どんぐりの手紙
十月。
木かげ町の空はすっかり高く澄みわたり、昼間の光もどこかやわらかくなっていた。
学校の帰り道、つむぎとはるとは町外れの大きなクヌギの木の下に足を止めた。
見上げると、枝の先に残った葉がかさかさと鳴り、足もとには丸々としたどんぐりがいくつも転がっている。
「わあ、すごい! まるで宝物がいっぱい落ちてるみたい」
つむぎはしゃがみこみ、両手いっぱいに拾いはじめた。
「見て! 帽子つきのかわいいやつ」
「おお、俺はでっかいやつ見つけた」
はるとも負けじとポケットにどんぐりを詰め込む。
二人は夢中になり、気がつけばポケットはふくらんで、カチカチと音を立てていた。
「これで遊べるな」
「遊ぶって?」
「コマにするんだよ。昔、じいちゃんに教わった」
はるとは石にどんぐりを押し当て、親指と人差し指でつまんで回してみせた。
くるくると回りながら、どんぐりは小石の上を軽やかに踊る。
「すごい!」
つむぎは目を輝かせて拍手した。
けれどすぐに、彼女は何かを思いついたようにペンを探り出した。
「でもね、私はもっと違う遊び考えた」
「なんだ?」
「どんぐりに名前を書いて、交換するの。お手紙みたいに!」
つむぎはリュックから油性ペンを取り出し、どんぐりに小さく「つむぎ」と書いた。
丸い表面に、かろうじて文字が収まる。
「ほら、はるともやってみて」
「えぇ……」
彼は少し照れながらも、ひとつのどんぐりに自分の名前を書いた。
文字は曲がって少しいびつだったが、それがかえって愛おしく見えた。
「はい、これでお手紙交換」
つむぎはどんぐりを差し出す。
「変わってるな、お前」
「いいでしょ。なくさなければ、ずっと友だちの証だよ」
二人は笑いながらどんぐりを交換し、それぞれのポケットにしまいこんだ。
◇
帰り道。
夕暮れの風がふっと強く吹き、落ち葉を巻き上げた。
「あっ!」
つむぎが声を上げた。
ポケットからどんぐりがころんと飛び出し、坂をころころと転がり落ちていく。
「待て!」
はるとも慌てて追いかける。
二人で手を伸ばし、やっと枯れ葉の中に紛れ込んだどんぐりを拾い上げた。
そのときだった。
拾ったどんぐりの表面に、細い文字が浮かびあがった。
『たいせつにしてくれてありがとう』
「えっ……!?」
つむぎとはるとは同時に目を見合わせた。
『わたしは木のこども。拾ってもらえると嬉しいんだよ。ずっと土に眠っているだけより、名前をもらえたら幸せ』
声はどこからともなく、どんぐりからにじむように響いていた。
小さな声だったが、秋の静けさに溶け込み、胸にまっすぐ届いた。
つむぎは胸が熱くなり、震える手でノートを開いた。
『どんぐりは名前を呼ばれると喜ぶ。手紙みたいに思いを残せる』
書き終えると、はるとは自分のどんぐりをぎゅっと握りしめた。
「じゃあ、絶対なくさない。俺の宝物にする」
その瞬間、どんぐりはかすかに光り、やわらかな温もりを返した。
すぐに光は消えたが、そのぬくもりは手の中に残っていた。
◇
夕暮れの空は赤から紫に移り変わり、西の空に細い月がかかっていた。
二人はポケットのどんぐりを確かめながら歩いた。
「……なんか、本当に手紙をもらったみたいだな」
はるとがぽつりと言う。
「うん。秋の木からの手紙だよ」
つむぎは微笑んだ。
そのとき、クヌギの枝が風に揺れ、カラカラと乾いた音を立てた。
それはまるで「また遊びにおいで」と木が囁いているようだった。
落ち葉がひらひらと舞い降り、二人の足もとを彩った。
その光景もまた、ふたりのノートに残る大切な記録になった。
そしてポケットの中のどんぐりは、これから先もずっとふたりをつなぐ小さな証となるのだった。