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戦の舞  作者: 闇の獣性
15/26

第15章 — 堕落の振付(だらくのコレオグラフィー)

暗闇が、長すぎた。

地方大会を埋め尽くす群衆は静まり返り、

光の帰還を待っていた。


カイトはプラットフォームの中央で、

動かずに立っていた。

靴底の下で、床が微かに震える。


響く音は、もうスピーカーからではなかった。

どこか見えないシステムが奏でる、

不規則で壊れた、だが“生きている”拍子。


そして──光が戻った。


だが照らされたのは観客ではない。

二人だけだった。


カイト、一方に。

レン、もう一方に。


周囲のアリーナは消え失せ、

代わりに現れたのは投影された幻影。

白い虚無の中を、黒い線が走る。

五線譜のように動くその空間。


「──堕落の振付。」

無機質な声が告げる。

「二人の舞。ひとりは残り、ひとりは堕ちる。」


レンが一歩、前へ出た。

黒いジャケット。灰色の髪が目にかかる。

飾りも仮面もなく、ただ静寂だけを纏っている。


彼の声は低く、澄み切っていた。

ひとつの音のように、空気を貫く。


「待ち望んでいたよ──カイト・ヴォーゼ。」


カイトは拳を握る。

「なら、なぜ殺し屋を送った。」


レンは微笑む。優しげに、だが失望したように。

「君が“堕ちる”前に、どこまで踊れるか見たかった。」


スクリーンが点滅する。

──開始準備。


観客が叫ぶが、その声は遠い。

まるでここだけが隔離された精神の戦場。


舞台裏でサトウが異変に気づく。

制御盤のエネルギー表示が赤へと変わった。

──本来、出てはいけない色。


「……これは普通の戦闘じゃない。」

彼が呟く。

「レンは“歪曲モード”を起動させた。」



---


カウントが始まる。

3… 2… 1…


床が動いた。


レンが先に動く。

一切の無駄のない正確なステップ。

それは攻撃ではなく、指揮だった。


足音がプラットフォームの拍を変える。

彼はダンサーであり、同時に指揮者。


カイトはリズムに合わせ、分析を始める。

だが、レンは一拍ごとに拍子を変える。


7/8。

5/4。

11/16。


「……拍を壊してる。中心を奪う気か。」

カイトの額を汗が伝う。


レンが旋回。

空気そのものが震え、

“音”が“衝撃”に変わる。


見えない刃が胸を貫き、カイトは膝をつく。

観客の悲鳴が遠ざかる。


レンが歩み寄る。

その一歩一歩が、心臓の鼓動のように正確だった。


「良い踊りだ、カイト。

 だが、お前の“歪み”は未完成。

 お前がそれを支配しているようで──支配されている。」


カイトは顔を上げる。

緑のイヤリングが光り、橙の瞳が細まる。

「じゃあ──お前のは?」


レンが静かに答えた。

「完璧だ。」


プラットフォームが変形する。

床が傾き、壁が浮かび、空間全体が檻となる。


カイトの“歪み”が吠えた。

体が反応するより早く、意識が燃える。


瞳は赤に染まり、

動きは短く、荒く、読めない。


レンが笑う。

「──そう、それでいい。」


二人の衝突とともに、音が消えた。

戦いは重力を裏切る舞踏へと変わる。


蹴り、回転、押し、かわし。

すべてが一瞬の拍に溶ける。


レンは“秩序”そのもの。

カイトは“本能”の化身。


──秩序 対 混沌。


衝突のたびに、床が形を変える。


やがてレンが押し込む。

カイトが背中から落ちる。

その下の床が消えた。


観客が叫ぶ。


だが、カイトは落ちない。

指先で次のパネルを掴み、体を反転。

空中で一回転し、舞い戻る。


レンの横薙ぎの一撃。

カイトは紙一重で避け、

“ショーマン”戦と同じ技を繰り出す。


ステップ。

フリーズ。

スロー。


レンが膝をつく。驚愕の表情。

カイトが詰める。

だが、レンの腕が上がり──音が爆ぜた。


目に見えぬ衝撃がカイトを弾き飛ばす。

二人の体が宙を舞い、

光が点滅。


たった一瞬、

二人は“音と音の間”に吊られた音符のようだった。


着地。

互いに正面。

呼吸は、完全に同期していた。


レンが沈黙を破る。

「分かったか、ヴォーゼ。

 敵は“リズム”じゃない。

 敵は“”だ。」


カイトは目を細める。

「じゃあ──その“間”で踊ってやる。」


拳を握り、跳ぶ。


“歪み”が応える。

だが、もはや彼を支配しなかった。


カイトが“それ”を導いていた。

狂気と計算の共鳴。


レンの予測が崩れる。

カイトの拳が鳩尾を打ち、

続く動きがリズムと力の極限を刻む。


レンが後退──そして、

プラットフォームの縁から落ちた。


静寂。


観客の息が止まる。


システムが光る。


> 落下 — レン

勝者:カイト・ヴォーゼ





---


光が戻る。

音が戻る。

観客が爆発する。


だが、カイトは動かない。

彼はただ、縁を見下ろした。


そこには、まだレンがいた。

片手でパネルを掴み、穏やかに笑っていた。


「……いい踊りだったよ、ヴォーゼ。」

彼は静かに立ち上がる。

「だが、これは──第一幕にすぎない。」


カイトが一歩進む。

「どういう意味だ。」


レンが天井を指差す。


アリーナの上空。

ホログラムのスクリーンが一斉に点灯。


映し出されたのは──

これまでの全ての戦闘記録。

カイトが“歪み”を使った瞬間まで、すべて。


レンの声が、全館放送に響く。


> 「これが、“名誉の戦士”を名乗る男の真実だ。

“声の血統”の末裔。

彼の中にあるのは──踊りではない。捕食だ。」




観客がざわめく。

疑念。

恐怖。

呟きが伝染する。


カイトは理解した。

レンは肉体では敗れた。

だが、“心”では勝ったのだ。


観衆を、そして地下世界全体を、

彼に敵対させた。


サトウが叫びながら走り出す。

「放送を切れ! 今すぐに!!」


だが、もう遅い。


レンは傷ついた体で立ち上がり、

静かに微笑んだ。

「俺は堕ちた。──だが君は、舞台を失った。」


その言葉を残し、

彼は闇に溶けた。


カイトは動けなかった。

轟く群衆の声が、

遠い他人の音に聞こえる。


“ヴォーゼ・ギャング”が駆け寄る。

だが拍手はない。


人々の瞳に宿るのは、

称賛と──恐怖。


カイトはうつむく。

勝利は、呪いに変わった。



---


次の章へ続く:


夜が更けた頃、

カイトのブレスレットが光った。


新しいメッセージ。

送信者:レン。


そこにあったのは、たった一行。


> 「──ようこそ、“悪役”の役へ。」

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