星を拾った夜
夏休みも半分をすぎたころ。
柚木つむぎとはるとは、町はずれの丘に登っていた。
昼間はセミが大合唱するその丘も、夜になると静まり返り、空一面に星がひらけていた。
木かげ町の小さな家々の明かりが遠くに見え、風の音だけが耳にやさしく届く。
「うわぁ……!」
つむぎはリュックをおろし、草の上に寝転んで空を見上げた。
「こんなに星、あったんだね」
「いつもは街の灯りで見えないんだよ」
はるとも隣に腰を下ろし、膝を立てて空を見上げた。夜風は思ったより涼しく、汗ばんだ首筋をなでていく。
二人はしばらく無言で星をながめていた。
風に草が揺れ、どこかで虫の声がかすかに響く。
その静けさの中で、ひとすじの流れ星が夜空を横切った。
「今の見た!?」
「お前、お願いしたか?」
「ううん、びっくりして忘れちゃった」
二人は顔を見合わせ、声をあげて笑った。
◇
そのとき、草むらの中に、小さな光がぽつんと落ちているのが見えた。
黄色とも白ともつかない、淡い光が静かに揺れている。
「……ホタル?」
はるとがそっと近づき、草をかき分けた。
近づいてみると、それは虫でも蛍光灯でもなく、星のかけらのように透きとおっていた。
つむぎは思わず息をのんだ。
「きれい……」
そっと手を伸ばすと、光はふわりと浮かびあがり、彼女の手のひらの上で淡く脈打った。
そして、澄んだ鈴のような声が夜気の中に響いた。
『ひろってくれてありがとう』
二人は目を丸くした。
「ほ、星がしゃべった……!?」
光はかすかに揺れながら答えた。
『わたしは落ちこぼれの星。流れ星になり損ねて、地上に落ちてしまったの』
「落ちこぼれって……」
はるとは思わずつぶやいた。
『でも、君たちに見つけてもらえたから、もうさみしくない』
声は小さく震えていて、風に混じるように消えそうだった。
つむぎはノートを開き、震える手で大きく書いた。
『星のかけらは、さみしいと地上に落ちてしまう』
◇
「じゃあさ」
はるとが星に向かって言った。
「一緒にいればいいじゃん。俺らと」
『でも、わたしは夜空に帰らなければ……』
光はかすかに揺れ、空の方を見つめるように淡く光った。
その光がつむぎの手のひらをほんのり温める。
つむぎは迷わず答えた。
「大丈夫。だって、また会えるもん」
そう言って、両手で星を空に放った。
星のかけらはひときわ強く光り、夜空へすっと戻っていった。
やがて空のひとつの星が、他より少し明るく瞬いた。
まるで「ありがとう」と言っているように。
◇
帰り道。
丘の下り道は、昼間の暑さが嘘のようにひんやりとしていた。
セミの声の代わりに、遠くの花火の音がときおり聞こえてくる。
その音は夜空に広がり、目には見えない花を咲かせているようだった。
はるとがポケットを探ると、小さな星の粉のような光が指先に残っていた。
きらり、と小さく光って消えた。
「なあ、これ……」
はるとが手を見せると、つむぎはにっこり笑った。
「やっぱり、ちゃんと出会えたんだよ」
ノートに記すよりも、胸の奥に刻まれるような出会いだった。
つむぎはそっとノートを閉じ、手のひらを夜風にひらひらとかざした。
夏の夜風がふたりを包み、遠くで花火の音が響いた。
丘に寝転んだ夜の記録は、ノートに書かれなくても、ふたりの心に深く刻まれていた。
そして、ふたりの胸の奥で、あの星の光がまだ微かに瞬いていた。