている。


サトウが指で北側を示した。

「レンはすでに北セクターを占領した。

 このまま放っておけば、包囲されてエネルギー市場のルートを断たれる。」


ダンテが手を擦りながら言う。

「だったら今すぐ攻めよう。奴が動く前に。」


ミカは疲れた目で地図を見つめる。

「でも、それは全部を賭けるってことよ。……奴はカイトが戻ったって知ってる。」


サトウが頷いた。

「だからこそ、理解する前に動こうとするはずだ。」


カイトは黙って聞いていた。

頭の奥ではまだ、あの“幻視”の余韻が響いていた。

──祖の声、戦場の残響、黄金の顔。


“レンは同じ血を持っている”

その言葉だけが、心の奥にこびりついて離れなかった。


やがて彼は口を開く。

「……攻めない。」


全員が顔を上げた。

カイトの声は低く、確信に満ちていた。

「奴は俺たちに動いてほしいんだ。拍を読もうとしてる。

 なら、待つ。」


ダンテが腕を組んで、苛立ちを隠さず言った。

「待つ? ここはチェスじゃねえ、戦争だぞ。」


「戦争も音楽だ。」

カイトの声は冷たく静か。

「敵が“音が終わった”と思った瞬間に、次を奏でるんだ。」


言葉の重みが空気を押しつぶした。

誰も反論しなかった。

いつも意見をぶつけるサトウでさえ、

その夜ばかりは黙っていた。


だが、その沈黙の奥に、何かが潜んでいた。

──音と音の間の“異音”。

倉庫全体が、どこかおかしく呼吸しているようだった。



---


数時間後。

皆が眠りについたころ、カイトは足音で目を覚ました。


暗闇。

重い空気。

パネルの光が微かに点滅している。


出口のほうで、影が動いた。

──速い。正確な動き。


カイトは音もなく立ち上がり、後を追った。


その人物は横の扉からメンテナンス通路へと進む。

カイトは照明を点けず、ブーツの音だけを追う。


やがて外に出たとき、誰なのかが見えた。


リョウ。


ギャングの中で最も短気な戦術家。

トーナメントの後から、ずっと様子が変だった。


リョウは壁の電力パネルに何かを取り付けていた。

──送信機。


金属音が小さく響く。


「……リョウ。」

カイトの声が低く響いた。

「何をしている。」


リョウの身体が凍りつく。

ゆっくりと振り向いた顔は、蒼白だった。


「ボ、ボス……俺は……」


「答えろ。」

カイトが一歩踏み出す。

瞳が琥珀色に光を放つ。

「誰の命令だ。」


リョウの唇が震える。

「……やつらに捕まったんだ。

 やらなきゃ……妹を……殺すって……」


カイトの心が冷たく沈む。

「……レン、か。」


リョウが唇を噛んだ。

「奴は全部知ってる。

 俺たちの動き、計画、全部だ。

 この送信機はただ……通信を繋げてるだけなんだ。」


その時、背後から足音。

サトウが現れた。


「何があった。」


リョウが両手を上げ、声を震わせた。

「裏切るつもりはなかった! 誓って!

 奴らに……脅されたんだ!」


カイトはただ見つめていた。

胸の奥で“歪み”が暴れ出す。

怒り。反射。破壊。

──だが、抑えた。

握った拳を、静かにほどいた。


「……お前が俺を、奴のところへ連れていけ。」


「な、なに……?」

リョウが目を見開く。

「無理だ、奴は第9区に──」


「なら、そこへ行く。」

カイトはサトウに向き直った。

「全員を準備させろ。戦争を始める。」


サトウが眉を寄せる。

「まさか……奴の本拠地に突っ込む気か。」


カイトが短く答えた。

「違う。──“音楽”を壊しに行く。」



---


翌朝。


ギャングを乗せた改造輸送機が、地下のトンネルを滑っていた。

ネオンとグラフィティに彩られた壁。

遠くで鳴る歪んだ音楽と、賭けの囁き。


ミカは周波数ブレスレットを調整しながら、カイトを見る。

「……本当に、会いに行くのね。」


カイトは窓の外を見つめたまま答える。

「奴が呼んでいる。

 俺が堕ちる瞬間を、この目で見たいんだ。」


ダンテが座席を指で叩く。

「だったら、逆にしてやろう。

 奴を“俺たちの拍”で踊らせる。」


サトウが短く笑った。

「で、指揮者様。作戦は?」


カイトが視線を上げた。

「簡単だ。

 ──レンが“音”を支配するなら、俺は“静寂”を撃つ。」


輸送機が止まる。


巨大な鉄の門。

レンの紋章が刻まれた場所。


第9区。

黒のリーグの心臓部。


カイトがリョウを見る。

「ここか。」


リョウが小さく頷く。

「……奴は中で待ってる。」


ミカが音響装置を起動しながら言う。

「警告。周波数を30ヘルツ以上に上げると、

 プラットフォームが崩壊する。」


カイトが笑う。

「ちょうどいい。」


門が開いた。


その先には、

ガラスと鋼でできた長い回廊。

中央のアリーナへと続く一本道。


そして、その中心に──

レンが立っていた。


静かに、完璧に、

まるでこの瞬間を何度もリハーサルしてきたかのように。


「ようこそ、ヴォーゼ。」

複数の声が重なったような響き。

「裏切りが、お前をここへ導くことは分かっていた。」


カイトが一歩前へ。

「そして俺は……お前が待ってるのを知っていた。」


レンが穏やかに微笑む。

「──では、血が始めた物語を、終わらせよう。」


音が動き出す。

壁が震え、床が波打つ。

旋律が始まった。

あの古の戦場で鳴り響いていた“戦いの曲”。


カイトが目を閉じる。

歪みが体中を走る。

だが、今は違う。

その奥にもう一つの拍があった。


──“音と音の間の沈黙”。


彼は目を開ける。

半分赤、半分橙の瞳。


「今日という日は、レン……」

拳を構える。

「──このリズムは、俺が奏でる。」



---


次の章へ続く:


第9区全体の地面が震え出した。

プラットフォームが割れ、分かれていく。

レンは微笑み、静かに呟いた。


> 「──新しい拍が、始まったな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ