落ち葉の月あかり
十一月。
木かげ町の桜並木は、すっかり葉を落としていた。
登下校の道は赤や黄色の落ち葉で埋まり、ふたりが歩くたびにしゃりしゃりと音を立てた。
「すごいな。まるで落ち葉のじゅうたんだ」
はるとが足もとを見ながら言う。
「うん……なんか、ふしぎな道みたい」
柚木つむぎは両手いっぱいに落ち葉を抱えて、ふわりと空に放った。
赤や黄、茶色の葉がくるくると回りながら宙を舞い、その向こうに白い月が浮かんでいた。
秋の夕暮れは早く、空はすでに藍色に沈みかけている。
その夜は十五夜だった。
◇
夕方、ふたりはクスノキの下で待ち合わせをした。
町ではお月見団子を並べた家も多く、縁側に明かりが灯り、どこからか甘い匂いが漂ってくる。
すすきの穂が風に揺れ、虫の声が辺りを満たしていた。
「月、きれいに見えるかな」
「今日は晴れてるし、大丈夫だろ」
はるとが空を仰ぎ、つむぎも隣で息をのんだ。
雲ひとつない夜空に、大きな丸い月がくっきりと輝いていた。
その光は落ち葉を照らし、まるで地面にまで光の川を流しているように見えた。
静けさのなか、ふたりは言葉をなくして月を見上げていた。
そのときだった。
『ありがとう……こうして見てくれて』
どこからともなく、不思議な声がした。
「まただ!」
つむぎは思わず目をこらす。
すると、落ち葉がふわりと集まり、月の光を浴びてひとつの人の形をつくった。
淡い黄金色に透けるような姿は、少女のようにも、舞う葉そのもののようにも見えた。
『わたしは落ち葉の精。秋の終わりに、みんなに“おつかれさま”って伝える役目なの』
「おつかれさま……?」
はるとが小さくつぶやく。
『春に芽吹き、夏に茂って、秋に色づいて散る。木の葉たちは、一年を全力で過ごして最後に眠るの。だから“ありがとう”って言ってほしいんだ』
精の声はやさしく揺れていた。
つむぎは胸がじんと熱くなり、ノートを取り出して書きつける。
『落ち葉は木の手紙。“ありがとう”を伝えるために散る』
はるとは黙ってしゃがみこみ、地面から一枚の葉を拾った。
それを月あかりにかざす。
「……じゃあ、ありがとう。来年もきれいに色づいてな」
その言葉に応えるように、葉がかすかに光り、風にのって夜空へ舞い上がった。
ほかの落ち葉もざわりと音を立て、いっせいに光をまとって月に吸いこまれていくように見えた。
しばしのあいだ、ふたりはただその光景に見入っていた。
◇
帰り道。
桜並木は月明かりに照らされ、落ち葉のじゅうたんが白く輝いていた。
ふたりは並んで歩きながら、しばらく黙って空を見上げていた。
その静けさは不思議と心地よく、言葉を交わさなくても気持ちが伝わるように思えた。
「なあ、つむぎ」
はるとが小さな声で言った。
「ん?」
「俺たちも、ちゃんと“ありがとう”って言える友達でいたいな」
つむぎは少し驚いた顔をしたが、すぐににっこり笑った。
「うん。じゃあさ、来年の秋も一緒にお月見しよう」
はるとはうなずき、ふたりは並んで歩き出した。
足もとで落ち葉がしゃりしゃりと鳴るたびに、それは小さな約束の音のように響いた。
頭上の月は静かに輝き、落ち葉のじゅうたんを照らし続けていた。
その光は、ふたりの心の奥にもゆっくりと染み込んでいった。